第3話『激突邂逅(バースト・インパクト)』
「廊下の様子見は大事だよな。いつなにが起きているか、わかんねえし」
髪を明るく染めた男子が笑顔で話しかけてくる。
攻略目標のひとりだった。
『赤八』
ラフな着こなしとまつ毛の長いたれ目はゲーム内の『紅矢』と同じ。
(大企業の御曹司でありながらギタリストで、ファンとスカウトから逃げまわっている……などの地位や実績は皆無ですが)
「赤八さんは意外に努力家なのですね? あ、意外なんてごめんなさい!」
尊敬のまなざしを偽装。
「いや、オレは別にそんな、ヘビー廊下ウォッチャーじゃねえけど……」
ゲーム内の紅矢は天才を自称しつつ、放課後の音楽室で深夜三時までギターの練習をしている設定だった。
天館白実の記憶には赤八の顔も多かったが、そのほとんどは授業中の居眠り姿。
(本当に怠惰で向上心に乏しいだけ? しかし実際はどうあれ……)
「謙遜ですか? 赤八さんはなんだか、人に知られていないところで努力をしているかたに思えてきました」
「は……はは。じゃあ、そういうことにしてもらおうかな」
だらしのない苦笑い。
(そこは頬を赤らめて怒ったふりで『チッ、誰が努力なんか……バカらしい!』でしょう!? 二流!!)
昼休みに廊下へ出ると、第三目標まで向こうからのこのこと接触してきた。
「白実さん、昼は部室に行きますか?」
『青二』
文芸部の部長で丁寧な言葉づかいはゲーム内の『蒼司』と同じ。
きっちり整った顔と衣服と眼鏡。
(背は低いほうですし、生徒会の会長でも文芸賞をとった学生作家でもありませんが、クールなインテリ……に見えなくもありません)
青二は人に見られていると執筆が進む。
白実も文芸部だったが、記憶によれば部室でもマンガを読むか宿題をこなすだけ。
部員は数人だけで、部長の青二以外は白実も含めてほぼ幽霊部員だった。
部活存続のための水増し要員になっている。
「はい。ひさしぶりに青二さんの執筆姿を見たいです」
「え。見たいのですか?」
とまどいつつうれしそうな顔。
(お手軽ですこと!)
「文学には詳しくありませんが、一生懸命に打ちこんでいる姿を見ていると、元気をいただけますから」
(書いている作品は美少女が下着を見せると悪人が爆裂するという、深刻に理解不能な内容ですが)
「そんな風に思ってくれて……では、先に行ってますので」
顔を真っ赤にして、そそくさと逃げだした。
白実が拳を握りしめる。
(予定していた三人とも、当初の想定より早く攻略が進んでいるようです。この心理操作スキル……ゲーム内で光町銀華さんの好き勝手を延々と見せつけられたくり返しは無駄ではありませんでした!)
「ああ、今この姿を銀華さんに見せつけたい!」
うれしさと悔しさで正拳突きを壁へめりこませる姿を長身の女子に見られていた。
男子の平均に近い背で、のっそりした動き、鋭いつり目、しかめた眉。
「あの……」
声をかけられそうになり、白実は走って逃げる。
「ごめんなさい! 通行のお邪魔でしたね!」
(黄四郎さんや赤八さんとの進展が急で、さっそく目をつけられたのでしょうか? しかし妨害してくださるなら、それもけっこう。いずれ、銀華さんの得意とした『冤罪目撃(サーチ・アンド・デストロイ・トラップ)』の実験台に……)
背後を見ると長身女は追って来ていたが、見た目のわりに足は遅かった。
そして白実は前方不注意でなにかに激突してしまう。
「きゃ!?」
「わ!?」
男子生徒が七メートル半を転がり、倒れて止まる。
白実も倒れそうになるが、華麗な回転を決めて着地し、すばやく両拳を口元へよせる。
(これは古来伝統の遭遇イベント『激突邂逅(バースト・インパクト)』!? 正解選択は……)
「ごめんなさい! だいじょうぶですか!?」
「いてて……オレはだいじょうぶ。君は?」
(う!? 完全正解で返された!?)
しかし顔を確認すると、白実は一瞬だけ落胆の表情を見せる。
眠そうな三白眼、ひん曲げた口、ボサボサ髪。
攻略対象の三人ではなく、候補にも入らなかったクラスの男子『緑沢』だった。
(ハズレ……ですが、ほかのキャラへのイモヅル布石となる可能性を考え、油断はできません)
「救急車を呼んだほうがいいでしょうか? 私のせいで……」
「なんだ天館か。いやマジでふざけんなって。おまえ、入院していたのに身体能力が異常に上がってねえか?」
クラスの下層階級だけに、かつての内気な白実でも会話する機会が少しはあった男子のひとり。
(しかしその設定は必要ありません)
「死にかけてみたら、おしゃれをサボっていたことが悔しくなりまして。リハビリ指導のかたに美容体操や総合格闘技も教えていただいたのですが、なにかおかしいでしょうか?」
「おかしいだろ。廊下で成果を発揮すんな」
「心配をおかけしてもうしわけありません。まだいろいろ後遺症があるようですから、おかしなところがありましたら……」
「それ、オレもう二回聞いているから。となりの席だし」
(顔なし相当のモブキャラが会話イベントへ乱入してくると、このようなうっとうしい事態に)
「あと心配じゃなくて迷惑だから、廊下で競技記録を出すなっての」
(もう少し暴力的であればこのモブも救出イベントの悪役要員かもしれませんが、白実さんの記憶によれば単にニヒル気どりの毒舌にすぎないようです……ここは基本にして主力の攻略スキル『天使微笑(エンジェリック・スマイル)』発動!)
「もうしわけありません。でも本当は心配してくださっているのですよね?」
「それが一番おかしい。逆ハーレムでも作る気かよ? イメチェンにしても、がんばる方向をまちがっているだろ?」
(モブの分際でっ!? 影城財閥の次期総帥であるこの私のなにがまちがっていると!?)
感情的になりかけたが、反射的に顔のゆがみを隠す訓練の成果が発揮される。
(危ういところでした……おのれ緑沢さん!? どうでもいいステータスのくせにやっかいな!? しかしこの『双掌面隠しのかまえ』へ移行させたことがあなたの敗因! 一気に決着をつけさせていただきます!)
(究極攻略奥義!『涙腺解除(アクエリアス・オーバードライブ)』!!)
「おい、そっちもだいじょうぶか~?」
緑沢は長身女へ駆け寄っていた。
(見なさいよ!? ヘビの毒液と同じく回数制限の厳しい、あなたごときにはもったいない奥の手なんですから!?)
長身女は廊下の壁にすがり、汗だくで苦しげな息をしていた。
しかし三十メートルも走っていない。
「おまえも退院したばっかりなんだから、あまり無茶すんなよ?」
(ふん、緑沢さんも背だけは高いほうですし、お似合いですよ? モブはモブ同士でくっつき、イベントにも関わらない妨害はしないでいただきたきましょうか!?『涙腺収束(オーバードライブ・キャンセル)』!)
白実の手のひとふりで、涙は気配まで消し飛ぶ。
(無駄なターンを消費しました。早く文芸部の部室へ場面変更しなければ)
「ま……待って……」
聞こえないふりをしておく。
(あの女子も同じクラスでしたっけ。孤高を気どったはぶられキャラ。思い出さなくてもよさそうですが、名前はたしか……)
『淵里墨花』
「待って……くろ……さ……」