第5話『冤罪目撃(サーチ・アンド・デストロイ・トラップ)』
天館白実は帰宅してからも研究を続けた。
(どうやらゲーム元来の本質は『演習』のようです。しかし芸術表現やコミュニケーション手段といった要素も加わって多面的に……『乙女ゲーム』は同じタイトルですら、そのプレイ目的はさまざま……)
紫鶴からのメールも読み返す。
ゲームプログラムの一部に過ぎなかった黒美に人格を与えたのは、多くのプレイヤーの意志だという。
意志の動きが体内を流れる現象は、電気信号として脳波測定器でも確認できる。
微弱ながら体外へも伝わっている現象は、霊能力者や動物などが感知しているらしい。
『影城黒美』という存在へ寄せる、波紋のように微弱な意志が膨大に集まり、その中心で立ち上がった『波』が黒美の意識のはじまりだった。
それ自体はありふれた現象らしい。
表面的にはたいした社会的影響もない。
問題は故意か偶然か『しあわせ恋愛革命』というゲームには霊能力者と同じ『波を操作する技術』がいくつも重なっていて、黒美の意識が高度に成長安定したことだった。
人間との会話もできるほどに。
紫鶴は肉体をもたない黒美という意識の『波』を切り離し、すでに『波』の途絶えていた天館白実の肉体へ移した。
天館白実の肉体と記憶によって、黒美の意識はさらに人間へ近づく。
(しかし私に……悪役令嬢だった『影城黒美』に、どのような『意志』が集まっていたのか?)
パソコンを使った検索作業で、開かないまま残したページがある。
ゲーム『しあわせ恋愛革命』の購入案内、ファンサイト、交流掲示板……それらはクリックできないまま、画面を閉じた。
悪役である自分がどのように扱われているか、想像するだけでもつらい。
「シロミン、だいじょうぶ?」
「え……ええ」
翌朝の教室まで思考をひきずっていた。
まだ人が少ない早朝で、白実の机に座ってマニキュアを塗りたくる桃代とふたりきりになる。
(しまった。無難な話題の準備を忘れていました。無難さ……知識より感性を問われるため、私の苦手とする選択です。くっ……桃代さんの気まずそうな表情。なぜすべてがリアルタイムなどという過酷な仕様に!?)
しかし桃代は白実の背後を見上げて驚いた顔になった。
白実もふりかえると、目つきの悪い長身女……淵里墨花がのっそりと見下ろしている。
「あ……天館……さ……」
白実は脳内で一瞬の内に対応を検討する。
(何日か前にも接近してきた妨害キャラさん……威嚇でしょうか? しかし直接攻撃でないなら、桃代さんの気まずさがそれただけ好都合というもの。あなたはせいぜい緑沢さんと仲良く……いえ、緑沢さんは私の攻略目標に加えましたから……)
ふと数日前の光景を思い出す。
緑沢はこの墨花という女に駆けより、助け起こしていた。
白実の涙(偽装)を無視して。
(まさかとは思いますが、助けた事実から保護対象と誤認させる洗脳スキル……『救助幻惑(レスキュー・スクリュー)』でフラグを先行されていた? いえ、しかし!)
脳内で同級生の移動スケジュールを確認。
(うかつでしたね! この場所、この時間こそ最高の布石!)
白実はおびえ顔で立ち上がり、ひじを抱え、追いつめられたように窓へ身を寄せて震え声を出す。
「な、なんでしょうか……!?」
ほぼ同時に、教室へ入ってくる足音。
「おはよーっす! ……あれ、白実ちゃん?」
(これぞ相手の敵意を利用するカウンター攻略奥義!『冤罪目撃(サーチ・アンド・デストロイ・トラップ)』!)
「せ、赤八さん……あ、あの……」
白実はすがるように怯えた視線を向ける。
「どうしたよ?」
赤八が不審がって早足にやってくる。
(はじめての発動にして完全なる使いこなし! 私がこの罠に何度かかったと思っているのです!?)
さらに黄四郎と青二も姿を現す。
「おはよ。……ん?」
「どうしました?」
三人は白実の近くへ集まり、淵里墨花へ警戒の目を向ける。
(……くっ、しょせんはこの程度の王子性能ですか)
ゲーム内の紅矢であれば『てめえ!? オレの銀華に、なにしてやがる!?』と六階の窓から突き飛ばす場面だった。
金獅郎であれば『やるなら先にオレを殺せ!』と全身に巻いたダイナマイトを見せて割りこむ場面だった。
蒼司であれば『幻滅したよ。向かいのビルに狙撃部隊を配置済みだ。反省は刑務所でするんだね』と……
「あ…………」
淵里墨花は言葉を詰まらせ、汗だくでうつむく。
それで赤八たちも目をそらす。
(ふん! 自身の妨害性能の低さに救われましたね!? 私のように北京ダックを投げつけていれば、致命的ダメージが返っていたでしょうに!)
「おい、どうしたあ?」
緊張感のない声にふりむくと、眠そうな三白眼のボサボサ髪が教室に入ってくるところだった。
(まぬけなタイミングの遅さですが、緑沢さんにそこまでの期待は……いえむしろ、間に合っただけでもほめて……)
「だいじょうぶかよ淵里?」
(そっち!?)
「……いえ……」
淵里墨花がのそのそと逃げる。
長身な上に姿勢が悪い。
「なんだったのあれ?」
「わかんなーい」
「まあ、なにかあったらオレらに言えよ? ところで……」
王子トリオと桃代は無難な話題へなだれこむ。
緑沢も普段どおり、興味なさそうに着席……しかし一瞬、いぶかしむ視線を白実へ向けた。
(え……なぜ!?)
白実は王子トリオとの会話をこなしつつ、脳内では緊急会議を開く。
私は被害者ポジションでした……それなのに緑沢さんはなぜ墨花さんを気づかい、私を警戒したのでしょう?
いえ、緑沢さんが入ってきた時点での光景は……うつむく墨花さんひとりを、私たちが包囲していた!?
まさかカウンタースキルをカウンターした『冤罪目撃(サーチ・アンド・デストロイ・トラップ)』返し!?
……い、いえまさか、そのような最高難度のテクニックをモブごときが狙って発動できるわけがありません!
奇跡のような偶然で……
しかし手は震え、冷や汗を握っていた。
ダメージこそ軽微とはいえ、ひさしぶりに受けたカウンタートラップの衝撃。
ゲーム内で光町銀華に翻弄され続けた、今となっては悪夢の日々を思い出す。
(完全に順調だった攻略状況を……おのれ! おぼえてなさい、墨花さん!)
「ち、ちがう!? これは敗北確定フラグの悪役セリフ!?」
「お、おい、だいじょうぶかよ天館?」
緑沢が心配顔で声をかける。驚く王子トリオや桃代よりも早く。
こわばっていた白実の顔がゆっくりとほころび、頬を染めてうなずいた。
(そう……ここは私が逆ハーレムの中心として君臨できる世界。このとおり、緑沢さんのフラグだって支配できています)
王子トリオの機嫌を調整する会話へもどろうとしたが、うまく声が出ない。
桃代に気づかわれて、自身の状態を知る。
「シロミン、後遺症の発作ならしかたないよ。恥ずかしいからってそんな、半泣きにならないでも」