二日目 オアシス
オアシス発見。
出会いは運命だとしてもその先は自分次第だったりします。
何とか砂漠を乗り越えてオアシスに到着した訳だが、どうやらこの世界の人?がいるらしい。
高めの警戒レベルで近付いていくと、徐々に南国で見かける木々が生い茂った空間になり、湖に向けて小道が続いているのが分かった。周りを見渡しながら進んでいくと、そこには写真とかで見た事のある、砂と緑と青の空間が悠然と広がっていた。
「けっこうでかい…」
少なくとも池という規模よりは湖と言えそうな感じだ。
楕円形の湖の周りの片側に、テントのようなものが幾つか立っていて、人らしき影が数人動いているのが見える。他の人はテントの中で休んでいるのだろうか。
さて、ファーストコンタクトは、まず挨拶からだよな。
少しの心臓の圧迫感を感じながら、慎重に近付く。
「こんにちは?」
「えっ」
「あら?随分とおかしな…放浪者…なのかしら?」
変にこそこそ動くよりも正面から近付こうと考えていたから、道なりにテントに近付いていた。
そうしたらまさかの頭上からの声掛けだ。声の方を見上げるとそこには木の枝に跨った女性がいた。
「あ、こんにちは…どうしてそんな所に?」
「これを採っていたのよ……はい」
女性の手から、野球ボール大の胡桃みたいな物がこちらに向かってきたので、キャッチする。
硬い殻に覆われた木の実だ。少なくとも見た事が無いものだ。
「ジャウルンデの実…って、知ってるわよね?」
「…知らないですね」
「…砂漠で生きる者なら常識よ?」
「あー、砂漠は初めてでして…」
「…この『滅びの砂漠』を荷物も持たずに何をしているのかしら…?」
おおっと、滅びの砂漠とか、聞き捨てならない単語だぞ。
どうやらとんでもない所に俺は来てしまったらしいな…
「あの…迷ってしまったんですよ」
「迷ってこんな砂漠の中まで?…方向音痴で済まないわよ、そんなの…」
「おい!お前は何者だ!!」
心底呆れた感じの女性と見詰め合っていたら、怒声と呼べるような音量でそれが聞こえてきた。
声の主は身長180cmを超える目つきの鋭い大男。槍のような棒を地面に突き立てるように持っていて、警戒しているような態度だ。いや、普通、明らかに異質な人物が来たらそうなるか。…スマホさん、先制攻撃はしないでくれよ?
{…はい}
「我らの野営地に許可無く立ち入る事は許さんぞ!」
「ハビール、落ち着きなさいよ。この人、かなりの訳ありみたいよ?」
「ハイファ、お前は副隊長に知らせて来い」
「…はいはい」
「お前はそこを動くなよ!!」
そんなに警戒されても、無茶はしないって。こちらは腹ペコの草食系男子なんだぞ?
「…とりあえず、座っていいですかね?」
「変な真似をしたら、こいつがお前を刺すからな」
いや、たぶん、その前にスマホさんが魔導術で燃やしちゃうと思うぞ。
{…今からでも可能ですが}
うん、ダメだぞ?
{…}
頼むから、物騒な真似は控えてくれよな。
あの人もすぐに攻撃する気なら、もっとちゃんと構えると思うんだ。
だから、様子を伺っているって感じじゃないかな。
「ハビール!お客さんだって?」
待つ事3分くらい。
木の上にいた女性と共に、少し爽やかそうな印象の男がやって来た。
「…これはまた…不思議なお客さんだね」
「どうも…」
軽く目礼しておく。
「何やら事情がありそうだ。良かったら、テントの中で話を聞かせて貰おうかな?」
「えっ、いいんですか!?こいつ、怪しいですよ!」
「いや、でも、荷物一つ無いよ?何かできるとは…ねえ」
…ん?魔導術を使えるかどうか分かるのか?
「そうよ。杖も持っていないのよ?ここまで何も持たないなんて、警戒するより呆れて同情しちゃうわよ」
「…いや、それはそうなんだが」
「まあ、まあ、とりあえず話を聞いてみようじゃないか。さ、どうぞこちらへ」
杖が魔導術には必要なのかな?
そして、やっぱり可哀想な人物という認識らしいな…
でも、この対応を見る感じ、この人達は悪い人ではなさそうだが…
とりあえずもう少し様子を見てみるか。
言われるままに、周りより大き目のテントに案内され、中に入る。
「どうぞ、適当に座っていいからね」
「はい、ありがとうございます」
中は、それなりの広さだ。テントは三角のタイプと大きいのは四角い家タイプがあったが、その家タイプが今いるテントだ。7~8人は過ごせる広さで凡そ10畳くらいはあるんじゃないかな。真ん中に支柱があって、それはステンレスのような金属でできているように見えた。周りの生活用具なんかも、木製と金属製とあってそれなりに技術力は高いんじゃないかと思える。
「それじゃ、改めて、私はこのキャラバンの副隊長を勤めるエルダス・クヌートという者だ」
しっかりと目を見据えて話をするので、多少の威圧感もあったが、どうにもいい人っぽさがその顔に出てしまっている気がする。顔立ちは外国…インドと中東辺りの印象で、整った造りだ。ごつさが薄く、美形という感じだろう。肌の色が小麦色で健康的にも見えるから、余計に爽やかイケメンという単語がちらつく。
さて、自己紹介はどうするか…んー、様子見ながら、かな…
「えー、どうも、お招きいただきありがとうございます。私は、村雲と申します。えー、砂漠を彷徨っていたら、ここに辿り着きました」
「「「…」」」
三人、沈黙。
女性の視線が、凄く沁みるなぁ…
あ、女性ははっきり言って、美人だ。切れ長の目の色っぽさもあるけど、眉目秀麗ってこういう顔に言うんだと思う。服はひらひらした何処かの民族衣装という感じで露出は少なめだけど、スタイルは良いのではないだろうか。声も張りがあって聞き取りやすい………って、そういえば普通に会話してるな?
{マスターの口の周り及び耳の周りに翻訳術式を展開してあります}
わぁ…もう、ありがとうとしか言えない…。
{どういたしまして………警告、周囲を囲まれつつあります}
え?
「ね、ねえ、あなた、どうやってここまで来たの?水も食料も無しに…あ、ひょっとして全部無くなって丁度ここまで来れたとか?」
「…いやぁ…まあ、そんな感じですかね」
魔導術の常識を知らない内は、迂闊な事は言わない方が良いだろう。
…このスマホの事がバレたら、まずい気がする。
あ、それでスマホさん、周囲がどうこうって大丈夫なのか??
{数は6…脅威は感じませんが念の為、警戒度を上げておきます}
なんだろう?この中に用事があるとか?
「いやはや…驚きのあまり、言葉を忘れていたよ…。どうやら君は風に愛されているようだね」
「風…ですか?」
「そう。放浪者を見守る優しき風、行く手を阻む試練の風、その背を押す勇気の風。これらと共に放浪者はその道を進む訳だが、風に嫌われた者はその進む道を惑わされるんだ。でも、君は全てを失いながらもこうしてオアシスに辿り着けた。きっとそれは、風のおかげなんだよ」
「そう…ですか」
…なんか凄く良い話っぽいんだけど、ここに来れたのは偏に、スマホさんのおかげなんですよ?
{恐縮です}
「でも、それにしても、変な格好よね?見た事の無い服だけど、どこの民族かしら?」
「えーっと、東の方だと思います」
「東方列島…?…あの辺は色々な文化があると聞いたことがあるけど、その内のどれか、という事かな?」
副隊長のエルダスさんが顎に手をやりながら、そう聞いてきた。
しかし、たぶん、そこには無いんですよねぇ…
「恐らく…」
ここはちょっと濁しておこう。
「ねえ、どういう経緯でここまで来たの?」
ぐいぐいと聞いてくるな、この人は。ハイファさんだっけか。
興味津々ってこういう事を言うんだな。
「えー…気が付いたら砂漠にいたんですよ」
「なんだそれは!?」
おおっと、ハビールさんだっけ?
この人声がでかいよ!
「ふむ…記憶が喪失しているのかな?」
「そんな所ですかね…」
「ジャウルンデの実も知らないんだから、少なくとも砂漠の民ではなさそうね」
「だが、東の海まではここから一月は掛かるはずだ。こいつはどうやってここに来たんだ?」
中々に論理だてて突っ込んでくる人達だ。
いっその事、転移の話をしちゃおうかな…
{魔導術には空間系もカテゴライズされていますので、転移の話はそれ程大きな問題にはならないでしょう}
そうなのか?
{そうなのです}
ふむ。それじゃあ、適当にぼかしながら言ってみよう。
「あの…凄く荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないんですが…」
「ふむ、聞いてみよう」
「実は、砂漠に飛ばされてきたんです」
「ええっ?どうやって!?」
ハイファさんが目を丸くしている。…可愛い。
「あの、転移って解ります?」
「転移…なるほど、君は東方の遺跡か何かで転移陣に触れた、そういう訳だね?」
ちょっと興奮気味のエルダスさん、何か琴線に触れたのか?
「いやはや、なるほどなるほど。それはまた貴重な体験をしたもんだね~」
何度も頷きながらエルダスさんは、凄く納得したような満足したような、そんな表情だ。
「私もいつかは転移陣で遠くへと一瞬で移動してみたいんだがね…中々この砂漠には遺跡が無くてね。いや、あるにはあるんだけど…砂に殆ど埋もれていたり破損が酷い遺跡ばかりなんだよ。恐らく、未発見の遺跡も数多く存在しているはずだけど、流石にこの砂漠を調査するなんてね、とてもじゃないけど時間も費用も何もかもが足りないという有様なのさ」
すっごい饒舌になったぞ。この人、かなり遺跡が好きなんだろうな…。
ハイファさんなんか、俺に向けていた視線をぶつけているし、ハビールさんも口を開けて呆けている。
「やはり、亡失文明の遺跡なのかな?」
「…あー、どう、でしょうね。その辺は記憶が…曖昧でして」
「ふむ…転移の際に衝撃を受けたりでもしたのかもしれないね。基本的に陣と陣を結んでそこを行き来するものらしいが、強制的に何処かへ飛ばされるという事もあるそうだ。研究者で過去に飛ばされた者が何人かいてね、幾人かは著書を残しているんだよ」
話を聞いてみると、どうやら、転移で飛ばされて記憶が混濁するのはあり得ない話ではないようだ。
これなら、特に怪しまれる事はなさそうだ。
「それにしても、ムラクモ君、こうして出会ったのは風の導きだと思う。どうだろう、行く当てが無いのならしばらくはここで過ごしてみては?」
「ふ、副隊長!?こいつ、怪しいですよ??」
「いやいや、考えてもみなよ。彼とはとても低い可能性で出合ったんだよ?これを導きではなくて何だと言うのか?それに、きっと、面白い話を聞けるんじゃないかな」
エルダスさん、最後の言葉が本命なんだろうなー。
でも、食料問題の解決に、この世界の事を知るには凄く都合が良いよな。
「ご迷惑でなければ…お願いします。もちろん、何かしらお手伝いはしますので…」
「うんうん、人手が増えるのは良い事だ。砂漠を越えて来るだけの力もあるんだし、持ちつ持たれつだね」
「ちょ、良いんですか!?隊長の許可とか…」
「ああ、大丈夫だよ。隊長には私から説明するからね」
「はあ…」
「それじゃ、盗み聞きをしている子達にも紹介しようか」
ガサガサっ
「バカだねぇ…気配もそうだけど影が映ってしまっているというのに」
…そういう事でしたか~。
{…警戒度を下げます…}
基本的に砂漠には賊の類は存在していません。
砂漠の外縁には幾らかいますが、砂漠の環境では…
翻訳術式はAIオリジナルです。
この世界では共通言語→訛り派生という感じです。