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第20話『真剣告白(マーダー・マーキング)』


 白実しろみは自分の指をかんで耐え、震える足であとずさる。

 墨花すみかが腕を引き寄せられ、白実は顔をそむけようとしたが、緑沢みどりさわの動きは止まった。

 やや間があって、緑沢は墨花の頭を抱えるにとどまる。


(くちびるを重ねないのは緑沢さんが臆病だから? まだ私へのルート分岐があるから?)


 状況分析に慎重を期す。


(……残念ながら、どちらも違いますね。緑沢さんが迷った原因は、墨花さんへの罪悪感。私の考えなしの『略奪接吻(リップ・トリップ)』を思い出してしまっただけ……)


 白実はそっと背を向ける。


(でもそれは、私を選んだことにはなりません。銀華ぎんかさんを選ばなかったことにはなりません)



 白実は翌日、登校した。下校した。

 その間の記憶がほとんどない。

 ずっとぼんやりとしていて、みんなに心配されていた……気がする。

 家で両親といっしょに夕飯をとり、みそ汁の味わいの多様性に感心してから、ふと我に返る。


(こ、これはかなり危険な状態です!? なんの動作不良ですか影城黒実!?)


 自室で青二せいじからのメール着信に気がつく。


「あなたの攻略を進められる状態ではないのですが……」


『なにか悩んでいるようでしたので、ふたたび創作を勧めておきます』


「なぜ」


『創作物は心理分析の資料としても最高です。自分の気持ちを整理するために執筆をしてもいいのです』


「なるほど」


『なお、ぼくの指導には問題がありました。必ずしも「書きなぐり」が簡単とは限りません。人により時により、特に文章技術が高い人ほど、困難になる状況もありえます。多くの選択操作、結果予測をできると、それらへ気をとられるようにもなるからです』


「青二さんはなぜ作品でなく創作論だけは説得力があるのでしょう?」


『以下は創作に詰まった時に役立つかもしれない思考法です』


 ひとつめ。


『可能な限り、すべての思考を捨てて見つめなおしてください』


「すべての思考を捨て……たら廃人ではありませんか。無茶苦茶な」


 ふたつめ。


『可能な限り、さかのぼって最初の目的を思い出してください』


「さかのぼって……目的が変わって困っているのに、さかのぼって意味があるのでしょうか? 目的がどう変わってしまったかを知りたいのに」


 みっつめ。


『初歩は単純なだけで、楽なものではないと覚悟してください』


「かつての目標……逆ハーレムの完全支配……しかしその先が見えなくなっているのです。……いえ、今まで見ようとしてなかった先へ、目を向けるようになったのでしょうか?」


 しかし『可能な限り』という言葉で、さらにその前、天館白実あまだてしろみの肉体を手に入れる前を思い起こす。


(私は自分のバッドエンドが『くり返されている』としか思っていませんでした。銀華さんが嫌いで、攻略キャラのみなさんが好きで……まだ銀華さんを恐れていませんでした。バッドエンドをくやしいとは思いませんでした)


「やはり肉体を得てからは、決定的な変化があります。目的にも目覚めて……逆ハーレム支配……やはりそれがさかのぼれる限界?」


(でも病室のベッドで目覚め、最初に肉体を自覚した時の感覚……悪役ルートから解放され、シナリオが無限に広がった喜び。あの時には、経験したこともないグッドエンドや、攻略フルコンプリートの感覚を想像できそうな気もしていました)


『私は自分の結末を、自分で選んでいい』


(私の本来の目的は……自分の結末を、自分で選ぶこと?)


「……私が銀華さんに言ったことではありませんか」



 攻略が手詰まりになっていた原因がわかってくる。


「もしや逆ハーレム支配は、すでに私の望まない結末なのでしょうか? ……私は桃代さんと赤八さんのグッドエンドを望んでいたように思えます」


 保健室で緑沢といた場面を思い出す。


『私は今の場面だけを永久リプレイしたいのに』


(私はすでに、別の目的を得ていたのに……逆ハーレムにとらわれ、ゲーム内にいたころのように選択肢を失っていました。なんというターンの無駄。あまりに損なルート突入)


「手遅れ…………でしょうか?」



 最後のつぶやきから気がつくと三十分が無意味に経過してしまい、白実はパソコンのワープロソフトを開く。


「と、とにかく今は少しでも選択の手がかりになれば……同じ三十分なら……」


『ポテトチップス かりっとさくっと 塩 うまみ 触感の麻薬 止めたら死ぬ 刺さる』


「だ、だめです。書きなぐりこそ私には至難のスキル……やはり少しは計画性を加えなくては……」


 文字数の少なさで詩に目をつける。

 そして青二の雑談も思い出す。


『創作の参照にほかの作品を使うのでしたら、おとぎ話をおすすめします。時代と世代を超える普遍的な物語の最高峰ですから、モチーフにしても模範にしても学べることは尽きません』


 東西の昔話を集め、気になったエピソードやアイデア、背景、状況を抜き出す。

 短い筋書きを整えながら、違和感のある展開は自分の視点で変えてみる。


「完成したようです……が……」


 首をひねる。


「詩は感性のかたまり。もはや私では、作品になっているかどうかも……?」



 いきなり変わらないで狼男さん


 昨日まで村人Aだったのに

 私は毛皮を剥ごうと狼を探していたのに


 探しつかれてお茶をいただいて

 おいしいケーキもいただいて


 お礼を言おうと頭を下げたら

 あなたの牙としっぽが見えた


 私は銃を持っていたのに

 あなたに食べられたいと願う



 部室で見せたところ、青二は腹を抱えて笑いころげた。


(私のもっとも苦手とする分野ではありますが、いくらなんでもその無礼な反応は……)


「もうしわけありません。つたなく支離滅裂かもしれませんが……」


「これは……ひどい! そして素晴らしいラブレターです!」


(そんなものを書いたおぼえはありませんが、なにか都合よく勘違いしてくださったようです)


「『村人A』が『村人ミドリサワ』としか読めません!」


「な、な、な、ぜ……!?」


「ずっと白実さんの本心がわかりませんでしたが、まさかこんな風に緑沢くんを見ていたとは……!」


(こんな文字数でなにがそこまでわかるのです!? …………いえ、言われてみると、意識の投影らしき表現も少しは……いくつか?)


 白実はだんだんと赤面して汗を噴き出す。



「でもこの作品は、幽霊部員から文芸部の部長へのラブレターとしても素晴らしいものです」


 青二は笑いすぎによる涙をふきながら、まだ苦しげに呼吸を整えていた。


「この作品はぼくが見たかった、白実さんの魂そのものです。ぼくはこの作品が好きです」


 執筆している時と同じ、力強い笑顔。


(私の作品……私の魂が好き? 青二さんも天館白実ではなく、影城黒美である私を見つけてくださる人だった?)


「男子としては残念ですが、文芸好きとしては最上のしあわせです」


(でも……だからこそ手遅れ? この作品で青二さんは『影城黒美』に好意を持ってくださいましたが、私が青二さんを間に合わせの手駒と見ていたことも、以前の作品でどれだけ読みとられていたのか……)


「水面下で墨花さんと複雑なことになっているようですが……ぼくにお手伝いできることがあれば、なんでも言ってください」


 優しいほほえみに胸をしめつけられる。


(もしかなうのでしたら、初登校の場面から再ロードさせてください)




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