6、血の味
第6章 「血の味」
伯父様と従兄の死体はついに見つからなかった。
あまりに谷が深く、誰も助けに行くこともできなかった。
伯母様とお父様、叔父様で話し合い、息子のいるお父様がこのまま頭首を引き継ぐことになった。
それからお父様はかなりお忙しいようで、なかなかお屋敷に戻られない日が続いた。
私もできる限りお父様のお手伝いをした。
この頃には私もかなり商売を覚え、お父様からも認められ仕事を任されていた。
私がもうすぐ17歳になろうという時期に異変は起こった。
お母様が体調を崩した。出産後なかなか具合が落ち着かず
お医者様に定期的に診てもらってはいたが、ここ数日熱が下がらずかなり弱っていた。
お父様は貿易に損失が出ることを覚悟でお屋敷に戻り、できる限りお母様のそばにいた。
お父様が頭首になってからはお屋敷に入るメイドさんも増え、お抱えの商人も増えていた。
そんな時、お父様のお知り合いから招待状が届いた。
それは新たな商売を始めるので、ぜひお父様にも来てもらい、貿易の幅を広げたい、という大事なお話だった。
けれどお父様はあまりお母様から離れられない、お断りの返事を書こうとしていたお父様に私が提案した。
「もし私でその代わりが務まるのであれば、ぜひ行かせてください。」
お父様は驚かれていた。そして少し困った顔をしてこちらを見た。
「大丈夫です、お父様。私は私がしたいことをしているのです。お父様はどうかお母様のそばにいてあげてください。自慢の娘を信じてはいただけませんか?」
お父様は少し笑った
「わかった。今回の件お前に任せよう。しかし気を付けろ、兄上が馬車の事故で亡くなったばかりだ。」
そのお屋敷までは馬車で3日ほどだった。
「ふぅ、、、早馬に乗れば1日で着くのに。」
付き添いのメイドが血相を変える。
「いけません!お嬢様!!そのような事をしたらわたくしが奥様に叱られてしまいます!」
やっぱりお母様は気付いてたんだ。少し頬がゆるむ。
その夜のことはあまり覚えていない。
柄にもなくプレッシャーと慣れない環境に緊張していたらしい。
そのまま用意された部屋で私はすぐに眠ってしまった。
2日目、お昼からまだ続くパーティと挨拶、、、
本当に疲れた、、、お父様は毎日こんな感じなのだろうか、、、
そんな時、お屋敷の門あたりが騒がしくなった。
、、、うちの衛兵さん?
胸騒ぎがして駆け寄る。
「メイプルはここです、何かあったのでしょうか?」
衛兵はフラフラしながら私の顔をじっと見つめて、ゆっくりとしゃべった。
「お屋敷が盗賊に襲われました、、、」
私の頭は真っ白になった。
気付いた時には衛兵の早馬と剣を借りて屋敷に、家に向かっていた。
ドレスは裂け、髪は乱れ、化粧も崩れ、馬の足を止めず、まる1日走り続けた。
ーーー朦朧とする意識の中、やっと家に着いた。
そこには叔父様とお父様の知り合いがいた。
屋敷には自警団が入り、遺体を運び出した後だった。
私はそのまま倒れた。
夢を見た、真っ赤な夢。
私以外はなにもない真っ赤は風景が広がっていた。
「お前は、永遠に、その苦しみから解き放たれることはない。」
聞いたことのない、耳障りな声。
また意識が遠くなる。
目を覚ますと、そこは屋敷からほど近い叔父様の別宅だった。
置いてきたメイドが泣き腫らした顔で私の顔を覗き込んで、また泣いていた。
「、、、私はどれぐらい眠っていたの?」
メイドは涙を拭きながら答えた。
「もう1週間になります、私も慌ててこちらに戻ってみればメイプル様まで倒れていて、、、」
メイドはまた泣き始めた。
「ごめんなさい、心配をかけたわね。それで、、、お父様とお母様、それに弟は?」
メイドは声が出せずそのまま咽び泣くだけだった。状況を知るにはそれで十分だった。
伝令に駆け付けた衛兵も戻ってきており、詳しい話を聞いた。
私がこちらを発って2日目の夜、盗賊というには装備の整った連中が屋敷を襲った。
夜警の衛兵達を殺し、住み込みのメイドも殺し、、、
彼は私の元に急ぐようにお父様に言われたらしい。
屋敷の中は、酷いとしか言いようがなかった。
そこら中にある血の痕、壊れた家具、むせかえるほどの死臭。
私が眠っている間に叔父様が葬儀を済ませたらしい。
お父様の遺体はお母様を守ろうとしたのか、背中に大きな傷が何か所もあったそうだ。
弟の遺体は、無かった。正確には判別できなかった。
ただの血だまりと肉片があった、それだけだったらしい。
こんなことが起こると冷静になるもので、吐き気や頭痛はまったくなかった。
ただひたすらに、そこにいた人の顔が思い浮かぶだけだった。
お父様の部屋を見た時には、もう涙も出なかった。
叔父様は私に別宅を自由に使っていいと言ってくださった。
生き残ったメイドと衛兵には落ち着くまで帰るように伝えたのだけれど、
メイドのほうは頑なに断り、私の世話をしてくれている。
「ねぇ、あなたはここに居てはいけないわ。」
私はメイドに向かいそうつぶやいた。
「いえ、お嬢様、一番つらいのはお嬢様なのです、そんな時こそ私達、、、私をお使いください。」
メイドはこちらを見ずに働きながら答えた。
「きっと次は私の番よ、私だけ生き残される訳ないもの。あなたを巻き込めないわ、今すぐ出ていきなさい。」
メイドはハッとこちらを振り向いた。
「お嬢様!そのようなこと言ってはいけません!お嬢様は、、、」
私は今まで誰にも言ったことのないような大きな声で返した。
「いいから出ていきなさい!!!!」
メイドは黙って礼をしてそのまま去っていった。
私は少しでも早く寝たかった。
何かに怯え、枕元に小さなナイフを隠してそのまま眠った。
深い、暗い、闇の底に沈んでいくようだった。