見向きもされずに踊る道化
「なんで万引きなんてしたの?」
「僕、そういう怪人だからです。怪人バッドナイトボーイっていうんです」
対面で背を伸ばし、机に座る警官はペン先をトントンっと書類にぶつけた。
「お巡りさんだってね。暇じゃないの。わかる? 毎日忙しいんだ。お巡りさんの奥さんは最近ね。ママ友とフランス旅行に行っちゃったの。お巡りさんには実家の農業の手伝いに帰省するって嘘をついてね。お巡りさんはそんな感じで嘘をつかれ慣れてるからさ、怪人なんて嘘をいってもわかるからね。お店の人は君が素直に謝ったらトレビアンにしないっていってくれてるんだから素直に謝った方がいいよ」
「僕、トレビアンにされても自分を貫きます。それが僕の宿命ですから」
スーパーマーケットの裏側。店舗スタッフが出入りする廊下の隅、ガラスの向こうの簡素な詰所での怪人と警官のやり取りを眺めていた俺はどうしたものかと顎をさすった。
隣のギン係長はため息交じりにステッキを取り出すと銃口を向けるように慎重に狙いを定め、室内に向ける。
「トリステス・ソナーレ」
ぼぉうっと青白い閃光が収束したかと思えば、光速で一直線に向かった。ガラス戸ぶち抜いて少年怪人の頭部を消し飛ばして壁を貫通した。無残な首なし死体ができあがる。黒い穴口からしゅうううと白煙が噴く。奥さんの愛に恵まれない警官は頬杖をついたままだったが、ガタッと肩から崩れた。
思うのだが、このステッキは銃刀法に引っかからないのだろうか。どう考えてもやばい破壊力だ。
ヘッドショットを成し遂げたスナイパーのギン係長は感慨なさそうにステッキをくるくると手の平の中で回し、腰に差した。
無表情を装ってがいるが口許がにやついている。カウボーイ気分なのかもしれない。
「さて、逃げ……いえ、次に行くわよ直介」
「ギン係長。なんか放っておいても警察が対処してくれそうな感じがするんですが」
「直介。お巡りさんは忙しいのよ。うちの会社から脱走したアホの相手をさせられるのはあまりにも可哀相でしょ。思いやりを持ちなさい」
「ギン係長、そのお言葉は自分をも追い込んでますよ」
ギン係長はサッと踵を返した。商品在庫のダンボールが積載された細長い台車が左右にを占拠した狭い廊下を小走りで進む。裏口のドアノブをひねって外界へ。
俺はスマートフォンに入れた怪人索敵アプリを操作し、マップで赤点となっている箇所をちらりとみやる。近隣にあるコンビニみたいに次々にヒットしていく。
「あたしたちも可哀相よ。でも、今日で最後よ直介。皆殺しのパーティーよ。元々、私の魔法から生まれた寄生虫どもだし、この際一匹残らず排除してやるわ」
息を巻くギン係長は今回の騒動の責任の一端を感じているのかアコードの助手席に乗り込むと腕組みして車内テレビを睨みつける。怪人が脱走して一夜明けた。アナウンサーが各地で発生した怪人騒動について淡々と説明していた。口調にそれほどの焦りはなくても内容は驚きの連続だ。
強盗、放火、暴行、建築物の破壊――ほとんど暴徒化している。
局地戦となっている場所もある。重火器の使用は許可されていないが、対人用の暴徒鎮圧弾は効果は薄いようだ。純粋に戦闘力が高いやつもいるが、たまに豚汁怪人とか出てくるのが妙に緊張感を奪っていく。
ギン係長はステッキを構え、車窓から先端を外に向ける。往来を堂々と歩く怪人もいるのでその駆除にあたるようだ。
「トリステス・ソナーレ。トリステス・ソナーレ……あっ、やば」
「え! 何があったんですか!?」
「う、ううん。べ、べべ別に……なんでもないわ」
誤射っぽい呟きを耳にして車を止めようかと思ったが、ギン係長は人指し指を唇に当ててシーッとやったので俺も見て見ぬふりを決行した。
街中は阿鼻叫喚というわけでもないが、やや混乱気味だ。それに非常事態なので、信号機と歩道橋が消し炭になったって怪人の仕業ということでなんとかなるはずだ。
「そういえば……調子悪いんじゃなかったんですか。普通に青色破壊光線使ってるみたいですが疲れたりしないんですか?」
「青色破壊光線っていうな。まあ、その、あれよ。あれ。アレの力でなんとかなってる感じ」
「アレといいますと?」
「あたしの魔法の強弱は心が影響するの。どんよりしてると全然パワー出ないの。無理やりでも自分を励ましたりすれば多少上がるんだけどね」
「そういうものなのですか。それでアレとは?」
「むぅううう。わかってるでしょ。わかってて聞いてるでしょ」
ぷっくらと頬がふくらんだ。俺はわからない振りをしながら困惑の顔を作って左右に振った。若干イライラしていたギン係長はピンッと何か思いついたのか目玉が上に向かった。
うふんとでもいいそうなほど色気を出すように唇に指を当てて顎を引き、くいっと身体をくねらせる。そうして耳許に囁きを入れてくる。
生暖かく熱い呼吸が首筋にしなでかかる。肩に手がそっと置かれた。
「アレが何かわかったら今夜、あたしの身体にたっぷり注いでね」
――脳みそが走り出した。自動的にワードが検索された。『今夜 身体 注ぐ』の検索結果はお子様には見せられない。
か、かかからかわれているだけだ! きょどるな――クールにいこうぜ直介。今は運転中だぞ? わかってるだろうが、股の間にあるところはギアチェンジしてはいけない。いわばギン係長という存在は三年越しで熟成するワインなのだ。決して毎年適当なキャッチフレーズをつけられて売り飛ばされるポジョレーヌーボーではない。そうだ。その通り。ありきたりな新酒として頂いてはならないのだ。いや、しかし、だが……もしもギン係長が貴重なブルゴーニュワインだとしたら? モレ・サン・ドゥニでクロ・ド・ラ・ビシェールなら? もっ、もしもそうなら、俺は、俺は、一刻も早くデキャンタしないとア・モーレ!
「直介。『ムーン・パワーボール』に向かいなさい」
「えっ、あ、はい。どうしてですか?」
さらりと話題が変わった。ギン係長は素っ気なく流してしまった。無念だ。
「『ムーン・パワーボール』は落下してから東京で一番高いところになったわ。そして怪人の多くは馬鹿だからきっと高いところが好きよ」
「なるほど、理に適ってますね……って思わず同意してしまいましたがそんな理由で行っていいんですか」
「あれはあたしが超本気で魔法を使って落とした隕石だから、怪人のエネルギーになる魔力もたっぷり残ってるでしょう。この街が急激に発展したのもアレのせいだと思うけれど、今思えばあそこまで全力にならなくても良かったわ」
「え、落とした? 落ちてきたのを止めたんじゃないんですか」
聞いていた話と違う。あの出来損ないのゴムボール野郎、いい加減なこといいやがって。
失言に気付いたのか、ギン係長は恥ずかしそうにシートベルトをきゅっと握りしめた。
「流れ星に三回願い事をいえば適うって話あるじゃない? あたしもそうしようと思ったの。夢見がちな十歳の頃の話よ。子供の些細な火遊びの悪戯が山火事になっちゃうことだってあるでしょ」
地球が滅びるレベルの悪戯ですね――ひっく、と喉が鳴った。元がいかに少女に純粋な願いとはいえ恐ろしい。
「お母様やお父様に会いたかったの……ごめんね。だって、あたしだけ皆と違うんだもん。あたしと同じ人は誰もいないんだもん。あたしだけ変なままでいるのが嫌だったの」
引きつった俺の顔を見て顔を曇らせ、悄然としての告白は胸が痛くなる。フォローを入れようと口を開いたが、うまい言葉が思い浮かばなかった。
国道を左折した。道路標識を目で追う。現在の位置と頭の中の地図を照合した。
ビルとビルの境目から噴煙が上がっているのが見えた。車両規制と交通整理をする警察官の拡声器の怒号。緑色の迷彩服を着た自衛隊が隊列を組んでいた。でたらめに重機が合体した巨大な怪人が地面に転がされ、手足をワイヤーで繋がれていた。
担架で運ばれてる血まみれの隊員の姿と救急車――ブレーキを踏み、ハンドルを回してUターンして迂回する。ギン係長は気付いていない。胸に小さな安堵感が落ちる。
「記憶喪失って聞いたんですがそうなんですか?」
「おぼろげながら記憶はあるの。多分、住んでたのは日本じゃないかな」
「帰りたいですか?」
「帰りたいわ。どうしてあたしがココに居ることになったくらい聞く権利があるはずよ」
「俺も観光に行っていいですかね。パスポート取りますよ」
「お婿さんとして紹介するからね」
軽口だろう弾んだ声を受けて咳き込んだ。運転に集中することにする。もう二十歳だというのに俺は弄ばれているのか。
魔法で直径一キロを超える隕石を落とすことができても、自分の住んでいた故郷には帰れない。魔法は最初は万能の力とも思えたものだったが、そうでもない。
誰かの幸せを形作った分、不幸せがどこかにあるのかもしれない。
☆ ★
『ムーン・パワーボール』はターミナル駅の横にそびえている。
雲を突き抜ける巨大さはさながらピラミッドのような古代遺跡然とした威厳を漂わせているが、物好きな登山者のためにあらゆる場所から階段で登れるようにもなっている。近年ではごつごつとした岩肌を進んでロッククライミングをする人も多く、注意を促す看板まで立てられている。
剥落した岩石を防ぐために地上数十メートルは舗装されたアスファルトと塀で囲まれ、形式的には自然公園として扱われている。道路を越えた繁華街にはいかにも日本的な老舗風の売店が立ち並び、外国人観光客のためのホテルが建てられ、一見すると都会的な宿場町の様相を呈している。
コインパーキングにアコードを駐車した。徒歩での移動の最中、ギン係長は急場にも関わらず古めかしい造りの土産物屋の『ニンジャ・ソフトクリーム』のポール旗を凝視していた。迷いが見られるが物欲しげだ。
幸いにして営業中のようなので俺はご当地価格の一個四百円で購入した。
手渡そうとすると、腕組みされてそっぽ向かれる。
「かっ、勘違いしないで。欲しくないわよ」
「はい、あーん」
「あ、あーん」
眼前に持っていき、催促すると仕方なさそうにギン係長はかぷっとソフト―クリームをかじった。味が気に入ったのか、一瞬だけ驚くとすぐに包装紙の部分を握り取る。
「なかなか濃厚ね……うん」
どうしてだろうか――ちびりちびりと小さく赤い舌がソフトクリームの断面をねぶりまわしている動きが官能的に見える。味がたまらないのか瞼がだらりと落ち、陶酔気味なのもポイントが高い。ソフトクリームに当たらないように髪をかきあげて「んっ」とか呟いた瞬間は脳内で保存した。一番重要なのは顔の“揺れ”だ。細かく動くことで繊細な舌遣いを実現している。
ソムリエ直介としては五つ星評価の垂涎のシーン。堪能させて頂こう。
「うーん、やっぱりいるわね」
声で正気に戻って中空を見上げれば至近距離に『ムーン・パワーボール』。いつの間にか柵を越え、あっさりと公園の中心にまで移動してしてきている。
頭頂部に黒い粒のような点があり、何十人かの人影の姿だと予想できる。団体様のようで集結してらっしゃる。スマートフォンの赤い点もびっしりと。観光名所だからだという理由だけではなさそうだ。
「登りますか?」
「飛んでいくわ。乗せてってあげるわ」
「なるほど、じゃあ手を繋げ……って俺の背中に羽根が生えたんですが! なんだこれ! なんか妙にコントロールできて怖い!」
「よく考えたらあたしソフトクリーム舐めてる最中だし、なんか疲れちゃったわ。だから直介、地面にうつ伏せになって、ほら、早く」
自らの背に生えたドデカい羽。しかも形的にまっ平らで二枚羽。虫だよコレ。蝶の翅か。
広げれば直径四メートルほどか。背中の肉が突っ張り、羽ばたかせようと動かす度に肩の筋肉を微妙に刺激してくる。いきなり義肢を植え込まれたような薄気味悪い感覚だ。
非常に嫌な予感がしたが、俺は地面にうつ伏せになった。すると予想通りギン係長はスノーボードに乗るように俺の背中と頭を踏んづけた。俺の羞恥プレイ並びにM属性は未だ開眼していないので普通に悲しい。
「じゃあ飛んでね」
「この構図に凄く問題があるような気がするんですが」
「思ったんだけど、あたしの年齢と直介の年齢も問題になるような気が」
「今日は飛ぶにはいい日だ」
俺は背中の翼を大きく動かした――片腕を突き出して両足をたたみ、真剣な顔を作って。実に伝統的なスタイルでの飛行形態といえる。
ぶわっと空気を押し上げ、俺はふわりと飛翔した。湖の白鳥の足のように必死に翼をばたつかせながら『ムーン・パワーボール』の頂上をゆっくり目指す。
どうしてだろうか――ガになった気分だ。
ギン係長が白羽で飛ぶ姿は天使のようだった。だがなぜ、俺の翼はどす黒く斑点があるのだろうか。全体的に黄色いっぽい斑紋まである。ぶぅううんと汚ねえ音なのもきつい。曲りなりでも今は自分の一部なのだが拒否反応が起きそうだ。
数分で頭頂部へ。頂きの中心には艶やかな真紅のビロード・マントを羽織った少女がロココ調のゴテゴテしい装飾たんまりの椅子に優雅に腰かけていた。
羊角を生やした帽子。冷めたような瞳は物憂いげ。幅広の手すりに頬杖をつき、胸当てと肘までしか面積のない白甲冑。前方が短めでわざと後ろを長くしたフィッシュテールスカートは清涼な湖のように透けている。
怪人ふわふわん。きらきらとしたルビーがくっついたティアラまで被っていた。召使のホッカホッカ・ニクマンが執事のようにうやうやしく紅茶を淹れていた。
「よく来たなシルバーばれ……ってキモッ! なんだお前ら!」
「うるさいわね。失敗しただけよ」
「失敗!? 失敗なんですか俺!?」
「直介も黙りなさい。誰にだって過ちはあるのよ」
ふわふわんは仰天しながらも落ち着きを取り戻すように空咳した。
女王の威厳を示すようにさっと手を振る。汗だくで翅を動かし続けている俺の存在がよほど気になるのか、しきりに目線を送ってくる。
宙空での保持は地味に体力が奪われる――気を抜くと落下しかねない。両手を振っているのと変わらない疲労感だ。
「よく来たなシルバーバレット。我々の武装蜂起を止めに来たのだろう。だが、そうはいかないぞ。我らと同胞たちは飼い殺しの生活は終わりにすることにした。敗北という辛酸を舐めながらこの機会をずっと待っていたのだ。生命を与えられてからというもの、来る日も来る日も逃れられぬ苦痛という使命を――」
「あ、直介。このソフトクリームさ、尻尾にビターチョコが入ってる。これがニンジャっぽいわね」
「ぎ、ぎ、ギン係長……マジで、俺、限界です……」
よろよろと空中で不安定に揺れる。飛行形態が崩れつつある。着地すべきなのだが広がった地表は怪人だらけだ。
月面のようにボコボコとしてクレーターだらけ。勾配は激しいが円の終わりである絶壁になってる部分を除けば野球ができそうなほど広く、東京を一望できる景色は見事だ。
「聞けええええっ! いいか! 我々はずっと苦しめられてきたのだ! 自由になった今、弱ったお前など恐ろしくない!」
「そうだっ! ふわふわん総帥のおっしゃる通りよ!」
「手加減してやっていたのだぞ!」
「中学生の分際で若白髪を患ってんじゃねーよ!」
やいのやいの、と取り巻きらしい怪人たちが口汚く罵ってきた。ギン係長はノーリアクションでステッキを構えた。
「トリセンス・ソナーレ」
どぉっと発射された光線はキャノン砲のようだった。斜線を描いて薙ぎ払うように放たれ、集結した怪人たちが一斉に蒸発した。ほんの一振りだ。ほんの一振りで集まった怪人たち、恐らくは五十体は居ただろうが半分くらい減った。
目に見える一方的な虐殺に言葉を失い、一気に黙り込んで意気消沈する怪人たち。
青ざめてガタガタ震え、足元から崩れ落ちて気絶する者もいれば力の差を悟り、自分の非力を呪うようにむせび泣きながら地面にぺたんと手をつく者もいる。
戦いの物騒な気配も綺麗に吹っ飛んだので俺は着地することにした。幸い背中の翅はすぐに消滅した。
ギン係長は肩をぽんぽんっとステッキで叩く。
「うるさいわね。あんたら社会の害なんだから残らず消えなさいよ」
非情の言葉。人々が傷つけられ、街を破壊されて怒っているのがわかった。ギン係長は役割としての正義は健在。むごさは極まってしまっているが、俺はギリギリの戦いをして欲しいわけではない。
ふわふわんは俯きながら肩を震わせた。椅子の背もたれに打ち付けられた握り拳には懊悩する心がのりうつっているようだった。
涙の粒がこぼれた。ふわふわんは涙目で顔を上げてギン係長を睨む。
「そうやって……そうやってお前はいともたやすく私たちを屠ってきたのだ。お前にわかるか。我々ような虚しい存在が。生まれたときから悪を宿命付けられた者の気持ちが。無慈悲にも感情と自由意思を与えられてしまった者の苦しみが。ずっと演技をしてきた。ずっと笑ってきた。ずっと嘆かなかった。だが、もうお前を倒して終わりにしてやる」
「あんたらみたいなヘッポコにできるわけないでしょ」
「いいや、できる! お前が唯一戦いを避けた者がいることを忘れたか?」
「へえ? 麻婆豆腐怪人とか? あたし甘党なのよね」
ふわふわんは真っ直ぐ手を天にかざした。
にいいっと歪んだ哄笑。自信の源がどこかにある――手を伸ばした先には何があるのか。
「いでよ、猛れよ、降臨せよ! 我らの始まりにして餓える機甲の人。文明と魔法の愛の落とし子よ。汝の名は!」
――地平線から手がどたんと現れた。
続いて小山のような丸型の巨頭が現れる。首輪には連結のためのボルトがやたらめったら打ち込まれているが、締めが不十分なのか飛び跳ねてしまっている。
いや、首輪だけでなく肩肘、腰回り、膝、足先に至るまで六角ボルトがネジ部分まで晒して尖っており、ガスタービンのように律動を繰り返していた。
のそりと現れた巨大な機械は存在感を隠そうともせず、斜陽を浴びて大地を日陰にした。全長にして十メートル強。重量にして数十トンの機械の巨人。
幾枚も鋼板で覆われた体躯から眩い紫電が火花のごとく放たれていた。短足の不細工な形状だが重量感だけはくっきりと。どすんどすんと大股で大地を踏み鳴らして接近してくる。
俺たちを前にして立ち止まると同時にひび割れた目玉がきゅっと収縮した。ワイヤーで縛られて戒められていた口蓋がブチブチと音を立てて開く。犬歯まみれの乱食歯には密度のあるとろりとした薄茶色のオイルが鈍色に光り、たらたらとこぼれる。
地獄の底まで届くような雄々しい絶叫が放たれた。大気を粉々にせんばかりに強振動させる。激烈な衝撃波が地表の細かい砂粒を一気に舞い上がらせた。あらゆる生き物をすくみあがらせる圧力があった。
勇み猛るように両手が広げられた。きゅいいんっと機械音を鳴らし、U型の手を猛回転させる。動く鉄塊は興奮していた。これから先の暴力への歓喜だった。
汝の名は――ハンサム・ボルト――始まりにして終わりとなる怪人。




