昔のお話 2
ある世界では槍を投げつけられた。
ある世界では火に放り込まれた。
ある世界では爆音と共に体を貫かれた。
出会ったその全てが、私に恐怖し敵意を向けていた。
無理もない、私は悪魔そのものだったのだ。
「死」を感じるたび、私はまた違う景色で目を覚ます。
あの、足元の景色のように、私は何度も殺された。
数回に一度はそのヒト達を八つ裂きにしてやったが、やはりどうあっても最後は殺されるのだ。
ただ、今回は違う。ヒトの姿で目を覚ましたのだ。
「えぇ!?もう読み切ってしまわれたのですか!?」
若い女、タエと呼ばれる女は驚愕しながら答えた。
「えぇ、一晩もあればこのぐらいあっという間に。」
最後のページを閉じながら視線をタエの顔に戻す。
「はぁー、読み書きができるってだけで凄いって言うのに、旦那様なんかその本だけでも何日かけてお読みになったか、、、」
私はありとあらゆる書物を読んだ。
文献、歴史、創作、神話、、、
その全てが私がまったく知らないことばかりだった。
おかげでこの世界のこともなんとなく把握できた。
大きな島国であること。他の国家とはほぼ交流がないこと。そして、妖と呼ばれる化物が居ること。
妖の多くは人を喰らうとか、悪さをするとかで倒されて来たらしい。
どこの世界でも同じらしい。
「モミジ様はきっとどこか異国のお偉い家の生まれなのでしょうか。」
私は得た知識で、「記憶喪失」を装い、名前をメイプルから「椛」と改めた。
この世界でも植物の名前をヒトに付けることは珍しいことではないらしい。
「さて、今日は「刀」と呼ばれるものが見てみたいの。旦那様は稽古されているのかしら?」
剣、この世界では、刀と呼ばれる片刃で反りのある剣が一般的なようだ。武器の扱いが気になってしまうのは昔からの性分らしい。
この世界に来てからは日の光もそこまで嫌なものでは無くなっていた。
私は久々の高揚を覚えたまま、足早に道場と呼ばれる稽古場に向かった。
「おはようございます、旦那様。」
そこには旦那様と若い男数人が木剣、、、木刀?を交わしていた。
チラリと見ただけでも構えや足運びはまったく見慣れぬものだった。
「おお、お客人。身体はもう良いのか?」
こちらに目をやった隙に一人の男が旦那様に向かって刀を振りかぶる。が、次の瞬間には木刀は中に舞い上がった。
旦那様は相手を見ることなく的確に木刀だけを打ち払ったのだ。雰囲気から察するにかなりの手馴れだ。
「ええ、ずいぶん良くなりました。それに寝てばかりでは身体が鈍ってしまいます、、、私も混ぜてもらえないかしら?」
その場の全員がぎょっとした顔をする。
この世界でも剣術を習う女は稀らしい。
私は返事も待たずに転がった木刀を拾い上げ片手半身で構える。
慣れぬ重心の芯を掴むように数度握り直し手首でゆらゆらと揺すってみる。
「所作から察するに覚えはあるようだが、如何せん女子相手はなぁ、、、」
言い切る前に旦那様の顔横目掛けて踏み込む。
床が鳴る音と空気を切る音が響く。
「あら、これでも、かしら??」
結構本気で踏み込んだつもりだったが旦那様は微動だにせずこちらの目を見つめていた。
避けずとも当たらないとわかっていた動きだ。
「ほう、見慣れん剣術だが、、、刺突を軸に半身の切り替えと踏み込みで間合いを合わす剣術かな?」
目も察しもいい。
自然と笑みがこぼれる。知らないモノに触れるのはやはり楽しい。あちらも同様らしい。
そこから先は何度も何度も剣を重ねた。
距離を変え、構えを変え、、、
この刀と言う剣はなんとも前のめりな武器らしい。
撃ち合うのではなくいなし合う。斬られる前に斬る。
力ではなく技の武器だ。
おそらく相手もこちらの動きを理解してきたのだろう。迂闊に踏み込めばしっかりと返してくる。
お互いに必殺の構えに入った瞬間、
「旦那様!!!!」
年配の女の声が稽古場に響き渡る。
見ると息を切らせたタエと年配の女がこちら、というより旦那様を睨みつけていた。
「モミジ様もです!!なんでこんなことになっているのですか!!」
二人の苦い顔だけがその場に残った。




