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怪人ふわふわん

 入り口から出口まで梁がアーチ状に組まれ、強化プラスチック製の半透明な天板を備えた全天候型のアーケード街に牡丹雪が降っていた。


 春の終わりかけで肌寒さはあるが、やや季節感を外した降雪に思わず目を疑ったが異様の排出源はすぐに見つかった。


 冗談みたいな大きさの綿飴(わたあめ)製造機が道の中央に鎮座している。


 貯水槽かと思うくらいの規模。人がすっぽり入れる桶状の銀盆の中心で芯棒が猛回転し、軸受に流し込まれるザラメがガスヒーターで温められ遠心力によって細かい糸状になっていく。


 造られた棉飴は一定量になると上蓋が開くようで、下部にエアシャワーの空気孔でもあるのか勢いよく飛散し、上空から降り注ぎ、雪のように錯覚したのだ。


「積もってるね」


 まるで雅な雪景色をしんみりと楽しむような口調で原田さんは感想を述べた。


 ひらひらとした一塊を手の平に落とし、舌を出して舐め取った。俺もつられて同じことをしたが、カラメルの風味と甘い砂糖の味が舌先にしみ込んでくる。


 レンガを模したカラフルな敷石には確かに雪みたいに棉飴(わたあめ)が積もっていたが、どうにも風情がないというか雑というかまとまりがなく、適当にスコップで雪かきをして塊をそこらじゅうに放置したようなありさまだ。


 騒動を起こしている犯人は変身済みのギン係長と対峙していた。変身という表現を使ったが普段着でも魔法は使えてたので単なる早着替えの可能性もある。


 相手は奇しくも年齢は同じくらいで身長も似通ってる。頭にふわふわもこもこの羊帽を被り、両脇からちょっとはみ出している髪は白色。かといって老け込んでいるわけでもない。それがイメージ―カラーなのだろう。


 白棉を模した球状のアクセントが無数についたホットパンツとダッフルコート風のカーディガン。丈があってないのか袖が長すぎて指先がかろうじて見えている。子供服なのか大きな飾りボタンが三つだけ。


 顔立ちは幼さと倦怠感を同居させ、垂れ目のせいか大人しい、ややぼんやりした印象を受ける可愛らしい女の子ではある。肌の白さも相まって妖精のような風貌だ。


「私は……怪人ふわふわん。ポップコーンの精霊。この世を全てポップコーンで埋め尽くし、大量の食糧によって人口爆発を引き起こして人類を混乱に陥れてやる」


「あんたこれ棉飴よ」


「……えっ?」


 怪人ふわふわんは虚を突かれたように身体を揺らし、キョロキョロと周囲を見回した。


 落ちている白い塊は当然ポップコーンなどではない。


 二人を包むように取り囲んでいる群衆の顔色も窺う。ひそひそとしてるが「ポップコーンじゃねえよ」とか「白ければいいって考え方?」とか「発想が浅いよね」などという低い声の野次を真に受けて衝撃を受けていた。


 しおれて小さな背中を震わせ、両拳をぶるぶる握りしめて悲しみに耐えていたが――すぐに瞳に意思の光を宿して前を向き、ギン係長に向けて二本の指を立てて見せた。


「テイクツ―お願いします」


「はいはい」


「私は怪人ふわふわん。棉飴の精霊。この世を全て棉飴で埋め尽くし、全人類を虫歯にして歯医者を大儲けさせてやる」


「歯科医の手先になってるわよ」


「行くぞシルバーバレット。太古からこの星に棲まう精霊の力を思い知らせてやる」


「もうあんたらについては色々諦めようと思うわ。でも、アドバイスさせて。多少は自分の存在について疑問を持った方がいいわよ」


「うるさい黙れ死ね若白髪」


「あんたの髪も白でしょうが」


 ふわふわんは地面を蹴った。ぼんやりとした気配を見事に裏切った目にも留まらない速さ。走りながらも回転する。ギン係長に背を向け、後ろ回し蹴りを放った。それは速度を上乗せしたことにより確かな威力を伴っていただろうが、ギン係長はさらりと上体をひねるだけでかわした。


 かといって攻勢は弱まることはなく、靴底をすり減らしながら場にぴたりと立ち止まっての連続蹴りが続き、バットをフルスイングしているような空気を裂く音が響いている。


 敵ながら乱れないあっぱれなフォームだが、あの細身のどこに体力があるのか。ふわふわんは息切れ一つしていない。反面、劣勢のギン係長の呼吸は少し荒くなっていた。なんか「よっと」「さっと」「あっとまーくぅ」とか攻撃を避ける度にあざといかけ声を出していることも消耗の一つだろう。


 テレビカメラの台数が心なしかいつもより増えているし、もしかしたらだがふわんふわんに対抗心を燃やしている可能性がある。


 あ、今、カメラに向けてウィンクした。確信犯か。思ったより負けず嫌いだ。


 ギン係長はスカートを翻し、バックステップして距離を取ると腰に巻いていたチェーンベルトを引き抜いた。じゃらっと金属音がしたかと思えば淡い蛍火が手の中で生まれて輝く。生命を得たように曲がりくねり、うねうねと蛇のようにのたくり、手から抜け出した。


 標的向かって這うチェーンベルトはふわふわんの足先へと急速に伸びていく。彼女の足首を捉えたかと思えたが飛翔することで避ける。


 それがわかっていたのかギン係長も飛び出していた。宙に浮かびながらも肉薄し、ふわふわんの顔面を鷲掴みし、振りかぶり「せいっ」と息を吐き出して地面へ叩きつけた。


 落下による衝撃のためか石床がひび割れる。轟音が鳴り、円形状にくぼみがひろがる。恐るべき膂力。本気出したらこんなにも怪力なのか。常人なら背骨はイッちまうだろうがふわふわんは顔をしかめただけだ。


 態勢を立て直すために両足を天に向けて素早く下す。反動でしゅたっと立ち上がって再び何事もなかったかのように対峙する。


 魔法のチェーンベルトはギン係長の腰にするすると戻った。両者ともに真剣な面持ちで構えを取って半身になり、構えを取り、相手の出方を伺っている。ただ俺は疑問が持った。つまらない疑問だ。


 なんで両方とも――荒ぶる鷹のポーズなんだろうか。


 片足を腹まで持ち上げ、両手をかくんと折ってぶら下げる間抜けな構え。なんだろう。腑に落ちないというか。コント的というか。間抜けというか。


 しかし、一連の攻防は迫力があった。観客も息を呑んでいる。俺も。


「ふわふわんはおとぼけ怪人だけど耐久力と攻撃性はぴか一だ。何よりも」


「何よりも?」


「ギン係長と同じくらい人気がある。可愛いからね。可愛いってことはぺろぺろしたくなるってことだよ」


「最後の説明だけは特に必要ではなかったのでは」


 原田さんは追加で「劣情を催すってことさ」と爽やかな顔でとんでもなく下衆なことをいい、バトルを静観している。俺は心配になってきたので何か投げるものでもないかと目を配った。


 いっそ菓子机でも持ち上げて投擲(とうてき)しようと思案したが、ふわふわんのような外見上は女の子にこんなものを投げるのもどうなのか。途中で手を出すのもご法度のようだし、悩ましい。


 ふわふわんはあざ笑うような仕草で顎を上向けた。小芝居じみてゆったりと手を突き出し、中空の何かを持っているかのようにわざとらしく五指を伸ばしている。


「シルバーバレット……お前は学校行ってないらしいな。やっぱりアレなのか。いじめを受けてるんだな」


「違うわ。単にちょっと付き合いずらい人だと思われてるだけよ。あんたこそ怪人なんかやってて両親が泣くわよ。同情するわ」


「この前、深夜番組でお前のパンチラシーンが編集されて流されたぞ。あれをどう思う?」


「あんたのファンって変態が多いみたいね。綿飴の精霊で良かったわね。舐めつくされてみれば? 大体自分で精霊って言ってて恥ずかしくないの?」


「露出狂に目覚めたのはいつだ? やっぱりお尻を誰かに見られると気持ちいいのか?」


「誇大妄想を患ったのはいつ頃? キャラクターが安定しなかったのは自分で言っていることがわかんないからでしょ?」


 ――両者一歩も引かない。


 やや陰湿な舌鋒でのバトルに野次馬たちはちょっと引いている。これらの精神攻撃の応酬は二人とも傷つくだけで痛み分けだ。


 お互いにぐぬぬの表情をしながら歯を食いしばってる。見ているこちらもいたたまれない。


「頭にきたから久々だけど、ちょっと本気出すわよ」


「ふん……来い」


 こきっと手首をひねり、ゆらっとギン係長から気炎が立ち昇った。


 それらは空気中を漂い、明確な形を持っていなかったが形を成していく。薄らとした白炎が量を増して噴き出してきた。夜の月のように淡く輝き、膜状に広がって全身を覆っていく。


「原田さん、あれって」


「そうだね。よくアニメとか漫画とかで見るね」


「そうですね。よくアニメとか漫画とかで見ますね」


 大抵、ああいうの出すときって形勢逆転するパターンですよね、と俺たちの思考は一致した。俗にいう本気モードだ。


 しかし、見た感じ魔法の昂ぶりというよりも闘気の昂ぶりのような気がする。決して炎とか氷とか雷とか出して欲しいわけじゃないのだが『マジカルパワーで空手パンチ♪』とかやられると魔法必要なくね? とか考えてしまうのが俺のいけないところだ。


 焦燥感に駆られたのか、ふわふわんが動いた。


 先ほどよりもスピードアップしている駆け足であり、かく乱を目的としたジグザグ走行だった。バランスを失って急激に態勢が崩れる――いや、これはスライディング。足元という視線の死角を狙った機敏な判断だ。ギン係長はほとんど余計な動作をしないまま両足飛びした。


 ふわふわんの顔が驚愕に染まる。彼女からしたらいきなり消えたように見えたのだろう。


 空中で一回転して見事に後ろを取った。ふわふわんが鋭く察して振り向くとギン係長も腕を突き出した。


 交差する一閃。


 お互いに背を向けたまま数瞬後――どさりと倒れたのはふわふわんだった。


「アンタは強かったわ。でもあたふぃが」


 シリアスな顔で決め台詞を噛んだ。しかもきまりが悪くなったのか赤面して俯き、口ごもってしまう。


 ふわふわんの頭にぷくぅーっとデカいタンコブが生えてきた。悲しいほどレトロな表現だ。


 倒れ伏した彼女はやるせない顔をしたままうめいた。


「……私はアメになりたい」


「みなさーん、爆発しますよー!」


 気を取り直してギン係長はいつも通り予告した。戦闘は終了のようだ。


 飛び火することを恐れた観客が散っていく。撮影していた取材班も退避していく。怪人が爆発するのはセオリーなのだが、正直なところふわふわんのような女の子が木端微塵になるのは俺はあまり見たくない。


 だからか、戻ってきたギン係長に声をかけた。


「ギン係長。あの娘って捕虜とかそういうのにできないんですか?」


「いやらしい」


「新木君。君の意見は流石の僕も倫理的には反対するよ」


 二人に露骨な嫌悪感を見せられ、俺はたじろいだ。爆発させるよりも生還させる方が人道的じゃないか。俺の懸念をギン係長は察したのか両手を腰に当てて呟く。


「あいつはすぐ復活するから気にしなくていいのよ。今回で三回目だし。どこにでも発生する細菌みたいなものよ。ただ……」


「ただ?」


「あいつ毎回、強くなってくるのよね。だからわりと好きかな……何よりも他の奴らと違って見かけが気持ち悪くないし多分、こういう関係を友達っていうのよね」


 それは違うと思います。


 少女らしい花が咲いたような満面の笑顔に同意するために俺も口の端を吊り上げたが、内心の否定は決して口に出せない。友達をボコった挙句に爆発に追い込むのは流石にフレンドリーな関係が構築されてるとはいえなかった。


 この時点でギン係長に普通の友達がいないことが発覚してしまった。息が詰まりそうになり、ギン係長友達認定者の最期を見届けようとしたが、耳をつんざく爆発音と同時に生じた眩い閃光で目がくらみ、気が付けば膨大な煙の壁に阻まれてしまった。


 せめて怪人回収用のUFOなり、そういった組織の下っ端でも発見できれば思い空を見上げれば空気のうねりがあった。陽炎のように大気が変容している。


 ひらひらと何か、布のようなものが一枚降ってきている。煙が消え失せた。布がその中心部に落ちた。


 なんの変哲もない繁華街の道が広がっていた。




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