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<8>

「レクト。ゲームには勝つための条件というものがある」

 ある日、ジェイドは将棋を指しながらそう言った。

 ジェイドは時折将棋、囲碁といったゲームを行ってレクトに戦略、戦術といったものを教えていた。

 もちろんこれらはジェイドの私物であり、レクトの住む村ではこれらのゲームを今まで見たことはなかった。

「それは(いくさ)においても同じことが言える」

 話しを進めながら『歩』を一歩進めるジェイド。それに対してレクトは『飛車』や『角行』といったコマを前に出そうとしている。

「戦の勝利条件とは時と場合によって異なる。単純に敵軍を全滅させればいいものから一定の時間拠点を守る。又は拠点を攻め落とす。様々だ」

 そう言っている間にレクトが敵陣の中に突っ込ませた『飛車』がジェイドの『桂馬』に取られてしまっていた。

「必要な条件を満たして戦に勝つには、状況に適した戦い方をしなければならない」

 そして『飛車』に続いて『角行』まで取られたレクトの戦線はボロボロになっていた。

「将棋のような消耗戦で戦うべきなのか、囲碁のような包囲戦で戦うのが適切なのか。その時々によって的確に見極めなければならない」

 今やレクトの『玉将』の元にジェイドの『歩』が真綿で首を絞めるように迫っていた。

「忘れるなレクト。勝つためには何が必要なのかを考えるということを。一時の感情で暴走して周りに迷惑をかけた挙げ句に犬死にするな!」

 最後にジェイドの『と』が王手をかけレクトは投了した。


 レクトは盗賊と対峙するに当たって自分の勝利条件とは何かを考えた。

 その結果、村人に犠牲を出させず略奪もさせないであった。

(そのためには盗賊団を壊滅させる。いや、もっと単純に親玉だけを倒せばいい!)

 そのために何が必要かを検証してみた。

 まず村人総出で盗賊達を迎え撃つということを考えたがそれは早々に却下した。

 なぜなら今の村人は士気が低い。

 村でも腕自慢のハンターが倒され、もう一人の腕利きである村長の息子のダルフもぎっくり腰で動けない。

 さらにここは平和でのどかな農村であるため村人達は天恵を生産方向に成長させる人間がほとんどだった。

 それにレクトのような子供が一人でいきり立っても誰も賛同はしてくれないだろう。

(まてよ、子供が一人!)

 そこまで考えてレクトは一つの考えに思い至った。

 すなわち子供の自分が単身乗り込んだほうが勝率が高いのではないのかと。

 相手は百名以上いる大盗賊団とはいっても半分以上が村の見張りにかり出されている。

 そのため金品を巻き上げるのにこちらに来ることが出来る人数は二十名前後かもしれない。

 それは昨日、盗賊達が村を訪れた時の人数がそれくらいだったから間違いはないだろう。

 そして何よりも向かってくるのがたかが子供が一人なら相手も油断するだろう。

 相手がこちらを侮っているうちに速攻で攻めれば勝てるのでは?


 そのように考えがまとまった時、レクトは勝機を見いだしたような気がした。

 それを確信に変えるため歩き出そうとした時、誰かがレクトの足を引っ張るのを感じた。

 何事かと足下を見てみるとポップがズボンの裾を引っ張っていた。

 それを見たレクトは思わず笑顔になり腰を下ろしてポップをなでた。

 今の様子を見てレクトはポップが自分を心配してくれたのが痛い程にわかった。

「ポップ。オレは今から戦場へ死地へとおもむく。ついて来てくれるか?」

 真剣な面持ちでそう尋ねるとポップは力強くうなずいた。

「よしわかった!共に行こう大切な村を守るために!」

 こうして一人と一羽は盗賊を迎え撃つため村の入り口へと向かった。


 そして事態はレクトの思惑どうりに動いていると思われた。

 出会って早々に盗賊一人を血祭りに上げたため、彼らは早速興奮して激情のままにレクトを討ち取ろうとしていた。

 まず五人の男が前に出て両手を突き出して射撃系の天恵を使って一斉射撃を行おうとする。

 もちろんそんな攻撃をおとなしく受ける気などないのでレクトとポップは素早く左右に別れて駆け出していく。

 彼らが使おうとしているアクティブ系な天恵は使用するのに精神集中や溜めといったものを必要とすることが多い。

 そのため若干の隙が出来るがレクト達には、そのわずかな隙があれば充分に間合いを詰めることができた。

「くらえ!」

「死ねや!」

「往生せい!」

 三人の男が雄叫びと共に【炎の矢】【風の刃】【石弾】の天恵を発動させて攻撃する。

 それと同時に二人の男がうめき声をあげて倒れた。

 素早く間合いを詰めたレクトは向かって右側の男の首筋に木刀を打ち込み首の骨を折って絶命させ、同様にポップは向かって左側の男の鳩尾に飛び蹴りを食らわせ、体がくの字に折れ曲がったところでアッパーで顎を砕いて気絶させた。

 そしてレクトとポップはさらに踏み込んで次の獲物を喰らう。

 次にレクトに狩られた男は胸に木刀を突き入れられ、折れたあばらが心臓に突き刺さって死んだ。

 続けてポップに襲われた男は正拳突き、肘撃ち、体当たりと決められ昏倒した。

「ざまあみやがれ!」

 天恵の一斉攻撃で爆風を上げている地面を見てはしゃいでいる男は自分の左右に二人ずついたはずの人間がとっくに倒されていることに未だ気づいていなかった。

 男が勝利の気持ちを仲間と分ちあろうと左右を見渡すと信じられないものを目撃して絶句する。

 それは自分の脳天に打ち込まれようとしている木刀と横っ腹に打ち込まれようとしているウサギの正拳突きであった。

「ぐはぁ!」

 血煙を上げて男がまた一人倒れた。ここまでで撃破した盗賊の数は6。まだ14人も残っている。

 倒した男が動く気配を見せないことを確認したレクトは再び駆け出し敵を殲滅していく。

 瞬く間に仲間が6人やられたことに呆然としていた盗賊達は隙をつかれて次々と地に伏していく。

「なめるな!」

 二人で5人づつ盗賊を仕留めたところで我に返った男が天恵による攻撃をして来た。

 レクトは自分に向かって来た攻撃を剣で弾こうと木刀を振るうが、その猛烈な一撃を弾こうとした瞬間、刀身の動きが止まってしまう。

「!?」

 何事がおきたのかと刀身を見てみれば、地面から生えた腕がレクトの木刀をしっかり握りしめていた。

 男が使ったのは【大地の腕】という天恵で、見た目と名前のとうり大地が腕の形になって殴ったり掴んだりといった汎用性の高い能力だった。

 木刀を掴まれたレクトはそのまま力任せに引っ張るようなことはせず、ためらうことなく手を離し素早く横に跳ぶ。

 そして変わりに手にした短剣を勢いよく相手に投げつける。

 レクトの武器を奪って勝った気になっていた男の首筋に短剣は深々と突き刺さり、勝利を確信した笑みを驚愕に変化させながら倒れていった。

 男の顔には何故自分が倒されたのかが解らないといった困惑の表情が浮かんでいた。

「ガキが!調子に乗るな!」

 瞬く間におこった大惨事に逆上した頭領が力を発動させて攻撃を行おうとする。

 その瞬間、木刀を拾っていたレクトは隙を見せてしまい、こちらを襲おうとする力の奔流を止めることができなかった。

 頭領の手から撃ち出されたのは人の胴ほどの太さのある巨大な炎の矢であった。

 強烈な破壊力を秘めた炎の矢が進路上のあらゆるものを燃やし尽くさんとする勢いでレクトの元へと襲いかかってきた。

 しかしレクトは秘めたる威力に臆することなく落ち着いた表情で華麗に躱し、そのまま頭領の元へと一気に距離を詰める。

 もはやこの場で立っている盗賊の数は3人。

 頭領とその左右に控えている手下のみである。

 手下の一人が剣を抜いて構える。すると手にした剣がたちまち炎に包まれる。

 【炎の剣】の天恵を発動した手下は憎らしげな表情でレクトに切り掛かる。

 それに対して頭領のほうはまだまだ余裕のある表情をしていた。

 必殺の攻撃が躱されたにもかかわらず口元には笑みすら浮かべている。

 なぜこの男はこれほどまでに余裕の態度でいられるのか、その答えはすぐにわかった。

 はるか後方に飛んで行くはずだった炎の矢がすぐさまUターンして戻り、レクトの背後に迫ろうとしていたのだ。

 頭領の天恵は【炎蛇】。【炎の矢】の天恵が進化したものだ。

 それは使用する人間が自由に誘導操作できる炎の矢を撃ち出せるというものだ。

 そのためこちらの攻撃を躱したと思って油断している相手を背後から強襲して倒すことができる。

 そのような戦い方でこの男は数々の強敵を打ち破って生き残って来た。

 射撃系の天恵はまっすぐにしか飛ばないというものが大半なため、そのような思い込みをうまく利用したなかなかの戦略だ。

 ヤツルト村の凄腕ハンターのデレクが敗れたのもそのためだ。

 しかし、その勝利の方程式は見事にひっくり返された。

 背後から迫る【炎蛇】の攻撃をレクトは見事にはかわしたのだ。

 その動きはまるで背中に目がついているかのように華麗で巧みであった。

 絶対の自信のある攻撃をかわされたことに頭領は愕然となりしばし呆然となったがすぐに気を取り直して再度【炎蛇】を操作してレクトにぶつけようと試みる。

「ま、まぐれに決まっている!」

 そのように思い込みながら今度は少し慎重に操作された【炎蛇】の猛攻をやはりレクトは右に左にと舞い踊るようにかわしていく。それも【炎の剣】を振るう手下と相見えながら。

「バ、バカな!これはあのガキの天恵なのか!?」

 目の前の信じられない光景に頭目の頭は混乱し始めていた。

 レクトが【炎蛇】をかわし続けることができるのはのちろん天恵のおかげではない。

 天恵を持たない喪失者であるレクトがそのようなことができるのは日々欠かすこと無く続けた修行のおかげ。それだけであった。

 レクトは修行の過程で気を練り、気を感じるようになるだけでなく天恵が発動する際に生じる力の流れをも感じられるようになっていたのだ。

 そのためレクトは誰が天恵を使おうとしているかを知ることが出来るだけでなく、こちらに迫る殺意に満ちた力の波動を感知することができる。

 それに常日頃からの特訓でジェイドの行う死角からの全方位攻撃にさらされ続けてきたレクトにとって、たかだか一方向からの誘導弾による攻撃などどうということなくかわすことができるのだ。


 頭領の攻撃もなかなか当たらないための苛立たしさからなのか【炎蛇】の操作に精細さを失いやがて手下に誤って命中してしまった。

「くっ、しまった!」

 爆炎に包まれて倒れる手下の姿を見て頭領は焦りの表情を見せる。

 誤爆した盗賊が立ち上がらないことを確認したレクトは頭領のほうへと目を向ける。

 残る相手は二人。そこにいるのは頭領と巨人だった。

 レクトが頭領の天恵と【炎の剣】を振り回す手下を相手にしている間に最後に残った手下は天恵を発動していた。

 この盗賊の持つ天恵は【巨大化】。名前のとおり体を大きくする天恵だ。

 体が大型化したため服は敗れ半裸の状態になっていた。

 《巨大化》した盗賊が剣を振り下ろす。

 元の大きさだと両手に持つような大剣も巨人になれば片手剣ほどの大きさになってしまう。

 巨体によって繰り出された猛烈な一撃をレクトは間一髪のところでかわす。

 かわされた元大剣は地響きを上げて地面に激突した。

 その衝撃で立っていた地面が揺れるが、そんなことなどまったく影響された風も見せずにレクトは巨人へと駆け寄っていく。

 巨人に近づいたレクトは攻撃をすることなく、地にめり込んだ剣を足場にしそのまま巨人の腕を駆け上がっていく。

 肩を踏み台にしたレクトはそのまま頭領の元へと高く勢いよく飛び上がった。

 しかしそれまでの時間に頭領は再び【炎蛇】を撃つのに必要な精神集中をすませていた。

 このままでは身動きのとれない空中で【炎蛇】を迎え撃つことになるかもしれなかった。

「くっ!?」

 今まさに必殺の一撃を繰り出さんとしていた頭領が苦悶の表情を浮かべて膝を地につけた。

 どういうことかと周りを見渡すと、そこには一羽のウサギがいた。

 それは言うまでもなくレクトと一緒に激戦を繰り広げていた相棒のポップだった。

 ポップはあれから続けて五人の盗賊を沈めた後、身を潜めてこっそりと頭領の元へと近づいて来ていた。

 自分の体が小さいことと誰もがレクトに注目していたため容易く接近することができたのだ。

 そのことを気配を感じて理解していたレクトは大跳躍で近づき、ポップは頭領が意識を集中している隙をついて膝裏を蹴り付け体勢を崩した。

 仲間として培って来た絆での連携によりレクトは大上段からの必殺の一撃を頭領の脳天に叩き込むのだった。


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