2、覚醒
第2章 「覚醒」
あたしはどれだけ眠っていたのだろうか、それよりもまだこの身体は動くのか、、、
目を開けると、そこはいつもの霞んだ天井。
暗くて、臭くて、つらいことしかないこの部屋。
窓はなく、椅子もベッドもなにもない、この部屋。
身体のあちこちが痛い、腕は右手しかもう動かない。
下半身の感覚なんて最初の2日でなくなった。
目もおかしい、見るものすべてが霞んでぼんやりとしかわからない。
最初は痛かったことも、次第に感じなくなってしまった。
空腹も、喉の渇きも、限界を超えてしまえばどうでもよくなった。
神様なんてものは信じなくなった。だって祈ってもなにもしてくれない。
死ぬことも許されず、生きることも許されない。
ただ、少しだけ見えた、あの影に呟くことしかできなかった。
「力が欲しい、、、」
部屋の外、廊下でまた足音としゃべり声が近づいてくる。
あぁ、またはじまるんだ、あの時間が。
その時、心臓がドクンと大きく跳ねた。
「扉が開けば立ち上がり一番前の奴の首筋に噛みつけ、そして血を喰らえ」
どこからか聞こえるこの声にあたしは返事もできなかった。
耳じゃなくて、自分の身体の中から響いてくるような不思議な声。
扉の鍵が開いた。
いつものあいつらが部屋に入ってくる。
その瞬間、私の身体は高く跳躍していた。
とっくに感覚のなくなった両足が、勝手に立ち上がり、飛び上った。
「あ?」
男はそうつぶやいた。
私の歯はやつの首にめり込んだ。
その瞬間また心臓が大きく揺れた。
「喰らえ、その血でお前の渇きを、飢えを満たせ。」
あたしは無心でその血をすすった。
何日もモノを食べてなかったせいか、その血はとてもおいしかった。
おかあさんが作るスープよりも、もっと。
「ぎゃああああっ!?」
男はあたしを払いのけると、首を押さえ、そのまま倒れた。
後ろの男は一瞬呆然としたが、すぐに叫んだ。
「てめぇ、なにしやがる!!」
そう言って手に持った鞭を大きく振りかぶりあたし目がけて振り下ろした。
尻もちをついたあたしは、とっさに両手を前に出し交差させた、が。
待てども鞭は振り落ちてこない、それどころかまだ男の手は振りかぶったままだ。
すると、スッと青白い顔が背後からあたしの顔の横に現れた。
「これがお前の求めた力だ、その先に苦痛と絶望しかなくとも、お前はそれを選んだのだ。」
そう言うと、その男、その化け物はあたしの前に現れ、悲しげな顔であたしの頬を撫でた。
「私と同じ結末を迎えるな、お前は、私の最後の希望となってくれ。」
するとその化け物はみるみる姿を変えた。慈愛に満ちたその顔は、殺されたおとうさんを思いださせた。
そのままその人は痩せこけ、次第に骨と皮だけになり散って消えた。
「ありがとう。」
無意識につぶやいたあたしは、依然止まったままの男の首筋に噛みついた。
それと同時に男が、世界が動き出した。
「ぐぶっ、こんのガキがぁぁぁ、、、」
暴れる男の首をもっと強く噛むと次第に男はおとなしくなった。
殺さなきゃ、全部。
あたしにひどいことをした奴、おとうさんを、おかあさんを殺した奴、村のみんなを殺した奴。
全部、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、、、
あたしは走った、部屋を出て、あたしに気付いた奴、気付かず前を歩く奴、酒を飲んでる奴、
笑ってる奴、寝てる奴、視界に入った奴を全部『喰った』。
我に返った時には建物の外、暗い森の中を一人で歩いていた。
あんなに喰ったのに、あんなに飲んだのに、おなかは満たされず、喉もカラカラに乾いた。
奴らはもういない、次は、何を殺せば、食べればいいんだろう、、、
はやく、ハヤク、ごはんを見つけなきゃ、、、
第1章最後からの視点続き
私はその娘に近付き、私の血を、魂を、飲ませた。
おわりかけたその魂、その命を私のもので補っていく。
これで私は消えるのだろう、このままこの娘の一部として私は消えていくのだろう。
私の意識が消えないうちに、『生き方』だけ伝えておこう。
この娘の中に入ってから、私の心は、魂は、浄化されているのか
私のこんな自己中心的な行為に、この娘を巻き込んでしまったこと、
ただ気まぐれに、「気に入ったから」という理由だけでこの力を与えてしまったこと、
あの景色の中で唯一私の存在に気付いた娘だったということ、
たった、たったそれだけのことなのだ。
この娘は私とは違う、そう信じることで私は、私だけは救われようとしているのだ。
意識が散漫としていく、思考と行動がまったく別な生き物のように分離していく。
「終わり」が近づいてくる、あんなにも求めた、静かな終わりが。
「ありがとう。」
わずかに残った私の欠片は娘の魂に少しだけ細工をした。
これ以上この娘が悲しまぬように。