第21話『希少争奪(アンバランス・フィーバー)』
青二はうきうきと身を乗り出した。
「この作品は『村人A』を『村人M』に変えて緑沢くんへ送りませんか?」
白実は赤らめた顔をぷるぷるとふり、青二は残念そうに苦笑する。
「ともかく……みんながしあわせになれる展開があればいいですね。やはり物語は、ハッピーエンドこそ至高です」
その言葉から、白実は自身のさらなる見落としに気がつく。
(みんなが…………なんてこと!? 私は『ゲーム内の悪役』だけでなく『ひとり用ゲーム』の発想にもとらわれていた!?)
『この世界は全キャラが選択を続ける超多人数プレイ仕様なのです』
(これも私自身が銀華さんへ教示していたことではありませんか!? くっ……なぜ乙女ゲームには多人数プレイがないのでしょう!?)
教室へもどった白実は、いつもの見慣れた王子トリオ、桃代、茶子たちが急に大きな存在に感じられた。
(自分だけを主人公としてあつかう発想は、根本的に仕様と合わない攻略だったのでしょうか? 多人数プレイであっても、自分のグッドエンドを目指すことには変わらないはずですが……)
しかし今は、自分から桃代の攻略進行を援護する側になりたいと望んでいた。
(赤八さんに『略奪接吻(リップ・トリップ)』や『恍惚口吸(マウス・トゥー・デス)』をしかけなくて本当によかった……他プレイヤーと共存協力する戦略性も必要だったとは)
その赤八は黄四郎となにかの予定調整をしていた。
「部内試合? 今日の放課後ならいけるぞ?」
「お、助かる……もうふたり……青二もいいだろ?」
「ぼくは体育の授業でも嫌われがちですけど?」
青二もうなずくが、いやそうに苦笑していた。
白実も黄四郎へ控えめな挙手を見せる。
「私も参加させていただけませんか?」
「だいじょうぶ? 昨日から調子悪そうだったけど……」
「お邪魔でなければ」
(銀華さんの発想『みなさまの理解』につとめてみましょう。『尊敬』という感情はよくわかりませんが……少なくとも、ここにいる皆様のことは理解したいと思えます)
放課後の体育館には、部活存続が苦しそうな人数の部員が集まっていた。
「黄四郎とオレら助っ人の三人が同じチーム? バランスとれんのか?」
「だいじょうぶ。それくらい弱いから」
もうひとりは入ったばかりという新人の太め男子だった。
白実の記憶にあるバスケットボールの授業で考えると、男子との体格差は大きい。
開始してみるとやはり、白実との接触は遠慮されていた。
白実は積極的に走り回り、自分からはりつく。
シュートは感覚がつかめなくて苦手だった。ドリブルもうまくはない。
しかし脚力は男子レギュラーなみにある。
周囲の位置把握と反応の速さではそれ以上だった。
(妨害しかできませんが……楽しいですね妨害)
相手もくり返し動きを止められると、だんだん遠慮がなくなってくる。
それでもなおうれしそうに食い下がる白実のほほえみで、見る目も変わってくる。
黄四郎は笑顔で敵のレギュラーチームをあおった。
「おらー、おまえらも白実ちゃんの殺意を見習えー。青二も遠慮しなくていいぞー」
青二は体格も技術もそれほどないが、白実と同じく全体をよく見て位置どり、白実以上にあたりが激しい。
「ちょっと強いところやガラの悪いところだと、もっとぶつけてくるぞー」
黄四郎が守り、赤八が攻めるだけでもそれなりの点数争いになっていた。
しかし相手は五人とも、それなりにまんべんなくプレイできる。
赤八を集中的に止められると、点が入らなくなってきた。
すると新人の太め男子にもボールが集まりはじめる。
うまくはない。それでも体格は大きい。
赤八とは別の攻めの起点として、重要になってきた。
(これが狙いでしたか。新人さんのがんばりが点数に反映されやすいチーム構成……レギュラー陣を相手に活躍できれば、自信もつきます)
新人が積極的にボールを求め、持っていなくても相手の注意を引く動きをはじめる。
(意識の低い愚鈍がだいぶマシになりました。まさか黄四郎さんの神経でこのような調教が可能とは)
黄四郎は肩の古傷がどれほど影響しているのか、ほとんどボールを持たない。
しかし前の四人の動きの穴にはいつの間にか入りこみ、プレイをつないでいた。
十数分も過ぎると、体力の差が目立ちはじめる。
開始から走り回っていた青二は最初に息切れし、それでも食い下がっていた。
プレイが荒っぽくなり、かえって闘争心の強さが目立っている。
新人、そして赤八もレギュラーより先に動きがにぶり、拮抗していた試合は点差が開きはじめた。
男子レギュラーと変わらない余裕を見せる白実に、相手の見る目はさらに変わる。
「んはは。すごいな白実ちゃん。おらヤローども、もうへばるかー?」
黄四郎が突然に切り込み、点数を入れる場面が増えた。
相手の警戒がわかる。
不利にはなっているが、まだ点差を縮められる気もしてくる。
新人の表情もそう主張していた。
しかし結局、点差は広がり続けた。
黄四郎は満足そうに笑う。
「んははは。ごめんね白実ちゃん。負けちゃったよ」
「でも楽しかったです。かなわないはずなのに、最後まで楽しめました。そのようなゲームをつくれる黄四郎さんは優れたプレイヤーなのですね」
黄四郎は大はしゃぎで部員たちへ組みつく。
「今のちゃんと聞いたかー!? もう少しオレをありがたがれおまえらー!」
部員たちは苦笑いだった。
「天館さんと接触できる練習試合ごっつぁんでした」
「でもキャプテンがもう少し考えて勧誘文句を考えていれば、こんな事態には……」
校内で見かけたポスターには『つぶれかけ どんなに下手でも すぐレギュラー』と書かれていた。
(あれは黄四郎さんの創作物でしたか。たしかにひどい……ですが……)
コート内で部員に囲まれる黄四郎の、能天気な笑顔に見とれる。
(ゲーム内の金獅郎さんは中学から全国制覇を続けていましたが、この学校で、あの肩でキャプテンを務める黄四郎さんも、攻略キャラとして負けているようには思えません)
桃代と茶子も見物に来ていた。
「タコハチよりシロミンのほうがかっこよかったな~」
赤八は桃代の頬をはじいていちゃつく。
「くっそ~。パーカスやめてから体力が落ちてやがるか~?」
(桃代さんは赤八さんの維持管理に……茶子さんはなんのために?)
いつものように淡々と平坦な表情で、楽しんでいるかどうかもわかりにくい。
(……はっ!? もしや近所かつ幼なじみフラグのある黄四郎さんを標的に!? そういえば茶子さんは、恋愛とは極度に疎遠なキャラでありながら、黄四郎さんに対してはすでに二度も『救助幻惑(レスキュー・スクリュー)』を発動させている!?)
「ちゃ、茶子さんはマネージャーなどには興味ありませんか?」
(早急に停戦合意を締結しなければ、足元になにを埋められるかもわかりません)
「ん? ……あー、わたしはにぶいのもチャラいのもアブないのもめんどうかな? ひねたのは気楽そうだけど、虫が二匹もくっついてちゃ近寄りたくないし」
「そ……そうですか……」
(この世界はプレイスタイルの幅が広大なようですが、茶子さんの目指すエンディングとはいったい……?)
「でも少しあせってきたかなー? いちゃつきとか痴話げんかを目の前で見ると、やっぱ楽しそうだよね。なんでみんな高校から急にサカりだすかな?」
「それならやはり、マネージャー仕事の一部だけでも試しては?」
(男子部活のマネージャーこそは男女比の大差によって価値を錯覚させる『希少争奪(アンバランス・フィーバー)』を乱発し放題のポジション。気力ゲージがマイナスへめりこんでいる茶子さん向きです!)
「この汗臭さの中に毎日?」
「清潔な男性の汗はかいでいて楽しいですよ?」
白実の声は思いのほか体育館に響き、ただならぬ視線を集めていた。
(……しまった!? これは生理的嫌悪のタブー!?)
茶子のフォローを期待したが、カツリと小突かれてしまう。
「そういう本音は自重しろ」
表情をあまり変えない顔が真っ赤になっていた。
(思わぬミスをしてしまいましたが、少しは茶子さんの攻略意欲をあおる補助になったでしょうか? これは……『楽しい』ですね?)




