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第7話『同伴脱出(ランサー・ランデブー)』


 黒美くろみは驚き、固まる。


「おまえら正気かよ!? こんな大勢で囲んで……」


 緑沢みどりさわが感情的になる姿など、はじめてだった。


「ちがうんだって。シロミンがストーカーされてさあ」


 桃代ももよがそう説明しても、緑沢は白実しろみをにらむ。


(え……!? これは私が加害者に仕立てられている『被害目撃誘導(サーチ・アンド・デストロイ・トラップ)』!? しかもこの威力は……!?)


 嫌な汗が噴き出し、思考をまとめられない。

 墨花すみかがそっと、緑沢の腕に手をそえた。


「あ、あの、ごめんなさい……」


 緑沢が白実から目をそらせてしまう。


「どうしたんだよ?」


「あ……いえ……」


 墨花しか見なくなる。


「いいから、ちょっと来い」


 緑沢は墨花の腕を握って、強引に連れ去った。

 白実は声も手も出せないまま、ただただ青ざめる。

 最悪の記憶の数々が頭の中を支配していた。


(自他に巨大なフラグを打ちこむ必殺奥義『同伴脱出(ランサー・ランデブー)』……墨花さん、あなたの狙いはこれだったのですか?)


 降りしきる小雨の中へ取り残されてよろめく。



 教室へ入ると、桃代と王子トリオはいつもの談笑に移ったが、白実の耳には入らない。


(縛鎖をキャンセルしたわずかなすきだけで……? いえ、私の先手をとった『救助幻惑(レスキュー・スクリュー)』からはじまり、先日にもカウンター奥義『冤罪目撃(サーチ・アンド・デストロイ・トラップ)』をカウンターで返す離れわざで、フラグは進んでいた……進めていた!?)


 分析するほど、結果状況の恐ろしさが判明する。


淵里墨花ふちざとすみかさん……あなたはいったい、何者ですか!?)


「こ、このセリフは……!?」


 かつての影城黒美かげしろくろみがゲーム内で何度も口にしたセリフだった。


光町銀華ひかりまちぎんかさん……あなたはいったい、何者ですか!?』


 自分に隷従すべき攻略キャラたちのパラメータが急変化をはじめ、暴虐の災厄がその本性をき出す予兆。


「まさか…………あなた、なの……?」


(そんなバカな……いえ、この影城黒美の身に起きた現象は、同じ『しあわせ恋愛革命』のキャラであれば、可能性もありうる? ましてヒロイン役なら、悪役の私よりも多くの『意志』が……でも肉体はどうやって?)


 はじめて緑沢と会話した時の場面を思い出す。


『おまえも退院したばっかりなんだから……』


(ほかにも『借りられる肉体』が存在していた!? ……あれだけのスキル発動を見ていながら、なぜ今まで気がつかなかったのでしょう!?)


 この世界で『悪役』から解放された喜びにおぼれてしまっていた。


(なんてこと……築き上げたパラメータを根絶やしにされる、地獄のバッドルートはすぐそこまで迫っていたのに!?)


「おのれ銀華さん……!」


 頭をかかえ、恐怖をかみ殺す。


(この世界だけは譲れません……セーブ機能さえないのだから……この逆ハーレムだけは奪わせません……)


 しかし思い浮かべていたのは、緑沢が墨花の腕を握った瞬間。


(……どんな手を使ってでも!)


天館あまだて~、あとでちょっといいかあ?」


「はい」


 いつの間にか席についていた緑沢の間の抜けた声に、すんなり返事をしていた。


(……っえええ!? もっと気をもたせて、罪悪感をあおる声色と表情はどうしたのですか影城黒美!? 明るく即答『はい』なんて、どの場面のモブ挙動ですか!?)


「お、おい、頭痛とかなら無理すんなよ?」


 隠しきれなかった身悶みもだえが、結果としては多少の負い目を捏造ねつぞうできた。



 理科実習の授業が早めに終わり、片づけを引き受けて緑沢と理科室に残る。


「淵里のやつ、尾行はしていたけど悪気はなかったらしいぞ?」


「……緑沢さんは、それを信じているのですか?」


(同性が背後をとるなど、攻撃へ連携する予備動作か偵察だけです)


「いや、無茶苦茶だとは思うが、かえって疑いにくくて。なんか心細いとか言ってたけど……」


(緊急脱出をいいことに、さっそく救助アピールですか銀華さん!?)


「……というかおまえら、つきあいあったの?」


 白実の記憶にめぼしい『淵里墨花』情報はない。

 ばくぜんと怖がっていただけ。


(正直に『ゲーム内で男子を奪い合っていました』と言っても理解されにくいと思いますが)


「おまえのことも心配とか言ってたけど、事故現場も病院も別だよな?」


「私が心配? ぎん……墨花さんが?」


「事故のこととか、その後のイメチェンのことかな?」


(探りを入れている? ……やはり私をつけ狙っている!? こちらの世界でも!?)


「でもあいつ、友だちとかいないって言ってたし、白実の話なんか一度も……」


「緑沢さんこそ、墨花さんとはどのような仲なのでしょう?」


(なぜそんなに墨花さんに詳しいのでしょう? 助け起こしたのも、くり返しかばうのもまさか……)


「え。まあ、何度か話しかけただけで……」


(緑沢さんから!? 何度も!? 気力ゲージが常に欠乏している緑沢さんがなぜ!?)


「……ほらオレ、目つき悪くて、人づきあいも苦手だから。失礼な話だけど、淵里もなにを考えているか、少しわかる気がして、ちょっと心配で……」


(わかる? 心配?)


 白実は緑沢の照れ笑いから目をそむけ、スカートを握りしめる。


(なぜ銀華さんばかり……なぜ私ではないのです? ……いえ……)


「そ、それは事故の前からですか?」


「ああ、事故のあとはなぜか、オレのことまで避けているし」


(それなら銀華さんは、かつての墨花さんが立てたフラグを横領しただけ。今の状況は私と銀華さんの性能差ではありません……まだ、だいじょうぶ……)


 自身に言い聞かせる。そうしなければ収まらない動揺に襲われている。


「あいつ、あの見た目のわりに極端なあがり症らしくて、人づきあいを怖がっているから、誤解されやすくてさ」


 緑沢の口調から温かさが伝わるほど、黒美の痛みになっていた。


「オレはもう、中身までしっかりひねくれているけど。やっぱ小さいころは目つきだけで性格までどうこう言われるの、こたえたわ」


「わ、私だって……!」


「え?」


(悪人顔の、悪役で……攻略キャラのことごとくに嫌われ、奪われ続けて…………)


 それらはもう捨て去らねばならない過去で、緑沢には分け合ってもらいようもない苦悩だった。


「いえ……なんでもありません」


「天館は自分のことやぼったいとか言ってたけど、盛ればモテる顔だもんな……あ、いや悪い。驚いてはいるけど、今の顔はやっぱり見ばえいいから、いいんじゃねえの?」


(影城黒美のまま緑沢さんに出会えていたら、墨花さんのように気づかっていただけたのでしょうか? 私は私のまま、受け入れてもらえたのでしょうか?)


「でもしゃべりかたとかは、ゲーセンの時みたいなほうがいいと思うけどな……まあ、あくまでオレの好みだけど」


(いえ……緑沢さんは最初から、影城黒美である私を見てくださっていた。だから…………だから私は、攻略にこだわっている)


 チャイムが鳴る。


「……とにかく、墨花さんに悪意がないのでしたら、安心しました。教えていただき、ありがとうございます」


 表情までは制御できなくて、背を向けてつぶやいた。



 教室にはもどらず、女子トイレに入って顔を洗う。

 鏡に映っているのは、悪役の表情が似合わない童顔だった。


(天館白実ではなく、影城黒美がグッドエンドを迎えられそうな攻略目標は緑沢さんだけ……?)


 ふたたび顔を洗い、温度を下げる。


(なのにその緑沢さんに、よりによって銀華さんが……地獄の使者がとりついている!)


「お願い……緑沢さんだけは奪わないで!」


「は、はいっ!?」


 墨花が両手を上げて横に立っていた。




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