第26話『永久再生(ハッピー・メモリー)』
緑沢は頭を抱えていた。
「おまえまさか……元の淵里か?」
切れ長目の長身女子は顔をこわばらせてあとずさる。
「は、はい……その、おそらく……」
「いや、なんというか……いいよ。天館もそんな感じだったし」
童顔女子は照れ笑いで頭をかく。
「ええ、おかげさまで本調子になりまして……」
「淵里も記憶はあるんだな? 実感は薄いんだな? それならやっぱり……事故前の関係でやりなおし。それでいいか?」
うなずきを確認しながらも、緑沢自身は納得していない顔だった。
「も、もうしわけありません。私のほうから……その……」
「いいってば。……前よりは話してくれるようになったし」
授業の合間の緑沢は以前にも増して、独りでぼんやりしている時間が増えていった。
墨花が柔らかなほほえみを浮かべることはなくなったものの、姿勢は良くなっている。
以前よりは声も表情も出て、モブ女子ABCや青二とマニアックな会話を楽しむようになっていた。
白実はだらけた姿が多くなったものの、表情に自信がついている。
以前よりは自分の趣味をさらし、マンガやアニメについて茶子や青二と話すようになっていた。
「桃代ちゃん、おなかの子を育児しながら卒業する気みたい」
「な!? テスタメント・フォー・グレイブを経由せずにフル・チャージ・ジャッジメントからのニューワールド・バズーカー!? すると赤八さんとのバーニング・デュエットは……あ、失礼。ついまた謎の言語が」
「自前ツッコミの早さからして、順調だよ。そのうち治るでしょ」
白実のゆるんだ照れ笑いは世間的にかわいい部類のはずだが、緑沢は盗み見ながら不満そうにため息をもらす。
白実と墨花に趣味の共通点はなかったが、ふたりきりの時だけ、携帯端末を片手に話している姿が見られた。
互いの体調についてとか、医薬品の名称らしき『シズリン』への文句など。
白実と墨花は緑沢にうしろめたい表情を見せながらも、好意的に話しかけてくる。
しかし緑沢は以前にも増して、興味の薄そうな態度を見せるだけだった。
乾いた笑顔で気づかい、言葉少なく距離をとる。
緑沢が帰宅して、父、母、妹といっしょに夕飯をとった。
母がなにげなくきりだす。
「例の彼女さん、連れて来てくれないの? かわいいのにデレまくりですごかったのに」
「やっぱ、お母さんと兄ちゃんの勘ちがいじゃないの?」
「だったらそれで別にいいけど……」
妹はからかったつもりが、無気力な顔でボソボソと返されてしまい、追いにくい。
「兄ちゃん最近、ギャルゲーばっかやってない?」
「わりい。ヘッドホンつけるわ」
「音は別にいいんだけど、同じ曲ばかり流れているから……だいじょうぶ?」
あいまいなうなずきが返る。父はテレビを見たまま、それとなくつぶやく。
「それよりそろそろ、進路くらい選んでおけよ?」
「ん……」
生返事をして、自室へ引きこもった。
宿題をぞんざいに埋め、あきるとマンガを読んで、それも笑えなくて照明を消した数分後、ぽつりとつぶやく。
「選ぶ……か」
白実と墨花の顔が浮かぶが、それは今日も見かけたふたりの女子ではない。
「急にきれいになった見た目は変わらねえけど、もっといつでも必死な感じが面白くて……ほっとけなくて……『あいつら』が『あいつら』じゃなくなってみたら、なにをやってもおちつかねえな?」
ボソボソとつぶやく。
さらに数分すると、のそのそと起き上がり、ゲーム画面を開く。
「これを送りつけてきた『鶴子』って、ほんと誰だよ……」
すでに女性用も一作目も自分で買い足した『しあわせ恋愛革命』シリーズだった。
セーブデータを再生し、ほんの数クリックでエンディングがはじまる。
スタッフロールの背景となった『影城黒美』のしあわせそうな笑顔を見つめてしまう。
「なんでこれ……こんなくり返し聴いてんだか」
曲のタイトルが表示され、イントロが流れだす。
『村人Aに捧げます』
いきなり変わらないで狼男さん
昨日まで村人Aだったのに
私は毛皮を剥ごうと狼を探していたのに
探し疲れてお茶をいただいて
おいしいケーキもいただいて
お礼を言おうと頭を下げたら
あなたの牙としっぽが見えた
私は銃を持っていたのに
あなたに食べられたいと願う
しあわせになっていいですか?
しあわせってなんですか?
これは違うと笑いますか?
これしか知らない私です
まぶたを閉じて笑います
これが私のしあわせです
(『しあわせ恋愛革命』 おわり)




