第1話『輪廻転生(リインカーネイション)』
影城黒美はゲームの悪役令嬢だった。
ヒロイン役の光町銀華を妨害し、攻略対象の王子様役である金獅郎や紅矢や蒼司との仲を盛り上げ、引き立て、悲惨な最期を迎える。
そうなったあとで『前にも同じことがあった』と感じる。
そして新たな物語がはじまる。
くり返す内に『前にも同じことがあった』自覚は強まる。
銀華が嫌いだから。
金獅郎や紅矢や蒼司が好きだから。
疑問はない。
ないはずだった。
「でも君はもう、ゲームのプログラムではない」
聞きなれない声と、かつてない感覚。
「プログラム……? ああ、そうだったのですか……」
黒美が目を開けると、枕元の携帯端末には『しあわせ恋愛革命』という学園恋愛シミュレーション、いわゆる乙女ゲームのタイトル画面。
校舎を背景に大きく描かれた銀華、金獅郎、紅矢、蒼司たちの優しい笑顔……片隅で意地悪そうに笑う自分の顔。
美形ではあるが、大人びてきつそうな顔で、威圧的に派手な格好だった。
「このゲームには特別な条件が重なって、多くの思いが集まり、君は自分の人格を持つようになった」
黒美に話しかけている女性は若いが、かっちりしたスーツ姿で、顔は疲れてよどんでいる。
「あらかじめあやまっておくよ。わたしは君を勝手に分離し、調査の実験体にした」
差し出された名刺には『紫鶴』という名前と携帯メールのアドレスがあった。
黒美が周囲を見渡すと、病院の個室とわかる。
真夜中だが、照明は一切ついてない。
外の電灯の薄明かりだけ。
「その肉体の記憶は残っていると思うけど、いろいろ慣れておく必要がある。何日かは意識がないふりをしたほうがいい」
影城黒美の今の肉体が記憶していた名前はすぐにわかった。
『天館白実』
天館白実の家族や過去も、黒美が意識すれば思い出せる。
ゲーム内には存在しなかった、日常生活に必須の知識も多い。
使いこなしを誤れば死を選ぶしかないであろう『トイレ』の存在には戦慄をおぼえる。
しかし最も気になる疑問の答がない。
「なぜ天館白実は病院に?」
「わたしは長居できないから、受信メールを見てほしい」
紫鶴が立ち去ろうとする。
「待って……私はゲームに宿ったオバケのようなもので、紫鶴さんは霊能力者? ……いえ、どんな組織が関わっているかなど、決してさぐりませんが」
「……君は頭がいいね」
「あとは天館白実のふりをして、善良な市民として人に迷惑をかけなければ……」
「そうしてくれるなら、わたしはなるべく君の自由に任せるだろうね」
紫鶴がドアを閉めると、黒美はケータイに飛びつく。
最新の受信メールの件名は『天才ぷりてぃ霊能力者シズリンリンの開運ビイイイイム! キタアアアア!! 今ならアナタだけ半額! かも!? 読まないと死ぬ! 必ず!!』とある。
開くと同じ調子の勧誘文句の下に『奇跡体験をしたA・Sさんの証言!』と続いていた。
『わたしは事故で昏睡状態となり、もう二度と意識はもどらないと医師に断言されましたが……』
天館白実の事故前後の状況、今後の助言などが間接的に書かれていた。
黒美は紫鶴の助言どおり、数日は意識のないふりを続ける。
記憶を引っぱり出して一般常識と白実の過去を学習し、ケータイを検索して補う。
自分を平凡と思いこみ、外見に無頓着だった過去。
どんくさいが、お人よしと思われている人間関係。
メールの助言どおり『まだ記憶がもどりきらない』『いろんな感覚に違和感がある』ふりをしながら両親の前で目を覚ます。
念入りなリハビリを重ね……退院。
初登校の朝。
ブレザー姿を鏡に映し、何度もリボンを整える。
磨いていなかっただけで、かなりの素材だった肉体。
「なにより幼く優しげに見える……愛され顔! 邪悪なほほえみ! ……ち、ちがう!? まだ表情の訓練がたりない!?」
失態を手に隠して数秒。
顔を上げると、愛くるしい天使の偽装が完成していた。
通学路を勇んで歩く。
見かけた桜の木は花弁もまだわずかに残してくれていた。
その先に校舎も見えると黒美は……影城黒美の意識を宿した天館白実の肉体は涙ぐむ。
「これはゲームではない物語……私は自分の結末を、自分で選んでいい……」
自身の再誕に歓喜した。
「私の逆ハーレムを作れるのです!」