二日目 オアシス~続キャラバンの人々
良い人達で一安心。
宴が始まるようです。
えらい事になっている。
初対面の25人の輪に組み込まれて夕飯が始まろうとしているのだ。
独りが長いこの身には、視線のプレッシャーがきつ過ぎるんだけど。
「それでは、新しい出会いを祝して、乾杯!!」
隊長のバルダットさんの音頭で、始まった。
彼はエルダスさんの兄で3歳上だそうだ。キャラバンを率いるのは4回目との事。キャラバンというのは砂漠を行く放浪者の集団の事をいう。彼らには拠点があり、それはこの砂漠の西の外れにあるそうだ。キャラバンの目的は、砂漠の外縁に点在する村や町を巡って、砂漠の資源…魔物や魔獣の素材、砂漠で取れる魔石など…での交易となる。キャラバンの構成は拠点の中から選ばれた者達で25人、子供や年寄りは外される。期間は大体3年くらいで砂漠を行き来するそうだ。季節によって、北ルート、南ルートがあり現在は南ルートとの事。
「ムラクモ、酒はどうだ?」
一つ年上のガルダさんが、コップをあおってから聞いてきた。
「結構、度数が高いのでびっくりしました」
「ははっ、そうかそうか。こいつは蒸留酒だからな。
まあ、こういう時にしか飲まんのだが、俺は毎日でも飲みたいくらいだよ」
ニヤリと笑みを浮かべているけど、結構厳つい顔だからちょっと引いてしまいそうになる。
でも、彼は中々に気さくな男だ。初対面で挨拶をしたら、がっちりと握手をして「よく生き抜いた」なんて言われたんだ。…ちょっと感動しちゃったよ。彼は1班の班長という事で厳しさを持ちつつも、優しさもしっかり持ち合わせているのだと思う。そして、彼の班は主に狩りをするそうだから、見た目の強さはきっとそのまま反映されているのではないだろうか。
「ねぇ、それ、なんなの…?」
何故かずっと俺のすぐ左側に陣取っているこの子はナディヤだ。
ラティーファと同種らしい。こっちは魔導術に長けていて、1班の所属だそうだ。…怒らせると火で燃やされるとかなんとか…。この子はテンパの髪がもこもことしていて、顔立ちは可愛らしいから小動物的な印象を受けた。でも性格は我が道を行き過ぎるタイプだ…。ラティーファの方がまだ扱いやすいと思うくらいに、黙々とぐいぐい来る。出会ってから常に時計を見ているんだよね…ちょっと狂気を感じるよ…。
{…排除しますか?}
あ、それはやめて。
「…酒に酔えば教えて貰えるかも…。うん、お酒をさりげなく注ぎ足そう…」
まる聞こえで隠す様子も無く、酒瓶を持ち構えるその姿に、顔が引きつるのは仕方ないと思う。
「あーちょっと!ナディヤ!私が聞くんだから!!」
来ちゃった。ラティーファさん来ちゃったよ。
「ちっ、物珍しさに惹かれてなにやってんだか」
「何よ!珍しいから気になるんでしょうが!!」
右側のガルダさんの向こう側にいるのはエミットさんか。
彼は二十歳でキャラバンは初めてだそうだ。しかし剣の腕は一流だから頼りになるとか。
でも…俺に対しては若干棘があるんだよな。これは恐らく好きな子が女性陣にいて、その嫉妬からきているんじゃないかと睨んでいる。何故か女性陣は年齢に非常に驚いたらしく、やたらと肌の手入れをどうしているのだとか、皺はどうしたんだとか…要は、美容に関して聞きたいようなのだ。それだから女性陣に囲まれていたんだけど、それからどんどんと彼の機嫌が悪くなったという。つまりは、そういう事だ。
見た目は、エミットさんは美丈夫って感じだからモテそうなんだけどな。
俺なんかと張り合おうとしているのがなんだか申し訳ない。
それに年下だから、逆に応援したくなるというかなんというか。
「やあやあ、飲んでいるかい?」
二人の言い合いを温かく見守っている所に声が掛かった。
うん、安定のエルダスさんだ。
「少しずつ頂いています。それに食事がとても美味しいですね」
「そうかい?それは嬉しいねえ」
「はっはっは、今日は魔獣もそれなりに狩ったからな。良い所も出したんだぞ」
「それは…ありがとうございます」
「なぁに、折角の客人だ。遠慮無く食ってくれ」
ガルダさん、男前だ。
「ところでガルダ、あとどれくらい行けそうかな?」
「うーむ…そうだな、3回、4回って所だろう」
「そうか。そうなると出発は……」
何やらエルダスさんとガルダさんが話をしているけど、狩りの状況でここを発つかどうかを決めているって事かな。色々と予定があるんだろうけど…俺、お世話になっていて大丈夫かな?
「ほれ、これも食ってみろ」
声と同時に、焼き魚を載せた木皿が目の前に突き出された。
「えーっと…
{ナディムです}
ナディムさん、でしたか」
「おお、そうそう。よく覚えていたな?結構地味だと自覚しているんだけど」
いやあ、しっかり忘れてました。
優秀な秘書がいるので助かります。
「こいつはな、ここで獲れる魚で一番うまいやつなんだ。大きくはない分、身が美味いって感じだ」
「へ~、そうなんですか」
言われてみると、確かに他にある魚よりも小振りに見える。
折角なので木皿を受け取り、魚を手に取って噛り付く……
…うん、白身魚の淡白な旨みがぎゅっと詰まっている。そうだな、鮎とか山女に近いかも。
軽い塩味だけでこの味か…砂漠でこんな食事を取れるなんて贅沢だよな。
「どうだ?」
「凄い美味しいですよ。びっくりしました」
「そうだろうそうだろう。こいつは干物にしても美味いんだぞ」
「ああ…何となく解ります」
ナディムさんは満足そうな笑顔だ。人柄の良さが前面に押し出された笑顔だと思う。
「ちょっと、いい加減教えてよ!」
和んでいたら背後からの強襲。
「ラティーファ、私が任務遂行中だから邪魔しないで…」
「あんた、酒瓶持ってるだけじゃないの!」
「…これが任務…」
「意味解んないわ…ってそれより、あんた食べてるの?」
「…お腹減った」
「食べなさいよ!」
この二人は漫才でもしているのだろうか。
「任務が…」
「いいから、ほら、先に食べてきなさいよ。大体、こいつも食べ終わるまで話なんてできないでしょ」
「…!!」
「そんなに驚愕されても」
「食べる…」
大丈夫かナディヤ。おじさん、物凄く心配なんだけど。
「ムラクモさん、食べてますか?」
「あ、どうも、美味しく頂いていますよ」
彼女はハナンさん、隊長バルダットさんの奥さんだ。4班の班長でもある。一つ年下と聞いたけど、年齢を感じさせない魅力のある女性で、優しさの溢れる微笑がとても癒される。ちなみに4班は女性だけの構成で主に食事とか世話係を担っているようだ。
「遠慮しないでくださいね?ああ、でも、あんまり食べ過ぎるのもいけないのかしら?」
「見た所大丈夫だと思うけどね~」
「あ、ハイファさん…見て分かるんですか?」
ガルダさんが抜けた所にスッと入ってきたハイファさんが、こちらの顔を凄い近くで覗いてきた。
お、それに合わせてエミットさんの表情が変化した。
…そういう事か、エミット君。きみ、分かり易いって言われない?
「ハイファは医術の心得があるから、分かるのよね?」
「はい。恐らく食べて寝れば問題ないかと…」
「それは一安心だわ~」
にこにこと微笑むハナンさんに癒される…。
「…ハナンさんは人妻よ?」
ハナンさんとニコニコし合っていたらハイファさんの声が耳元で…って近い近い!
ちょっとしな垂れているような体勢で、温もりと柔らかさが…ダイレクトに来る!
上着を脱いでて良かった!
「って、疚しい気持ちは無いですってば」
「あら、そう?」
二人でこそこそ話していたら、エミットさんの顔がイケメンからオニメンに変わってしまったのが見えた。
…俺、悪くないと思うんだけど。
「ハイファさん、酔ってません?」
「そんな事は…あるかも?」
だから、しな垂れたまま上目遣いをしないで!
これ、所謂絡み酒?
「ねね、住んでた所の話が聞きたい!」
そしてモニールさんが加わってきたか…。
なんか…若干酔ってない?あ、でも15歳から成人として認められるって言ってたっけ。
「その話は私も聞いておこうかな」
エルダスさん…仕事の話が終わったんですね。
しかし、記憶喪失系を演じるのって、じわじわと締め付けられるような窮屈さに苛まれる。
まあ、下手な事を言うと余計におかしくなるだろうから…甘んじて受け入れるしかないか…。
………
……
…
「あの、本当に外で大丈夫ですか?」
「ええ、毛布があれば大丈夫ですよ。それに寒さに強い服なので十分です」
「はぁ、そうなんですか」
歓迎会が終わって寝る事になったんだけど、テントの中で一緒に寝るのもあれだし、スマホさんをいじれないのもあって外で寝ると言ったら物凄く心配された。でも、昨日の夜はどうやら10℃前後で推移したらしいので毛布とスマホさんがいれば余裕だと思う。氷点下とかだったらきついだろうけどね。
「あんまり甘えてしまうのも憚られるので…」
「そうですか…」
憂いを帯びた表情で見詰め合う。
星明りの下で、この雰囲気、ちょっとドキドキする。
それにしてもマリカさんって面倒見が良いお姉さんタイプだよな。歳は22歳、ハイファさんは24歳って言ってたけど、印象としてはマリカさんの方が年上に思える。いや、老けてるという意味では無く、しっかりした印象が強いという事だ。
「あの、何かありましたらおっしゃってくださいね?
風の導きでこうして出会ったわけですし、力になれる事があれば力になりますから…」
これなんだよな。
このキャラバンの人達は風の導きで出会ったんだから、それは何かしら意味のある出会いで、それを無碍にするような事はしないんだそうだ。…はっきり言って、凄く良い人達。詐欺に引っかかりやすいタイプじゃないかと凄く心配だけど、きっと引っかかったとしても、それさえも受け止め次に進むんだろうとも思った。正直、帰ってきた男衆に囲まれた時はスマホさんに待ってもらうのを躊躇ったくらいにびびっていた。でも、話をしたら凄い同情されたからびっくりしたんだよなぁ…見た目で判断してはダメ、絶対。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。無理をしている訳ではないですからね」
「…分かりました。それでは…おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ふう。
さて、スマホさん、現状の確認をしようか。
キャラバン…砂漠を旅する放浪者の集団。
蒸留酒…モスニャカルナ(サボテンとリュウゼツランを合わせたような植物)から造られた酒。所謂テキーラに近い飲み口。度数は30~40くらい。