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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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3

 股間を蹴り飛ばされて、悶絶している原田を横目に見た暙桜はそれまで突っ立ったままにやにやしていた武田に視線を移した。

 視線を向けられた武田はさすがに言葉を失った。一直線すぎる攻撃かと思いきや、一方変わって男の急所を躊躇いもせずに攻撃してくるとは。


「貴方はどうする?」


 武田に感づかれないように片足を引きずりながら、身体ごとそちらを向いた暙桜はその氷刃の輝きをもって彼に突き刺さる。


「そりゃもちろん」


 屯所までご案内さ。

 そう続けた武田は暙桜の視界に入らずに彼女の懐まで飛び込んできた。瞬間的に体を引いた少女はしかし、自分より大柄の男の攻撃を鳩尾にまともにくらって咳き込んだ。意識を飛ばすほど深くは入らなかった。

 口許に手を当てて、鈍い咳をしている。一度口許から手を離した暙桜はその手を見て一瞬だけ目を瞠り、すぐに自嘲気味の笑みをこぼした。その変化は本当に些細で、目の前にいた武田でさえ、気づかなかった。

 暙桜はその手を握りこみ、武田の腰に佩いてある刀をついと指差した。脇差と太刀を指差した。


「それで……―――」

「……?」


 訝しむような視線を自分の腰に向けた武田は、しかし次の瞬間いまだかつて誰もできなかった彼の驚愕の顔を暙桜が作り出した。


「……それで、わたしを殺してくれる………?」


 悲壮な祈りにも似たような暙桜の瞳には諦めのような光が宿っている。

 武田はその瞳を見てどこか哀しげに目を細めたが、すばやく暙桜の後ろに回りこみ、彼女が反応する前に首筋を軽く叩く。

 振り向きかけていた少女が、そのまま瞼を下ろし、力なく倒れそうになるのを受け止め、横抱きにして持ち上げた武田は、いまだ痛みで悶絶している原田を一度蹴った。


「おい、行くぞ」

「…っ、てめぇには、労わるって言葉がねぇのかっ」

「貴様にあるか。ほら、立て」


 まるで飼い犬や猫に命令しているような口調で武田は原田に話しかける。否、話しかけるというより一方的にさせている。


「…いてぇ……」


 まだ痛むのか、原田は顔をゆがめたままゆっくりと立ち上がる。


「油断している貴様が悪い」


 ずばりと言い切った武田は腕の中にいる少女に視線を移した。

 最初の浪人、否、『失敗した』隊士に襲われているときは恐怖一色の顔色だったくせに、自分達にはどうだ。同じ表情を向けると思いきや、空虚な瞳を向けたあとは、あろうことか攻撃を仕掛けてきた。しかも、あの原田を、奴自身が油断していたとはいえ、いともあっさりと倒すとは。

 感嘆を心のうちに留めながら武田はゆっくりと振り返る。

 そこには先ほど彼らが止めを刺した『失敗した』隊士たちが転がっている。彼は面倒くさそうに眉を顰めてから思い立ったように原田に視線を向けた。


「原田、あいつらどうにかしとけ」

「は!? 俺? やだよ、めんどくさい」

「羽織を脱がすだけだ。他は会津藩がやるだろう」

「ああ…。まあそれぐらいだったら……」


 原田が了承したのを見た武田はさらに畳み掛けるように付け足した。


「ついでに太刀と脇差を使えなくしておけ。持って帰ってもいい。会津藩ならいいだろうが、他にいくと少し厄介だ」


 納得しない風情で転がっている死体に近づいた原田はまず羽織を脱がせ、帯にぶら下がるようについている脇差と太刀を抜き取った。

 原田自身の腰には脇差が一本だった。彼は元来あまり刀を使わない。だから彼は任務時、常に槍を携帯している。

 原田が帰ってくるのを待たず、武田は歩みだした。面倒ごとはぜんぶ彼に任せて、自分はさっさと帰るつもりだ。

 突然腕の中の少女が咳をした。しかしそれはすぐに収まったが、苦しそうな呼吸が腕の中で続けられている。


「っ……ぁ……ぅ…」


 仰け反った喉元が白く浮き出される。弱弱しい力で服を掴んでくるものの、力が入らないままのその腕は、すぐに力なく落ちる。荒い息を繰り返したまま、彼女はまだ、瞼を上げない。目元に澱んでいる疲労の色に、胸がつきりと痛んだ。

 武田が意識を飛ばしたのだが、このときばかりはなぜか、罪悪感が芽生えた。今まで、ただの一度も人を殺めても、斬っても、罪の意識など感じたことなど、ない。

 けれど、今のうめきにはなぜかそれを感じてしまった。不思議だ。


「どうかしたのか?」


 いつの間についてきていたのか、羽織と刀を持った原田が隣まで近づいていた。少女に気を取られていて気づかなかったのか、それとも自分の意識が少女に向きすぎていたのか。

 しかし武田は頭を振った。そんなこと、詮無いことだ。どうせ、彼女は屯所へ連れていったってそこまでの寿命が延びるだけ。あそこへ着いたら鬼副長が待っているのだ。いくら局長があの調子だといえど、副長のあの人のほうがどう考えたって意思を貫く力は強い。……わかっている、ことなのに。

 胸の奥が再びつきりと痛んだ。


「武田、行くぞ」


 なぜか先を歩いている原田に無性に腹が立って、八つ当たり気味に口を開いた。


「うるせぇよ」


 たった一言なのに、原田は短気でいつもなら喧嘩を吹っかけてくるのに――。


「そうかよ…」


 違った。

 なんだ。どうして、俺たちは、こんなにおかしいんだよ。

 その問いに対する答えは、この胸の中にはまだ、出てこない。


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