ビームで大体解決する
「お待ちしておりました。握手会の準備は整っておりますよ」
「え」
「え」
ブックストア『TOBEYA』の裏手に回って従業員用の勝手口のインターフォンを押し、挨拶をしようとしたらエプロン姿の中年店主が訳知り顔で出迎えた。俺が戸惑いながら事情を尋ねると数日前に『幸魔道』の水原女史から電話があり、商品PRもかねてシルバーバレットがサイン会を行うことが決まっていたらしい。
どうにもギン係長の行動は筒抜けで先読みされていたらしい。
もしやと思いながらビジネスバッグから営業から受け取った箱を取り出すと手紙と五千円札が入っていた。
拝啓
新木さんへ。この手紙を貴方が見ている頃には私は受付をしながら今日の晩御飯の献立について考えているでしょう。美容の維持というものは毎日ジグソーパズルをするようなものです。その厳しさは食生活という形で現れ、脂っこいものや糖質が多いものはあまり口にできません。しかし、私はポテチが好きなのです。このような背徳に多弁を弄するのは本意ではありませんがピザポテトという魔性について語るときがきました。今もこうしてボールペンを持つ手が震えています。あのカリカリと濃厚なチーズの味わいが舌に絡みついたときの淫靡さを思うと恐怖が足先から肩にかけて襲ってくるのです。そもそも、ピザポテトとは一体なんなのでしょうか。始まりは千九百九十年まで遡らなければなりません。当初はピザの風味つけて薄切りにした代物であり、名称もイタリアンピザやピザチップスと呼ばれていたものでした。混迷期といえます。そうした混沌の二年を経てピザポテトという闇と誘惑の王子は誕生しました。そう、漆黒に装飾されたあのパッケージに変身を遂げたのです。鮮烈なデビューを飾り、罪もない庶民を恐るべき味の力をもってして中毒者に次々に変えました。更なる支配をもくろみ、研究開発を怠らないカルビーは凄まじい錬金術を開発しました。そう、ご存知の通りメルトフレーク製法です。チーズの薄片をポテチにくっつけるという身の毛もよだつ秘儀です。これはポテトチップ業界を揺るがす革命になりました。ピザ好きとチップス好きにとって舌に直接チーズが当たるというのは望外の喜びでした。強烈な芳醇さと濃厚さに脳髄は焼かれ、身はくねり、とりこになるのも必然というものでしょう。ここまで話せば聡明な新木さんならばお分かりになるかと思いますが、同封した五千円の処遇についてです。告白すると私は一人の乙女として自らハイカロリーのピザポテトを購入するには些か抵抗があります。コンビニに通いつめることで『ピザホテっ娘』などという不名誉なあだ名をつけられてしまう危険もあります。何よりも恐ろしいのは体重の増加であり、私にとってピザポテトは禁忌の食物なのです。しかし、それでも、後輩の好意で尽してくれたのなら私も渋りながらも受け取れらざるを得ません。望んではいなくても受け取らなければならないのです。仕事中にエスケープという罪をぬぐうためにはなんらかの“力”が必要になるかもしれませんが、選択は新木さん次第です。
敬具
「デブ」
「おおっ」
脇から手紙を覗き込んでいたギン係長が二文字で水原さんの繊細な乙女心を切り裂いた。五千円をひったくるように手に取り、スカートのポケットにしまいこむ。俺が唖然としてるとギン係長は手の平をかざし、炎の魔法で手紙に火を点けた。「アッチ」と悲鳴を上げた俺は便箋から手を放して飛び上がる。アスファルトで炭化してゆく乙女の願望。
「あのぉー。握手会は?」
「やるわ」
あ、やるんだ。
「あたしに後退はないわ。来たやつ全員の手首をへし折ってやるわ」
「いや、戦いに来たわけじゃないんで普通に握手すればいいんじゃないかと」
承諾を受けて店長は両手を合わせて喜び、開始の時刻が迫っていることと宣伝は済んでしまっていることを告げてきた。最初から断る余地はなさそうだ。PRする商品は写真集と特典フィギュアらしい。
何やら待機していたメイクスタッフがギン係長を連れていく。放置される形になった俺は先に店内を見て回ることにした。
出入り口を分かれ目にして左側にレンタルDVDや音楽CDなどのオーディオ商品を並べたフロアが設置され、右側に書籍や雑誌等が陳列したコーナー。階段をのぼった先にホビー商品が展示されており、ギン係長のために用意されたブースがある。
案内標識は天井からぶら下がり、入り口を足を踏み入れればすぐ理解できる。
二階に足を運び、衝立で囲いを作った対面式の握手会場を眺めていると施設スタッフが四角形の大型照明ライトを持って来た。もしかしたら撮影もあるのかもしれない。
と。
「え、ソーラーパネルですか?」
電極やレンズが見えず、青いモジュールが見えたので思わず口に出してしまった。帽子を被った兄ちゃんは振り返る。俺がスーツを着ていることから関係者だと理解したのか、驚いた顔をしながらも空いている手を振る。
「あ……いえ、これ最新鋭の放射装置でして。ほら」
ボタンが押される。ぴかっとモジュールの部分――ライトの部分に該当する場所が光る。
不審に思ってライトに手を伸ばす。ソーラーパネルにしては奥行がありすぎる。見たこともないセルだ。遠目だと青いが全体的に妙に白みがかかっいて無数に経口まである。本当にシリコンで構成されているのだろうか。太陽光を集めるための器具を室内に設置するわけもないんだが。
「あの……」
「ああ、すいません。お邪魔しました」
照明を兄ちゃんの手に戻した。等身大のギン係長の立て看板の横に設置される。看板では片目を閉じて二本指を突き出している投げキッスのポーズをとっている。ご丁寧にハートマークまであしらわれていた。
腕時計で時刻を確認すると握手客と思われる連中が店の中をたむろし始めた。年齢層は十代から二十代の男が中心。他には親子連れがちらほらと。ピックアップされて棚に並べられている商品を見るふりをしながら時間が訪れるのを心待ちにしているようだった。
ガラスの向こうに見える駐車場は既に満台になり、店内は騒がさは増し、群衆が大挙して押し寄せてきている。心なしか室内の温度が上がっている気がした。暖房ではなく人の集まる熱気のためか。
どこからか歓声が聞こえた。スタッフルームと書かれたドアから魔法少女の恰好となったギン係長が現れ、普段の仏頂面はどこへやら、はつらつとした笑顔をたたえて元気よくぶんぶん手を振っていた。商売用のフル・スマイルと露出したファンシードレスが決まれば可愛らしさがぐんと上がる。そつないことに二階にのぼるまでの道中に何人かと握手したり声を掛け合ったりしていた。
アイドルみたいだな――アイドルなのか?
怪人を倒すテレビ放送はニュース・ショーの一種となってしまっている。事件性よりも大衆の興味を惹くための娯楽放送。知名度は高く、人々の歓心を買うことには成功している。
怪人を裁く改善懲悪は簡単でわかりやすい。見物でもあるのだろう。
ギン係長は奇妙な義務感といった雑な理由で怪人と対峙しているといっていたが、あれはそのままに受け止めていいのか。もしかすれば『幸魔道』のプロデュース方法の一つかもしれない。
彼女は他に活動をしていない分、神秘性は底上げされてもいる。うまい戦略ではある。だとすれば被膜のように薄い正義の旗の裏にある悲しい商法だ。
思慮にふけりつつ、俺は脇に退いて様相を眺めることにしたら『TOBEYA』の店長が話しかけてきた。
「興奮しますね」
何に? とは俺は問えなかった。四十をとうに越えたおっさんが女子中学生の何に興奮するのかは怖くて俺には問えなかった。生足を尋常ならざる目つきで凝視し、口から溢れ出たツバをぬぐっている彼にかける言葉は難しい。
「我々は紳士です。宝石に触って指紋をつけるような真似はできない……そうですよね新木さん」
いつの間にか俺も仲間になっていた。でも、うまく否定できなかった。俺は顔をそむけず手を差し出してしまった。がっちり握手。なぜ握手したのか、それは空の彼方に答えがある。
スタッフが人の流れを制御し、縦列にする。一人頭一分弱の握手会が始まった。握手をしたらデジタルカメラで記念撮影をする。すぐさまプリンターに出力されて写真が手渡される。
三十分ほど所在無くしていたが、ギン係長の人気ぶりは大したものだった。いつまで猫を被り続けてられるか心配したが、隙間から見える彼女には疲れた様子はない。
が。
「ん。変わった人がいますね新木さん」
俺の横で写真集の販促のための看板を持っていた店長が並んだ握手客の一人に視線を注いだ。なぜか頭部まですっぽり包んだ露出の一切ない全身ローブの魔術師のような怪しげな人物だ。当然、人目を引く。順番に並んでいるので今のところ不審な動きはないのだが。
「出しますか?」
「このご時世、後々面倒なことになる場合もありますのでこのスマートフォンで写真撮ってください。俺が声かけしてきますよ」
歩み寄って声をかける。
「すいません」
「はい。なんでしょう」
「真に申し訳ありませんが店内のお客様から苦情がありまして……何やら不審な風体の人物がいるとのことで、当店と致しましても他のお客様のご迷惑になる行為はご遠慮させて頂いている次第でございます」
苦情が来るのは時間の問題でもあったので、方便を用いた。後ろの店長の顔を窺うと、彼も頷いた。
「え……僕が……そ、そうなんですか」
意外にも普通の青年の声だった。話しは通じそうだ。
「はい。お客様の恰好が現在のところ問題となっておりますので真にご足労ではありますが、日を改めるか、どちらかで着替えて頂いた後、当店にいらっしゃってくださいませんか」
「困ったな……じゃあこれ脱ぎます」
ぱさり、とローブが頭から足元まで落ちていく。俺は青年の正体に目を見張った。
現れたのは――魚類だった。
いや、適切には魚類というか缶詰だ。縦軸の円柱型のスチール缶。描かれているのは満月の光を受けた魚が白波が舞う荒海で飛び跳ねているデザイン。
でかい缶詰に取ってつけたような手足がにょきって生えている。頭部と胴体の代わりが缶という荒唐無稽な形貌。
「僕は怪人ツナカーン。シルバーバレットと戦うためにきました。あっ、でも戦う前に握手とかしてもらいたいんですけど」
「ギン係長ー!」
大声で俺が呼ぶとギン係長はタッタッタと駆け寄ってきた。怪人ツナカーンを見て「これはないわ」と呟いた。俺もないと思うけどいっちゃいけないことだ。
人垣が円を作って割れる。関わり合いになることを恐れたのか。バトルの空気を感じ取ったのか。恐らくは両方の理由。
「シルバーバレット。これを見てくれ」
怪人ツナカーンは握手券をかかげた。店長から聞いた話だが、子供用魚肉ソーセージの付録として手に入るらしい。怪人ツナカーンとは魚繋がりなのだろうか。
ギン係長は恐る恐る近づき、握手券を受け取って握手した。数秒後に肩を組み合い、スタッフが正面に回って写真撮影をした。緊迫した空気の中で二人は何をしてるんだろうか。
コトが終わると怪人ツナカーンは受け取った写真の出来栄えをチェックし、腕と缶の隙間にしまった。着ぐるみかよ。
「シルバーバレット。貴女にいっておくことがある」
「何よ」
「結婚してください」
「ごめんなさい」
「ぐはっ」
怪人ツナカーンは身を震わせてよろめき、すぐに崩れ落ちて膝をついた。表情がないのでわかりにくいが苦しげに息を吐き、ぶるぶると缶が揺れる。魚のパッケージの目玉部分から涙を流している。芸が細かいな。
「確かに僕たちは敵と味方。光と影。白と黒。決して交わらない運命。戦いの中でしか交差できない」
「いや、そういうのじゃなくて加工食品は無理」
「わかるよ君の悲しみが。心の痛みが。魂の慟哭が。だけど、僕はマグロとして止まることができない。止まったら呼吸できないんだ」
「あんたの主成分はカツオってラベルに書いてあるんだけど」
「行くよシルバーバレット! タイ産のツナ缶として生まれた僕のムエタイを見せてやる!」
「日本人が全員空手家じゃないように、あっちの人も別に全員ムエタイの使い手じゃないからね」
豪風のごとき瞬発力のある横蹴りが怪人ツナ缶から繰り出される。
ギン係長は冷静に対処した。一撃目はインパクトした瞬間に腕で受け流す。だが勢いは維持されたまま追撃の後回し飛び蹴り――まさかの旋風脚。ぶおんと交互に襲いゆく。
鈍重そうな見かけとは裏腹に軽やかな体裁き――手足の体重移動は恐ろしいほど華麗だった。
ギン係長は姿勢を低くして二撃目もかわす。それがいけなかった。三撃目は垂直に振り下ろされるカカト落とし。防ぎきれない。両手をクロスしてガードした。
「くっ」
当然ながら衝撃と重みを小柄な体躯では支えきれずに倒れる――かと思いきや、蹴りをいなして流れるように体を滑らせた。
怪人ツナカーンの後ろ足をがしりと掴み、そこを軸点にして倒れた態勢で床をカッカッカと蹴りながら回転するコマのような動きで背後に回り、遠心力を含めて無防備な背中に強烈な膝打ちを放った。
しかし無理な態勢だったので弱い――再び距離を取ったギン係長の膝から血がにじんでいた。無茶をしたせいで宙を一回転した後の着地も注意力散漫だ。後方にあったショーガラスの棚にぶつかり、ばらばらと並べられていたゲームソフトが散乱する。
一方、怪人ツナカーンはやはりダメージは薄い。あの缶の胴体は相当強固だ。スチール以上の素材でできているのかもしれない。
「どうだい僕のムエターイは。僕が勝った暁には僕だけのスイートナイトエンジェルフィーバーになってもらうよ」
「なんだかわからないけど、シニターイようね」
頭がフィーバーしている怪人ツナカーンの鼻に付く微笑に対して、ギン係長は極小の声量でだが「ぶっ殺す……」と呟いた。歯を見せるサイコな笑みを浮かべて手の平で拳を包み込み、指をぽきぽきと鳴らした。少し怖い。いつもそうではあるのだが完全に殺る気だ。
ジリッとギン係長の靴がずれる。僅かにだが距離が近づく。必殺の間合いを測っているのだ。
一方で怪人ツナカーンは手足は完全に黄土色のタイツらしきもので包まれているので靴は履いていない。股間がふくらんで強調されたようにパットが入っているように見えるのは演出なのだろうか。ある種、精神攻撃の一種かもしれない。
「奥義」
「ん」
怪人ツナカーンはバッと両手をクロスさせた。不穏な気配にギン係長は静止する。
ぺこんと缶に黒い穴が空いた。魚の口の部分にぽっかりと穴が空き、どういう原理かわからないが、魚体だけがくわっと目を剥き、ぶるぶると力み始めた。
「吐瀉物っぽい謎の緑色光線」
「きゃゅああああああっ!!!」
――怪人ツナカーンは地上波で放送しにくい必殺技を繰り出した。
きっとニュースになるときにはモザイクが入るだろう。先に弁護しておくが、俺はグリーンカレーは大好きだ。だから余計に怪人ツナカーンを出した技は認めにくい。一言で言えばアレだ。まあ、その、想像の通りの物体がギン係長の頭からつま先まで降り注いでしまった。
ああ、ゲロだ。
技名はグリーンなのだが現実に出てきたのは褐色だった。しかも四つん這いになり、苦しげな「おっごげえげええええ」という発声も付け加えられた。十人中九人がゲロだと思うだろう。混入していたのは千切れた繊維――ツナだけだったが、ぶくぶくと泡立った液体とほかほかの湯気が否が応でもそう思わせるリアルさがあった。
そんなモノがギン係長に直撃してしまった。彼女は哀れにも悲鳴を上げながらのけ反り、態勢を崩して階段を転げ落ちた。ごろごろと手すりを支える並列した木柱にガンガンと衝突しながら踊り場で制止した。
それ自体が絹糸のように美しい銀髪がわかめのように広がってうつ伏せのまま倒れてしまった。あまりの惨状にどよめいた観衆も固唾を飲んで見守る。
幸いにも気は失っていないのか全身を震わせながら段差に手をつけ、苦しげに顎を持ち上げ、段上の怪人ツナカーンを見上げた。
「どうだい? 僕のエレガントな奥義は」
「ぜっっったぁい……殺すわ。今までスカートの中を全国放送されたり、変な粘液に絡まれたり、いやらしく縛られたりしてきたけど、ここまでの屈辱は初めてよ」
冷眼が怪人ツナカーンを射抜く。ギン係長はギン係長で大変辛い過去を背負っている。俺としてもそっち方向で酷い目に遭って欲しい。今回のようなマニア層にしか受けないサービスはノーサンキューだ。
はたと気づく――階段に血痕――肘や膝に擦り傷――やってることはコントでも、痛い目に遭っている事実は消えたわけではない。
「ギン係長。すぱっとビームでっ! ビームでやっちまいましょう!」
「ステッキ出すのは嫌よ。使いにくいし」
「そんなこといってる場合ですか!」
怪我を見て俺は焦っていた。いや、画面の中では何回か見たことがある。しかしながら実際に目にしてしまうと得も知れぬ焦燥感が浮かび上がってくる。膝から流れる鮮血は痛々しそうで、突っ立っている自分が急に情けなく感じた。
ギン係長は渋々と、どこか諦めたような表情で手の中にステッキを出現させた。
何度も見直した造形。血管のように幾筋も真紅が走った金色の短杖。極彩色に輝く謎めいた宝石。
正眼に、片手だけで構えた。
「トリステス・ソナーレ」
ぼそりっと、一番近くにいた俺の耳に微かに入るくらいの小声での呪文。杖から顔を背けて標的を見ようともしない。
ゴォッとほとばしる光の奔流が出現した。直線に走ったソレは怪人ツナカーンを一気に飲み込む。可燃性のガスが充満していたところにバーナーで着火させたようなあっという間の瞬殺。断末魔を上げる暇もなく存在は綺麗にかき消されてなくなり、粉みじんになって消えたツナカーンは香ばしい匂いだけを残した。
この場にいる老若男女すべてがパステル色の光に見惚れた。網膜が焼けるような強い輝きなどではなく、柔らかく広がるような不思議な光線だった。
マジカル光線はやや上向きに発射され、見たところ人的被害はなく天井に風穴を空ける程度で留まった。
え、天井に大きな穴……ですか?
「ギン係長。悪は滅びました。帰りましょう」
「そうね。悪は滅びたわ。そしてあたしはビームを撃てという指示に従っただけの子供であって、何も罪はないってことをこの場で宣言するわ」
「ギン係長。上司とは部下の失敗を極力カバーするものですよ」
「あたしの教育方針として、部下には様々な経験をさせた方がいいと思うの。ときには失敗から学ぶこともあるでしょう。というわけで!」
ギン係長は背中に羽根を生やした。光の粒子をまきちらしながら足元が空中に浮く。ふわりとしながらも手を一度だけ振った。
「後始末よろしく」
大穴に向かって彼女は飛翔した。ゆっくりと天井に向かい、大穴を抜けて蒼穹の向こうへ。
――逃げやがった。
俺の肩にぽんと手が置かれる。『TOBETA』の店長はいい笑顔だった。
「新木さん。話し合いましょうか」
「はい。とりあえず、会社に連絡しながらでもいいですか?」
「いいですよ」
俺のサラリーマンとしての闘いが始まった。店の訴える損害と俺の会社が出せる賠償のせめぎ合い。こうした金に関わるえげつない現実はマジカルにはいかない。ただひたすらに苦しく遠く長い道程だ。