第18話『内情吐露(サイコ・スプラッシャー)』
淵里墨花は天館白実に押しきられ、自宅へ招いてしまった。
ビクビクと愛想笑いを浮かべながら紅茶をさしだす。
「き、嫌われ役というポジションは大変ですね。無視をされ続けたかたの気持ちをお察ししますと……」
白実はすまし顔で首をかしげる。
「無視されて当然なかたの気持ちなど、考えたいとも思いません」
「いえ、決して悪いかたたちではないのです。ですから胸が痛んで……でも『ヒロイン役』と『悪役』の違いとはなんでしょう?」
「勝つべき役と負けるべき役でしょう? ゲームとしての楽しさを盛り上げるための配置です」
「私は黒美さんがことごとく悲惨な最期を迎えるルート分岐など、楽しいとは思えません。ゲーム内でも感じていたことのように思えるのですが、外の世界へ出て確信しました」
墨花の視線がゲーム内の銀華のようにまっすぐになる。
「だからといって、なぜあなたが悪役を? 胸が痛むのでしたらもう……」
「知りたいのです。なぜヒロイン役に悪役が必要なのか」
墨花は強がりながらも視線をそらす。
「あなたに悪役などつとまりません。影城黒美は人目を忍んで泣くくらいなら、怒り狂って光町銀華へ八つ当たりの限りをつくします」
「で、では私も、今後はそのように努力を……」
墨花が明るく前向きな笑顔を見せる。
「できるのですか? ……緑沢さんの前で」
白実は墨花の青ざめた顔をちらと確認する。
「銀華さんのメールは、緑沢さんに関わる内容ほど過度な興奮が読みとれました」
墨花がびくりとうつむいた。
「本当の自分を知る人間が誰もいない世界で、嫌われキャラの肉体に入って……でも緑沢さんだけは、はじめて心配してくれたのでしょう?」
墨花のティーカップがカタカタと鳴りはじめる。
「それにもしかすると、緑沢さんだけは……淵里墨花ではない、銀華さんの存在にも気がついたのでは?」
「それでも、私は……黒美さんの、グッドエンドを見てみたいのです」
声も震えていた。
白実が立ち上がる。
「この影城黒美は悪役など求めていません」
「そ、それでは私はどうすれば……!?」
すがりつこうとした墨花を大外刈りでソファーへたたき返した。
「性根まで引きこもりキャラの肉体に侵食されましたか!?」
白実は自分で乱入してきたドアを今度はたたき開けて出る。
「偽善者の病癖で私の引き立て役を楽しむのであればかまいません。しかし今のあなたは、緑沢さんの攻略から逃げる口実が欲しいだけです! 銀華さんの口調だけ真似た半端なキャラ作りなど、見るにたえません!」
ビシッと指をさしてにらみつけ、毅然と立ち去った。
白実は帰宅すると、自室のベッドにもぐって頭を抱える。
「なぜあんなことを言ってしまったのでしょう……?」
墨花からのメールが届いていた。
『こうりゃくがんばります』
「バケモノじみた前向き思考は健在でしたか。よりによって地獄の使者へ自らゴーサインを出してしまうとは」
肩をすくめて自嘲していると、さらに追加の着信が届く。
『こうりゃくとはなにをすればいいのでしょう』
「私に聞かないでください!? あなたこそがヒロイン役でプレイヤーの操作対象で…………え?」
黒美は根本的な誤解に気がつき、思考の整理をはじめた。
あのダメ女は『光町銀華』と自称していますが、正確には『光町銀華』へ寄せられたプレイヤー意志の集合体……
そしてあの疫病神の行動習性から推察すれば、プレイヤーのみなさんも『自覚もなしに媚びまくる迷惑な偽善者』として『意識』なさっていたようです。
しかしそのような人物像は、ゲーム製作者のデザインした理想のヒロイン像とは必ずしも一致していない?
そのような認識のずれが、動作不良の原因に?
『淵里墨花』という肉体の影響も考えるとややこしいですが、ヒロインにあるまじきあの不様は、やはりプレイヤーのみなさんも『でしゃばるな』と強く念じていた影響だとしたら……
「なにやら突然、この世界のすべてに感謝したいような……」
うっとりとほほえんだあとで、眉をしかめる。
「……しかし先日以来の私へふりかかる惨状まで望まれた展開だとしたら、やはり呪わしいような」
そして墨花の泣き顔を思い出し、沈んだ表情になる。
「私と銀華さんに寄せられた意志の多くは、立場を逆転させたあとまでは考えていなかったのかもしれません」
(私には逆ハーレムを奪取した先、グッドエンドまでのシナリオがないために、埋められない部分で白実さんの惰弱な選択……『傍観』や『自閉』が入りこんでいるのでしょうか? それなら銀華さんも、悪役として落ちぶれるだけ落ちぶれた今はシナリオ空白の状態に?)
墨花へメールを送った。
『自分で選択しなさい。この世界は全キャラが選択を続ける超多人数プレイ仕様なのです』
返信が来る。
『ではげえむとおなじくそんけいしているかたたちのりかいにつとめてみます』
「なるほど……『都合のいい手駒を牛耳る』戦略は、そのように表現すれば人格者と誤認されるわけですね? さすがは銀華さん」
さらなるメールを作成する。
『「しあわせ恋愛革命」のプレイヤーのみなさんは、セーブ機能なし突発ゲームオーバーありの肉体で膨大なターンを消費してあなたを操作し、意識を寄せてくださっていたのです』
「灼熱地獄の悪魔へ油を注いでいるのに……この充実感はなんでしょう?」
『ヒロイン役だったあなたが、プレイヤーのみなさんがいるこの世界を恐れるなど、恥を知りなさい!』
白実は笑顔を震わせながら送信ボタンを押す。
(私もまだ『悪役令嬢』へ寄せられた意志にとらわれているのでしょうか?)
翌朝、墨花は早くもモブ女子ABCと和解して談笑をはじめていた。
そして単独でおもむろに白実、茶子、桃代、王子トリオ、緑沢の会話へ接近する。
白実は気配を感じて息をのみ、冷や汗をかき、かすかに笑う。
「昨日はもうしわけありません。緑沢さんに親切にしていただけることは嬉しかったのに、なぜかそれが急に怖くなってしまって……」
「ま、まあオレ、こんな目つきだし……」
緑沢はごまかすが、姿勢をただしてほほえむ墨花のまっすぐな視線に圧倒されていた。
(重く思われない短さの『内情吐露(サイコ・スプラッシャー)』でありながら、実質威力は『真剣告白(マーダー・マーキング)』の直接ヒット! 謝罪と被害報告という表面形式で周囲の反感をねじふせつつ、その両方へ強烈なアピール!)
ここまでの黒美の分析、およそ一秒。
(さらに無言の間で、言葉の内向性とは裏腹な『惑乱凝視(マインド・メデューサ)』集中射撃の威力増大! おそらく次の手はギリギリまで引き伸ばしつつ不意もつけるタイミング……三秒半の今!)
墨花は目を細め、口元でも笑顔を強調。
そのまま小さな会釈だけで立ち去る。
(やはりその発射! そして離脱! 反撃も防御も許さない容赦のなさ! あれが本家ヒロインの『天使微笑(エンジェリック・スマイル)』! それを無意識にこなせる悪夢の支配者こそ光町銀華さん! あなたです!!)
「シロミンなんでガッツポーズ?」
しかも汗だく。桃代の指摘は黒美も当然に思えた。
「え。いえ……墨花さんが元気になったようですから」
茶子まで首をかしげている。
「結局、白実と淵里さんて仲がいいの? 悪いの?」
「同じ時期に同じような入退院をしたので……」
緑沢を流し目でとらえながらほほえむ。
「……ライバルです」




