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第6話『勧善縛鎖(クルーエル・ラベル・ジェイル)』


(なぜこの影城黒美かげしろくろみ淵里墨花ふちざとすみかさんごときを恐れる必要があったのでしょう?)


 姿勢の悪さを強調する高い背、周囲を威圧する凶悪な目つき、低い声のぼそぼそした口調。


(今の天館白実あまだてしろみのキャラ性能と比べてしまえば、敵ではありません。あまりにひさしぶりのトラップ被害で、私が勝手に驚いてしまっただけ)



「小説はまだ話をまとめられませんので、とても青二せいじさんに添削てんさくをいただける品質ではありません」


 白実はそう言ったが、一文字も書いてない。


「最初はどんな書きなぐりでもいいんですってば。それでも魂はこもるもので、伝わる人には伝わります」


 青二の反応は単調で、創作にからめて善人ぶるばかり。

 白実はすみやかに次の獲物へのエサやりに移行する。


黄四郎こうしろうさんの全国大会はいつごろでしょうか? 完全試合の予定がありましたら見せていただきたいのですが」


「いやあ、うちのバスケ部は弱小すぎて、練習試合もなかなか組んでもらえなくて。でも白実ちゃんが応援に来てくれたら、みんなもっとがんばるよ」


(たわいもない。今日も私のハーレム運営は順調ですね?)


「また赤八せきやさんは居眠りを……もうすぐ授業ですよ?」


「シロミン、寝かせといてあげなよ。タコハチのことならもう先生たちもあきらめているから、だいじょうぶだって」


 桃代ももよは赤八のことになると反応が早いため、白実は小まめに牽制していた。


「そうなのですか? でも……ねえ? 茶子ちゃこさん?」


「ん……赤八くんは進学する気もないらしいし、いいんじゃない?」


 最近は会話からはずれがちな茶子にも話をふってやり、無難なクッション要員として飼いつないでおく。


(順調に……退屈ですね?)


 そしてつい、となりの緑沢みどりさわへ目が向く。

 以前は気にもとめなかった三白眼男子の興味なさそうな態度に、言い知れぬ不安をおぼえる。


(『補欠の補欠』にすぎないとはいえ、行動パターンに変化がない現状を順調とは言えませんね? 王子トリオを維持確保できているとはいえ、ターン消費をもっと緑沢さんへ使えないものでしょうか? もう一度、どこかでふたりきりのイベントを発生できれば……)


 不意に、墨花の存在を思い出してしまう。

 背後こそ確認しないが、最後列の黄四郎の向こう、廊下に近い席から視線を受けている気がする。

 授業中でものしかかるような気配を感じてしまった。

 その姿を見るだけで、なぜかいらだちをおぼえる。

 視線が合おうものなら、はっきりと嫌悪感がわいた。


(この私が、先日の偶然ごときを意識しているのでしょうか?)


 しかしクラスのほかの女子も怖がり、避けていた。


(そんなわけありませんね。やはり空気の読めなさがとりえの妨害イベント要員にすぎません。それでしたらこの私が、華麗に踏み台にしてあげましょう)


 しかし緑沢はなぜか、二度も墨花を助けている。


(可能性はつぶしておかなくては……どれだけ小さな芽であろうと)



「ねえ……やっぱフッチー、こっち見てない?」


「え?」


 桃代がこっそりと墨花を指していた。


(私の気のせいではなかった?)


「シロミンも気がついてるでしょ? 登校の時もしょっちゅう後ろから……」


 桃代が心配そうな声になり、赤八も眉をひそめる。


「この前の、逆うらみされてんの?」


「じゃあ今日の帰りはオレもいっしょに……」


「それならぼくは……」


 黄四郎と青二も参加して、勝手に話が進む。


(好都合です。はじめから解決方法こみで妨害イベントを起こしてくださるなんて、墨花さんもようやく役割を自覚してくださったのでしょうか?)



 三日間、白実はおびえ顔で登校するだけでよかった。

 三日目の朝、小雨の降る曇天の下、墨花は桃代たちに包囲される。

 めずらしく青二から毅然きぜんと切り出した。


「悪いけど、淵里さんの家の前で確認させてもらったよ。三日間とも、白実さんが横切った直後に出てきている。その前には何度も顔を出して通りを確認していた」


 黄四郎もいつもほどのんびりしていない苦笑だった。


「今朝はオレも部活ないから見ていたけど、あれはちょっと……あきらかに歩幅を合わせて、何メートルか後ろにいただろ?」


(地味な戦術ですが、二流王子キャラにしては十分な働きでしょう)


「立ち聞きできる距離だよね? なにを探ってたの? シロミンは時々おかしなこと言うけど、ちゃんといい子なんだから!」


(ひとこと余計ですが、よい連携です桃代さん。サイドウェポンとして育てた甲斐かいがありました。あなたは今や、立派な脇役です!)


 内心での見下しとは裏腹に、顔では怯えすがる表情を演出していた。


(しかし赤八さんはバイトごときを理由に不参加なので減点です。茶子さんも着席したまま傍観ぼうかんしているので減点……)


 そちらにそれほど期待はしていなかった。

 しかし別方向へ対し、こらえがたい怒りがわきあがってくる。


(なにより不甲斐ふがいないのは墨花さん……あなたが嫌がらせにかける情熱は、その程度ですか!? それしきの手間やリスクで、この私から緑沢さんを略奪できるとでも思っていたのですか!?)


 強まる小雨の中、墨花はうなだれるばかりだった。


(あとは『私がなにか淵里さんに悪いことをしていたなら、あやまりますから!』と泣きじゃくって『被害者なのに加害者を気づかう善人』という印象を周囲へねじこめば『勧善縛鎖(クルーエル・ラベル・ジェイル)』の完成です!)


 白実は悪人笑いを隠しつつ、発動の準備モーションへ入る。


(一度発動すれば布陣された隷従れいじゅうキャラは正当性を妄信し、リミッター解除の自動反撃モードを展開! ヒロイン役の凶暴性を象徴する、まさに必殺の生き地獄スキ……ル……)


 黒美が『悪役の最期』を見下ろすのは、はじめてだった。


(これのどこが楽しいのでしょう?)


 悪夢の記憶でくり返された、自分の最期を思い出す。



「シロミン? 発作?」


 桃代に心配され、白実は発動の不発に次善の選択を急ぐ。


「いえ……あの、なにか誤解かもしれませんし、もう……」


 黄四郎、赤八、青二はまだ包囲を継続していた。


「誤解とか言っても、あきらかに尾行していたしなあ?」


「なにも言い返さないってことは、認めてんだろ?」


「今はっきりさせておかないと、あとでまた……」


 墨花が頭を下げる。


「ご、ごめんなさい」


(この三流!『釈明乱舞(ディスターバンス・ダンス)』すら発動できないあなたがなぜ、この私との敵対ルートに挑もうなどと血迷われたのです!? 身分をわきまえなさい! 影城財閥の次期……いえ、そのような設定はもう存在しないのでしたね)


 墨花は顔をしかめてうつむき、震えるだけ。


(別にあなたを踏み台にするまでもなく、私の逆ハーレムは順調ですから……そう、私は最初から『悪役』など求めていなかった)


 敵としてつぶすよりも、ヒロイン役のように寛容さで恩を売って支配したほうが効率的な戦略と分析できた。


(あなたは残り全ターン、私に人徳ポイントをみつぎ続ける背景でもやってなさい……隷従化スキル!『聖人許容(ヒポクラシー・エクスキューション)』発ど……)


「おいおい、なんだよこれ!?」


「う?」


 緑沢が怒り顔で駆けよっていた。




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