第4話『八方美人(ジェントル・ジェノサイド)』
白実がふり返ると、淵里墨花は緑沢の腕の中で気絶していた。
(私としたことが……こちらの世界の人が黒美の名で呼ぶはずがありませんね)
翌日以降も話題を捏造しては目標攻略キャラの三人に話しかける。
青二の待つ文芸部の部室へ行くが、体調不良のふりで長居はしない。
赤八の居眠りを心配顔で優しく起こし、照れた表情で逃げる。
黄四郎にはぶつかったことをもう一度あやまり、体を気づかう。
ひとりに深入りはしない。
ふたりきりで長引きそうならほかの攻略キャラや友人キャラの茶子をはさみ、あるいはさまざまな理由をつけて離脱する。
(これぞ『天使微笑(エンジェリック・スマイル)』と双璧を成す主力スキル『八方美人(ジェントル・ジェノサイド)』! 発動だけなら容易でも、対象の人数、質、持続時間によって、求められる技量は無限に増加……しかしクラスのトップ男子三体を相手に、この精度の操作にも慣れてきました!)
すぐに攻略目標の三人のほうから話しかけてくるようになった。
そしてクラスの上層とされる女子も自然に接近してくる。
「ねえシロミン、モモヨンにもアドレス教えてよ~!」
桃代という女子生徒は誰にでもなれなれしいが、容姿の素材はたいしたものではない。
しかし化粧のうまさでそれなりに見られ、クラスの女子では目立つ存在だった。
(王子トリオが目当てのようです。しかし発言力が高いわりに行動パターンは単純なので、あつかいやすいかもしれません。茶子さんに変わる友人キャラの主力に使えそうです)
「私などのアドレスを、桃代さんが? 本当にメールをいただけるのですか?」
全力の卑下で持ち上げて桃代の優越感をくすぐり、男子には謙虚さをアピール。
(今日も順調! 今日も完全! 私のハーレム計画に一分の隙もありません!)
窓際の席で囲まれて談笑しながら、ふと首をひねる。
(これのどこが楽しいのでしょう?)
「白実さん、だいじょうぶ? 首の調子が悪いの?」
「いえ、たいしたことありません」
青二は従順であつかいやすい。
しかし反応がワンパターンで、行動力がない。
ほかのふたりが身を乗り出すと、あっさり引っこむ小心者でもある。
「だいじょうぶなら今度、プール行こうよ! ビキニ見せてよ!」
黄四郎は逆に、能天気を通り越して無神経であつかましい。
「いーね、いーねー。でもほら、困ってるじゃ~ん」
赤八は会話に関しては気がきく。
しかし女たらしというか、単にだらしない。
性能の低い女子が体をなすりつけるだけではしゃぐ。
「おいおい桃代ちゃん、発情するなら場所を変えようぜ~?」
(ゲームの紅矢さんは『銀華しかいらねえよ!』とファンの女子をギターでたたき飛ばしていたのに……ゲームだから、ですか? しかし赤八さんは紅矢さんよりキャラ性能が低いのですから、なおさら献身的になるべきでは……そうされたいとも思いませんが)
「シロミンこわ~い! もしかしてやいてる~う?」
桃代の軽薄で派手なキャラはうっとうしいが、白実の愛され清純キャラを引き立てるので、便利ではあった。
「もう! そんなことありません!」
明るい苦笑で困ったふりをした。
本来なら続けて一瞬、さびしげな流し目を赤八へたたきこむダメ押しで作業は完了だったが、つい放置してしまう。
となりの席にいながら、興味なさそうにあくびをしている緑沢を見てしまった。
『がんばる方向をまちがっているだろ』
(私はなにを思い出しているのでしょう? ……あの寝ぼけた三白眼に私のなにがわかると!? そう、私はなにもまちがっていません!)
しかしふたたび王子トリオの話を聞いていたら、あくびが出てしまった。
(しまった!? おのれ緑沢さん!? ニヒル気どりの無気力を感染させないでください!)
「もうしわけありません! 昨夜は遅くまでムダ毛処理をしていましたので!」
「あ、ああ、そうなんだ? ……あれってけっこう大変らしいね」
赤八の笑顔は少しこわばっている。
(ん? みなさんの表情が……?)
驚き、気まずさ、嫌悪、恥じらい……
(しまった!? これは『生理的タブー』の反応!?)
黒美がいた乙女ゲームの世界観では、生理的嫌悪に関わる要素は極力排除されていた。
そのため黒美の感性では、ゲーム外に存在する生理的嫌悪感の一部を知識以上には認識できない。
白実の記憶から『トイレ』の存在を知って以来、類似の致命的なリスクについては入念に調べていたが、思わぬ穴が残っていた。
「私……なんてことを!」
すばやく机に伏せ、涙声を演じる。
(くっ、なんたる失態!)
「うんうん。寝不足のせいだね。でもシロミン、そこまで気にしないでも」
(桃代さんとの友好の偽装も、たまには役に立つようです)
放課後。
体育館でバスケ部の練習をする黄四郎を応援に行く……はずだった。
白実は長々と教室に残り、準備済みのタオルとスポーツドリンクを無表情に見つめてしまう。
「これは、いつまで続ければいいのでしょう?」
(『しあわせ恋愛革命』はゲーム……つまりは娯楽。楽しいもの。プレイヤーはヒロイン役の銀華さんを操作し、王子様役の攻略キャラたちの機嫌をとり続ける。機嫌をとられる側になるまで……それのどこが楽しいのでしょう?)
「元気かあ?」
声をかけられ、ビクリとふりかえる。
いつのまにか、口をひんまげた三白眼がいた。
「ああ、別に邪魔する気はねーから。ちょっと忘れもの……」
(このモブ男子なら別に、フォローしなくても攻略ルートに大差はありません)
緑沢はとなりの席にいながら、興味のなさそうな態度が変わることはなかった。
「ゲーセンでもいっしょに行く?」
(……はあ? 突然なにを血迷って……ゲーセン……『ゲーム』!?)
「別にいいならいいから。じゃ」
「ま、待ってください!」
(私は今まで、こちらの世界へなじむ努力に没頭しすぎて『ゲーム』を……自分のいた世界を学習していませんでした! なんという盲点! 自分に無知では方向を見失うのも当然!)
白実の記憶でも少しは行ったおぼえのある店だった。
「ゲームに関して調べたいことがありましたので」
「お、おう……」
「乙女ゲームはどれでしょうか?」
「え。ゲーセンで恋愛ゲーム? あんのか? 普通はパソコンとか……」
なかった。
「ま、せっかく来たんだし……あれはどうだ?」
緑沢に勧められたゲームをいくつか試す。
「おまえ、パズルもの異常に強くなってないか?」
白実は前にもこの店で緑沢に会っている。
たがいに友人たちと来てあいさつしただけ。
「ええ、まあ……数学予習の成果でしょうか? 操作さえ慣れたら、もう少し……」
「マジかよ。勘弁しろよ~」
(ふ! 私をかつての白実さんのごとき凡庸な庶民といっしょにしないでいただきたいです!)
格闘ゲームでは実力が拮抗した。
「いや、へこんだわ。技の性質もろくに知らないで、反射神経だけで……」
「ふふ! あなたごときがここまで善戦できたことを誇りなさい!」
(……しまった!? つい地が出て!?)
「っはは!? 言うようになったねえ!? イメチェン効果かよ!?」
(知られてはいけない暗黒面を……口封じしなければ……確実を期すなら記憶か存在ごと……)
緑沢の横顔を盗み見る。
(こんな風にも笑うのですか……というか、はじめて好感を持たれている?)
「退院してからマジで頭おかしくなったかと思ったけど、悪いことばかりでもねえか」
(コントロールできそうなら様子見でも? 行動力や発言力の低さからして、危険性はたかが知れています)
「おお~。音楽系はさらにすげえ……少し慣らすだけで記録だしそうだな?」
黒美は高笑いこそ抑えたが、自信に満ちた得意顔は放置した。
ゲーム画面に向かっている今、緑沢くらいにしか顔は見られない。
(この解放感はなんでしょう?)
「少しは気晴らしになったか?」
「よい勉強になりました……緑沢さんは、私を気づかってくださったのですか?」
(思っていたより、よい手駒になるかもしれません。どうせ今の王子トリオも、ゲーム内の王子たちに比べれば容姿も会話スキルもたいしたものではありませんし。緑沢さんも攻略目標に加えてあげましょうか?)
「まあ……おまえなんだか、無理してそうだったから」
(今のその、照れを隠そうとしている表情はなかなかの技巧)