二日目
砂ベッドでぐっすり。
二日目が始まります。
意識がぼんやりと浮上してきて、目が醒める。
ああ…朝か…
{おはようございます}
「ああ、おはよう…」
AIに挨拶、か。
変な感じではあるけど、ここは異世界だし、別におかしくは無いのかもしれない。
さて、異世界二日目。
朝ごはんは勿論無い。水で我慢する。トイレもこのまま済ませて、埋めて貰おう。
それと、昨日の復習をしておくか…。
昨夜は一通り、ヘルプの読める箇所は読んだ。読めない所は使えない機能という事で、しかも文字化けしているのでどんな機能かも解らなかった。これはまあ、その内解るだろう。今の所一番重要なのは、やはり魔導術に関する事だ。こいつのおかげで水を飲めるし、凍えて死ぬ事も無かった。だけど、俺自身が使える訳ではなくてスマホのAIが使うっていうのがポイントだ。異世界へ来た事による改変で、スマホはウルトラなスマホへと大変身、永久バッテリーに大容量魔力でそれなりに使い放題らしい。割と応用も利くようだから、しばらくは頼りきりになりそうだ。ただし、食料を生み出すとか、鉄を金に変えるとかはできないとの事。現実寄りな魔法…という感じだろう。いや、魔法という時点で現実も何もファンタジーなんだけど。
それから、俺の左腕の時計がこれまた近未来な機能を搭載してしまったようだ。どうも、レーダー機能が改変で加わったらしく、周囲数百mを魔力波動がうんたらかんたらで調べる事ができるとの事。少し試してみた所、いきなり、時計の文字盤が浮かび上がるようなホログラムが発生してレーダーマップを表示したものだから、思わず後ずさってしまった。このレーダーは魔力波動を探査するもので、基本、ただの物質には反応が無いらしい。ゲームのマップのように便利ではないけど、あると無いとでは全然違うだろう。
「さて…今日も東へと向かおうかね」
東を見据えると、太陽はまだ半分ほど顔を出したくらいだ。
相変わらずの砂漠が広がっているが、あのちょっとした丘を越えたら何かしら見えてきて欲しい所。
…流石に、今日中に食料へと繋がる何かを見つけないとやばいと思うんだよ…。
{マスター、レーダーリンクシステムを起動できますが、どうしますか?}
「…なんだそれ?」
{腕時計のレーダーを常時起動して、そのデータを私が受け取ります。そこから危険なものが近付くなどの反応を得た場合に、マスターに報告するシステムです}
「警戒してくれるって事か。電池とか大丈夫なら頼む」
{承諾しました。なお、電池に関しては心配の必要性はほぼありません}
「…改変?」
{はい。マナを使った電池に改変されていますので、事実上、この世界では永久電池となります}
改変様様だよ…。
腕時計といい、スマホといい、俺の分もしっかりとパワーアップしてるんだなぁ…
そういえば、鞄に入っていた他の物はどうなったんだろう?
「ま、いいか。スマホがまだ未知の部分があるんだし、その内分かるだろう」
気を取り直して、進むとしよう。
………
……
…
進む事、4時間。
現時間は…{現在、9時1分です}…か。
丘の先にまた丘があって、それがちょっとまた小高くなっているから、足がきつくなってきた。
下りはまだ楽だったんだけど…流石に砂に足が取られるのはきついのだ。
{…マスターに警告します。北側より魔獣と思しき反応が近付いています}
「いきなりだな!」
しかも魔獣って。何でそんなのが解るんだ?
{魔力により動物が変異したものを魔獣と呼ぶと定義されています}
…その定義を何故知っているんだ?
{改変時に得た情報のようです}
なるほどね!
っと、それよりも。
「俺が標的なのか?」
{地中を進んでいるのでなんとも言えません。ただ、進行方向上にマスターがいるのは確実です}
砂漠で地中…って事は、あれか、ミミズみたいな奴か?
サソリとか蛇の可能性もあるが…
「大きさは解るか?」
{推定、2mです}
おっきいねえ…
{警告、凡そ2分後にぶつかります}
…走ろう!!
北から向かってきているなら、このまま東へ向かおう。
重い足を引っこ抜くようにして走る。
「…はっはっ、ど、どうだ?」
数十mくらいは移動したはずだが…
{対象の進路に変更はありません}
ということは、俺が標的ではないって事か?
{推測ですが、地下の通路を流れるように動いているものと思われます}
地下の通路…流砂とか地下水路とかかな?
まあ、何はともあれ、襲われずに済みそうだ…
{…対象の通過を確認しました。そのまま南へと去って行くようです}
「そ、そうか、良かった…」
けど、一気に疲れたぞ…まずいな…少し休むかね。
{水分補給をしますか?}
頼む。
フゥォゥン
ゴクゴク
「はー…生き返る…けど、流石に力が入らなくなってくるな」
{マスターに提案します}
…なんだ?
{保有魔力が潤沢になりましたので、魔導術での何かしらの補助が可能ですが如何ですか?}
何かしらって言われても…肉体強化とか、回復とか?
{魔力を直接身体に影響させるのは害になるので、推奨できません}
えっ、ということは、バフとかヒール系の魔導術は無いって事?
{マスターの肉体では特に酷い事になりそうです}
…あー…うん、そういう事かぁ。
となると、他には…あ、クーラーとか、そうだ!
「飛行はできないか?」
{クーラーは可能です。使用可能魔力量から換算すると、マスターの周囲を20℃に保つ魔導術は連続で8時間は可能です。飛行に関しては、重力と風の魔導術の並列使用になりますので短時間の稼動であれば可能です。時速50kmで30分程が目安となります}
…できちゃうんだ。
「飛ぶのは、魔力の影響は大丈夫なのか?」
{現象として魔力が変換されている状態ですので、大きな影響は受けません}
取り合えず大丈夫、という事か。それならもう、飛ぶしかないだろう。だって、飛べるんだぞ?こいつが言い出したんだから、それなりに余裕を持たせているんだろうし、できるならやってもらおう。折角異世界に来てる訳だしな。
「よし、頼もう」
{承諾しました。飛行の魔導術を構成します…構成中………構成を確認…完了。『フライト』を対象マスターで発動します。制御はこちらで受け持ちますので、マスターは向かいたい方向へと意識を向けてください}
…浮いてる。
発動します、の後にエレベーターのあの浮上感が身体を包んで、持ち上げられた感じだ。30cmくらいは浮いてる状態だ。思ったよりは低いけど、今は高さは必要ないからいいだろう。しかしこれ、どういう状態なんだろうか。重力と風って言ってたから、軽くして風で進む、っていう感じかな?
{それでは、任意の方向に進みます}
「ってうぉぉぁあああ」
ぐんぐんと加速して景色が流れていくのが解った。砂漠の起伏に合わせて視点が変わるから、上下の揺れで酔いそうな錯覚もある。あ、でも乗り物酔いには強いから大丈夫か。それにしても、速いな。車くらいのスピードを生で体感してる事になるのか…あ、でも、風をあんまり感じないな。何かしら膜のようなもので覆われているっぽい?
「凄いなー…」
………
……
…
しばらく進むと、進行方向に何かが見えてきた。
あれ、オアシスじゃないか?
「レーダーで確認できる所まで進めるか?」
{はい、問題ありません。探査範囲まで近付きます}
よし、慎重に行こう。
砂漠のオアシスに何も無いなんて事は無いだろう。
{特殊探査を使用して前方範囲を探査しますか?}
「特殊探査?」
{通常の探査は腕時計を中心に球形に探査するものです。特殊探査では範囲を限定して探査が可能となります。この場合、前方に扇状に探査します}
なるほど、便利だ。というか、本当に凄い機能だな?
{魔力探査のみですので、それ程の事はありません}
…謙遜なのか?
{では、この辺りで探査をします}
はいはい、頼んだよ。
という事で、オアシスまで200~300mくらいの距離で止まり、地上に降りた。
{…探査開始します………反応有り。人と思しき反応が25、確認されました。他、大小様々ですが50以上は範囲に存在しています}
「人…か」
喜ばしい事だとは思う。
しかし、言葉の問題や敵性に関しては楽観視できない。っていうか、多くないか?物語なんかだとこういう最初の出会いって少ないものなんだけどなぁ…。どうやって接触するかが問題だけど、まあ、いざとなったら飛行で脱出すればいいか。頼りにしてるぞ、スマホさん。
{安全基準を高に移行します。マスターに向かう物を全て排除します。魔力の流れを予測して先制攻撃を加えます。マスターの周囲の障壁を常時展開に切り替えます}
まてまてまて。
ちょっと、不穏すぎる。
もうちょっと穏やかにできないかな?
{…どの辺りですか?}
「先制攻撃はちょっと…」
{…では、無力化で如何ですか?}
「…じゃあそれで…って、一応聞くけど、殺したりとかじゃないよな?」
{…死にはしません}
穏やかじゃないよ、このAI。
まあ、護る為って事だから大目に見るしかないか。まだ死にたくないしな…。
「取り合えず、任せた」
{承諾しました}
さて…どうなるかな…?
オアシスは凡そ東京ドーム一個分。