第10話『釈明乱舞(ディスターバンス・ダンス)』
翌日から白実はなるべく、緑沢を見ないようにした。
(王子トリオと桃代さんさえ支配しておけば、人望は自然と私に集まり、評価も上がり続けます。緑沢さんへの対処はもっと軍備を整えてから……)
「黄四郎さんの練習試合は来週でしたよね?」
「いや、いいよもう、気をつかわないで」
「え……?」
黄四郎はいつもの能天気な笑顔。
「私の体調でしたらもう……」
「そうじゃなくて。前に見に来た時、あまり楽しくなさそうだったし。そういうのけっこう、みんなにも伝わっちゃうんだ」
「あんな汗くさいとこ行くことねえって。それより……」
赤八が笑って流し、別の話題へ移る。
(緑沢さんにターンを使いすぎ、黄四郎さんへの支配力が弱まっている?)
青二にはすでに、昨夜の内にメールを作成していた。
「白実さん、昼は部室に寄れそうですか?」
「はい。作品を読んでいただけたのですか?」
自作の短編小説を送信したが、『作品いただきました。拝読します』以降の返信はない。
「うん……」
いつものおとなしい笑顔が、少し曇る。
部室でふたりきりになると、青二は携帯端末を開いてうつむく。
真顔だった。
「読ませていただきましたが、これは少し……」
「もうしわけありません。恥ずかしいです。私みたいなシロウトの作品なんか……」
ネットで検索した小説をつぎはぎして三十分で作った。
有名作品は避けつつ、安定した高評価のある作品を集め、わかりやすい一作品の構成を元に設定や展開などを少しずつ別の作品に変え、文体も別の一作品で整える。
あとは固有名詞を別のモチーフで統一すれば、たとえ参考作品を列記してもオリジナルと言いはれる。
「いえ、はじめて書いたとは思えない文章技術です。ただ……白実さんの日常会話そのものというか……」
(ファンタジー作品なので、教室での話題など一切なかったはずですが?)
「みんなに好かれそうなのに、作者の意志はわからない……まるで元から存在しないかのように、魂が感じられません」
天館白実の肉体に潜む影城黒美が驚く。
(なぜ文字情報からそのような分析が可能なのでしょう? 意志……魂……もしや文芸には霊能力との関わりが? 影城黒美の人格の元になった多くの意志も、ゲームプログラムという情報媒体に集まったもの……)
「失礼ながら『すばらしいと思われそうなもの』を器用につぎはぎしているだけの印象を受けました」
(これまでにも『感覚のずれ』や『感性の欠落』には苦しんできましたが、人間ではない私には、小説の作成能力にも重大な欠陥が?)
「幽霊部員でも文芸部に所属しているなら、少しは創作に興味があると思っていたのですが……無理に勧めてしまったようです」
青二は苦笑いであやまるが、その表情には落胆も濃い。
(ポイント稼ぎのつもりが、大きな失点に?)
「青二さんは書きなぐりでも魂はこもると……努力は(三十分だけ)したつもりでしたが、私はまず書きなぐりから学ぶ必要があるようです」
「い、いえ、ぼくの言いかたにも問題が……ただもっと、白実さん自身が楽しいと思えることを書いてもらえたら……」
(楽しい……? 今はそれがわからなくなっているのに)
教室にもどると、桃代が小さな紙になにかを書きなぐっていた。
青二に気がつくと何枚かをまとめて渡す。
「ポップなんだけど、あたし、漢字とかダメダメだからさ~」
「ああ、赤八くんのコンビニの……誤字とかは特にありませんよ? ……あとこれ、白実さんの参考になりませんか?」
『やきそば ひなびたウマさ んめーんめー』
(なぜ宣伝に『ひなびた』などとマイナスの印象を? 『ウマさ』『んめー』と具体性のない味覚の表現を重ねては、商品の独自性も伝わりません)
「……やはり文芸の深さはまだ私には……」
(あるいは青二さんの感性に異常な偏向があるのかもしれません)
会話に関してはバランス感覚の優れた赤八に助けを求め、斜め後ろの席を見る。
またも寝ていた。
「赤八さん、もうすぐ授業ですよ?」
優しく肩をゆする。
「ちょっ、シロミン、だから赤八は……」
桃代が止めかけた時、白実は手をはねのけられていた。
「勘弁しろよお!?」
いつもヘラヘラしている赤八の怒り顔をはじめて見る。
「あ……ごめん白実ちゃん! ちょっと寝不足で!」
赤八はすぐに頭をさげる。
「いえ、もうしわけありません。余計なことを……」
(赤八さんの支配まで弱まっている? いえ、ゲーム外では肉体変化による精神への影響が大きいようですから、本当に睡眠不足で……)
「ん? 桃代ちゃん、それって店のポップ? へえ……」
(え。赤八さんはなぜ『釈明乱舞(ディスターバンス・ダンス)』へ移行しないのですか? そして私が『聖人許容(ヒポクラシー・エクスキューション)』で上下関係を正す攻略の様式美は?)
「こんな売り文句があったか。あのやきそば、具がほとんどなくて味もどうしようもない安っぽさだけど、ときどき妙に食いたくなる……って感じがでてるかも?」
赤八が意外な評価をくだし、青二もうなずいていた。
「買いたくなりますよね。商品への愛が伝わる、優れたキャッチコピーです」
「マジで!? やった! あたし、さらに本気だす!」
三人はすでに、白実の表情など気にもしないで盛り上がっている。
(桃代さんごときが会話の中心に……やはり支配力が弱まっているようです)
自身が大きなミスを重ねたつもりはなく、そっと害悪の象徴をさぐった。
(銀華さんに発生したサイドウェポンの影響でしょうか? いえ、まだそこまでの動きは……)
モブ女子ABCは淵里墨花に話しかけていたが、墨花はボソリと返すだけで、すぐに教科書へ顔を隠す。
(緑沢さんは昨日に引き続き、顔をそむけ……え? 墨花さんを見ている!?)
墨花が教科書からそっと顔を上げると、緑沢が急に白実へ振り向く。
昨日の保健室以来、はじめて白実と目が合ったあと、たがいに目をそらしてうつむいてしまった。
(やはり墨花さんを見ていた……おのれ銀華さん!? やはり罠でしたか!? ……だとしても、今はまず地盤から回復を……でもどうやって?)
会話をうまく操作できないまま、放課後になってしまう。
(今日はおとなしく帰宅し、緊張感のない状態で戦略を練りなおしましょう)
「白実さん!」
ひとりで校門を出たところで、青二が走って追ってきた。
「すみません。記憶がもどっても、実感がともなわない……昔見た作品の感動とかがわからない症状もあるとか」
(そういえば、医師もそのような可能性は言っていたような……これは好都合!)
「実はまだ、感性や感情に違和感があるような……」
「あの作品のいびつさそのものが白実さんの『努力』だったのに、ぼくはそれを『浅い器用さ』と読みとってしまった……優しさの足りない読書眼でした」
(そう、あなたごときのために、この私が三十分も浪費したのです。しかし……)
「創作技術を磨くと、記憶と実感のずれまで作品から読みとれるようになるのですか?」
青二は困ったように顔を赤らめる。
「いえ、淵里さんが事故でそういう症状だそうで……白実さんにも同じ症状があるかもしれないと、教えてくれたんです」
(銀華さんは、そんなことまでしてくださったのですか?)
黒美は銀華の利用手口については、再検討したほうがいい気もしてきた。
青二の顔がさらに真っ赤になる。
「淵里さんは話してみると……神秘的な魅力のあるかたですね?」
(銀華さんは、なんてことまでしてくださったのですか!?)
黒美は銀華の処刑手段については、急準備したほうがいい気もしてきた。




