第17話『近接粘着(トルネード・ドミネート)』
桃代が緑沢の机に食い下がっていた。
「ミドリムシ的にはどうなの? シロミンのこと」
「ミドリムシはやめろって。オレ、ミドリムシほどかわいくねえし」
「目つき似てるのに……じゃあドリザワ」
「まあ……白実はかわいくなってるよな」
(もう少し照れた顔で言えたら完全でしたが、合格点です)
白実は素で苦笑しながら頬を赤らめ、緑沢へ視線をからませる。
「意外と素直にほめるねー? 孤高きどりの無愛想キャラだと思っていたのにねー?」
桃代は赤八に返答をうながしつつ、体をなすりつけて『近接粘着(トルネード・ドミネート)』を駆使していた。
(今は私の援護をしてくださっていますし、それくらいは黙認しましょう……でも触れそうで触れない距離の維持も効果的ですよ?)
「オレと桃代ちゃん以外は同じ中学だろ? つるんでなかったの?」
赤八が聞くと、黄四郎は首をかしげる。
「オレは近所だった茶子ちゃん以外、印象ないや」
「ぼくも二年の途中から転入でしたし、白実さんとも高校から」
青二が苦笑すると、茶子もうなずく。
「よく話していたのは私と白実だけかな? 白実は緑沢くんとたま~に話しても、異性をあきらめている同士で気楽ってくらいに見えたけどね」
(せっかくの過去フラグをなぜそんなプラスかどうかわかりにくい表現で!?)
「オレだって別にあきらめてねーし……」
つぶやいた緑沢の背からモブ女子ABCがわきでる。
「だよねー?」「ねー?」「やっぱりー?」
「淵里さんにけっこう攻めこんでいたし」
「淵里ちゃんもカラオケそっちのけでドリリンとデート状態でまいったよ」
「墨花ちゃんと本当になにもなかったの? 最近すごい仲いいし」
三人のめまぐるしい連携攻勢に黒美は内心『モブ敵ながら賞賛に値します』と乾いた拍手を送っていた。
「いや、墨花が歌えないからネタ歌詞を探していただけだし……」
(いつから名前で呼ぶようになったのですか?)
「ていうか置き去りはマジでやめてやれよ。あいつまだ学校との往復以外は怖いらしいし」
しかしモブ女子ABCは音声弾幕を張り続ける。
「いつも墨花ちゃんといっしょの緑沢さんがいましたから」
「淵里ちゃん、ドリリンとなら長く話すし。お菓子とか食わされているし」
「あ、淵里さん、緑沢くんがすごい心配してくれているよ~」
しかし教室に入ってきた墨花は不機嫌そうに緑沢をにらむ。
「思い上がるのもほどほどになさってくださいね?」
(また私の真似ですか? それもかなりの完成度になりました)
ゲーム内における銀華への定型あいさつ文だった。
教室内でおもむろに手にするのが携帯電話ではなくグランドピアノなら完全になる。
モブ女子ABCは緊急撤退し、墨花につきまとって本尊の気分を晴らすために呪文詠唱をはじめるが、無視されていた。
(やればできるではありませんか……ではなくて、銀華さんも紫鶴さんからは余命の話を聞いたのでしょうか? それでも謎の行動選択ですが)
「どうしてあのような態度を……?」
思わず白実がつぶやくと、赤八は苦笑して肩をすくめる。
「そりゃ、あれだけたかられちゃ、さすがにうっとうしいだろ?」
緑沢も呆れ半分の心配顔でうなずいた。
午後の体育授業は女子が先に終わり、白実と桃代が教室へ帰ると、異様な視線に囲まれる。
モブ女子ABCを中心に、魔女裁判のような雰囲気だった。
「ねえ、天館さんは緑沢くんをどうするつもりなの?」
(私もわからないで困っているところですが、モブAのあなたごときに説明する理由が見当たりません……しかし……)
モブ女子ABC以外の表情も厳しい。
「あの、なんのことでしょう?」
白実はおびえてとまどう被害者ぶって同情を誘った。
しかしモブ女子ABCは執拗に弾幕をはってくる。
「後遺症とか、どこまで本当なの? 都合よく使いすぎじゃない? 黄四郎くんにぶつかったのもわざとらしかったよ?」
「緑沢くんにはダブルレッグタックルからのマウントポジションで縦四方固めへ移行しそうだったし」
「赤八くんにもつきまとって、なんで桃代さんの前であんなことできるの?」
桃代はわりこんで笑った。
「別にいいじゃん。あたしだってシロミンをダシにタコハチと話していたし」
桃代はざわつく女子生徒たちをかきわけ、休み時間の定位置である白実の机へ腰かける。
「あたしは素顔じゃたいしたことないから化粧を盛って、ガンガンすり寄って、それでも足りないから……白実も利用して赤八を誘惑しているの」
言いきって周囲を沈黙させると、桃代は苦笑してうなずく。
「好きな男子の気をひくのに、手段なんか選んでいられない。あたしはそういう女子のほうが好き」
モブたちが戦意をにぶらせ、視線の方向に迷いだす。
白実は気配の変化を感じつつ、桃代の堂々とした笑顔だけを見ていた。
(私は桃代さんの性能を見誤っていました。もしあなたが男性でしたら、有望な攻略キャラだったかもしれません)
すでに前の席に座っていた茶子が無表情にうなずく。
「桃代ちゃんも、たまにはいいこと言うねー」
「たまには余計だよ~。でもチャチャコだってそう思うでしょ? 本音だと」
「本音だとそういう疲れる努力はパス」
茶子の平坦な口調がモブの戦意を根こそぎ奪う。
(わ、私は茶子さんの性能も見誤っていました。もしあなたが攻略キャラでしたら、緑沢さん以上に苦しめられていたでしょう)
白実は墨花が無表情にうつむいている姿に気がつく。
ほかのモブたちがうやむやに解散しようとうごめく中、かろうじてモブ女子ABCだけはまだ魔女裁判の陣形を保とうとしていた。
「淵里さんはなんでいつも、天館さんの顔色を気にしているの?」
「淵里ちゃんがおちつきなく周りを見るのって、ドリリ……緑沢くんといる時が多いよね?」
「墨花ちゃんが緑沢くんを不自然に避けるのは、天館さんが手段を選ばないことに関係あるの?」
墨花はうつむいたまま沈黙し、気まずい空気の中へなにも知らない男子たちが帰ってくる。
モブ女子ABCが撤退しかけた時、墨花が立ち上がった。
席についた緑沢の前へ向かい、険しい顔で見下ろす。
「恩着せがましくするのはやめていただけます? こんなもの、何倍にでもお返しいたします!」
緑沢の顔へたたきつける……ポテトチップス五袋。
赤八は立ち去る墨花の背を見ながら、とまどい顔で小声を出す。
「おいドリリン、オレはどこまでネタと思えばいいんだ?」
「わかんね」
緑沢は眉をしかめて一袋ずつ配り、黄四郎は開いて食べはじめる。
白実は授業中に受信メールの一覧を開き、無視し続けた『地獄の使者』フォルダを開いた。
『わかってもらえません』
『なぜかよぶのですどこにでも』
『かえってしんぱいされましたどうしたら』
『とにかくほうこくだけは』
数十件のほとんどが泣きごとだった。
呆れ顔でざっと読み終え、ふと読み返し、だんだんと真顔になる。
白実は放課後、帰宅するふりをして墨花の家へ向かった。
呼び鈴を何度か押したあと、メールを送信する。
『一分以内にガラスを砕いてお邪魔します』
ハンカチを巻き終えてかまえた拳へ墨花がすがりついて止めた。
「な、なんのご用でしょうか……?」
そのまま白実の背を押し、追い返そうとする。
「わ、私と会う姿を見られてはいけません。メールにしましょう。ここは早くお引き取りを……」
白実はふり返って腕を払い、墨鼻の胸ぐらをつかみ上げた。
「顔を拝見しながらお聞きする必要がありましたので」
墨花の泣きはらした目を確認する。




