干からびた眼球
ナイフを握った少年は列車に乗った。
ナイフを握りながら変わりゆく景色を眺めていた。
そして列車はトンネルに入った。
少年は長い間、窓に映る闇を眺め続けた。
光にてらされ闇の中に半透明の少年が浮かんでいた
半透明な少年はナイフで体を刻み始めた。
ウデ、クビ、ハラ、フトモモ、ホホ。
半透明の少年は体中から血で溢れているというのに顔色一つ変えない。
少年はこれが痛みや苦しみなのだと誤解した。
半透明の少年を眺めているうちに少年の眼球は干からびていった。
半透明の少年と向き合うことに飽きたので少年はナイフのことについて考え始めた。
考えているうちにトンネルを抜けた。
窓の向こうの変わりゆく景色。
晴れ。曇り。雨。雪。
少年は闇と半透明の少年とナイフと変わりゆく景色について考え始めた。
やがて列車は駅に着いた。
少年はナイフをポケットに入れ電車を降りた。
少年は外の世界を歩きはじめた。
ポール・マッカートニーのイエスタデイを口ずさみながら。
明日へと続く愛を求めて。
求めれば求めるほど、そのナイフで人傷つけてしまうことを知りながら。
かわいそう
お魚さんってかわいそう。
池にいるお魚さんはかわいそう。小さな世界の中で暮らしてそこからでられないのだから
川にいるお魚さんはかわいそう。ずっと川の流れにさからって泳がなければいけないから
海にいるお魚さんはかわいそう。お互いを食べたり食べられたりしなければならないから
でもそれは私たち人間も変わらない。
人間ってかわいそう
包丁を研ぐ少年
「少年は包丁を研いでいる。」
「クリスマスはサンタさんがやってくる。」
少年が二人の少女にそう言った。
少女たちはヒソヒソと耳打ちした。
少女たちは、そうだねっと作り笑いを浮かべた。
少年は信じなければいけないと自分に言い聞かせた。
神父様の言葉を信じなければいけないと自分に言い聞かせた
「少年は包丁を研いでいる。」
少年は少女の部屋に招かれた。
少女が白いひらひらしたレース模様のドレスを自慢した。
少年はうっとりした。
少女が着てみる?と尋ねた。
少年はチュウチョした後、うなずいた。
良く似合うと褒められた。
少年はうれしかった。
少女が写真を撮ってあげると言った。
少年はできるだけ女の子らしくわらった。
ぱしゃり
ある日、黒板にその写真が貼られた。
「少年は包丁を研いでいる。」
授業中、先生がルンペンの話をした。
みんなが笑い声を上げ口々になにか言っていた。
少年は勇気をだして「キタナイ」と言った。
先生は激怒した。
少年は泣いた。
「少年は包丁を研いでいる。」
学校、昼休み。
先生が言った。
「みんなが書いた作文の中から3人を選びます。選ばれた作文はラジオで朗読されます」
みんな興味なさそうだった。
少年は先生に走って近寄り原稿用紙をもらった。
鉛筆を握った。握ったけれど、なにを書いていいのか分からない。
少年はまわりを見渡した。
みんなを観察した。
そしてこう描きはじめた。
「いまぼくはしょうせつをかいています。」
それからクラスのようすを綴った。
ラジオ放送日。
ラジカセから音楽が流れはじめる。
少年はドキドキした。
男性の声が少年の作文が読み始めた。
みんな笑いだした。
少年は嬉しかった。
読み終わると「面白い」と男性の声が言った。
少年は嬉しかった。
家に帰ると母が激怒した。
友達をバカにするなと激怒した。
少年はバカにしてないと泣きながら答えた
母はバカにしていると激怒した。
「少年は包丁を研いでいる。」
親戚一同が少年を見つめている。
母が言った。「あなたはだれのもの?」
少年は「ぼくのもの」と答えた。
母が言った。「あなたはだれから産まれたの?」
少年は「おかあさん」と言った。
母が言った「じゃあ、あなたはわたしのものね。」
少年は何も答えられなかった。
母が言った。「あなたはだれのもの?」
少年は「ぼくのもの」と答えた。
母が言った。「あなたはだれから産まれたの?」
少年は「おかあさん」と言った。
母が言った「じゃあ、あなたはわたしのものね。」
少年は何も答えられなかった
母が言った。「あなたはだれのもの?」
少年は「ぼくのもの」と答えた。
母が言った。「あなたはだれから産まれたの?」
少年は「おかあさん」と言った。
母が言った「じゃあ、あなたはわたしのものね。」
少年は何も答えられなかった。
母が言った。「あなたはだれのもの?」
少年は「ぼくのもの」と答えた。
母が言った。「あなたはだれから産まれたの?」
少年は「おかあさん」と言った。
母が言った「じゃあ、あなたはわたしのものね。」
少年は「ぼくはぼくのもの!」と叫んだ。
親戚一同笑った。
「少年は包丁を研いでいる。」
smile
架空の海岸を頭の中でこしらえて
朝日が少しだけ顔出す
僕はその朝日に近づきたい
砂浜を歩いて波が靴を濡れる
だんだん海水が体を侵食していく
あの光が届きそうな気がするのに絶対届かない気がする
それでも前へ前へ前へ進んでく
とうとう頭まで海水の中につかる
そこから海の底を見渡して魚一匹いない。海藻もない。
ただ青黒い空間が延々と続いてく
僕はどこまでも沈んでいく
そうじゃないんだ、違うんだよ
こんなことのためにあるいてきたんじゃないんだよ
水の中で言葉にならない声を上げながら下へ下へと沈んでいく
そうして自分の存在自体が海水と混ざり合う
そうしてその時わだかまる気持ちは恐怖
徐々に恐怖が広がる
最後に青黒い水の底で無数の顔が見える
数えきれないくらいの顔が僕を見てる
僕のこと見ながら微笑んでいる
そうして僕は
思考停止