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<7>

 かつてヤツルト村の中で凄腕のハンターとして活躍していた男の変わり果てた姿を見て村人一同は恐怖と驚愕にその身を振るわせていた。

 背中に大きな火傷を負い、全身を嬲られたかのような切り傷と打撲の後が覆っていた。

 そんな無惨な姿を見せられた村人達は生気をなくした顔をしており、そんな彼らの姿を見てニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている一団がすぐそこにいた。

 それは言わずと知れた、この村を襲おうと画策していた盗賊団であった。

「クククク。おまえら無駄な足掻きはせずに金目の物を出しな」

 血塗られた棍棒を型に担いだ盗賊の頭がそう告げる。

「そうだぜ。オレ達餓狼団の手に掛かればこんなチンケな村アッというまにオシャカだぜ!」

 それにつられて手下達もはやし立てて村人達の不安をあおる。

「なに!餓狼団だって!」

「知っているのか!?」

 盗賊団の名前を聞いて村人の一人が目を見開いて驚く。

「聞いたことがある。ここから南にあるデバイス王国荒し回っている神出鬼没の大盗賊団がいるということを!」

「なんだって!それは本当か!?」

 目の前にいる相手が想像以上に凶悪な輩だと聞いて村人達はさらに驚いた。

「クククク。そのとうりよ!オレ達は泣く子も黙る大盗賊餓狼団だ!南のほうじゃ荒稼ぎしすぎて寂れて来たからこちらに来たってわけだ。ありがたく思えよ!」

 ありがたいどころかはた迷惑な出来事に村人達は困惑する。

「そういうわけで明日まで待ってやるからそれまでに金目の物をかき集めてオレ達に献上するんだな。そうすれば命だけは助けてやるぜ」

 一方的な要求をしてから盗賊達はその場を立ち去っていく。

「おっとそうだ……」

 数歩歩いたところで頭目が立ち止まって振り向く。

「今度ヘタなマネをすれば村を取り囲んでいる手下達にこの村を襲わせるからな!」

 凄みをきかせた笑顔でそう言い残して今度こそ盗賊達はその場をさっていった。

 

 その日の夜、村の大人達が村長の家に集まって話し込んでいた。

「こんなことになってしまってオラ達どうしたらいいんだ?」

「んだ。このまま蓄えを持って行かれたら冬を越せないかもしれないだ!」

 村長を中心に集まった大人達は皆暗い顔をして不安をもらしていた。

「すまない親父。オレがこんな体でなかったら…」

 村長の後ろで寝込んでいる男がそうつぶやく。

 そこにいるのは村長の息子にしてハンターをしているダルフという人物だ。

 ダルフは凄まじいキック力を誇る【蹴撃】という天恵を持っているが、数日前に畑仕事中にぎっくり腰をしてしまい動くに動けない状態にあった。

「ダルフよそう自分を責めるな」

 己の不甲斐なさを嘆くダルフを村長が慰める。

 ダルフの持つ【蹴撃】の天恵は足が速くなる【駆け足】が進化したものだ。

 だからこそダルフは使者には自分が行くことができていれば素早い脚力で一気に駆け抜けてセルバの街にたどり着けたかもしれないし、デレクも死ななかったかもしれない。

 ダルフはついついそのように考えてしまい、自分を責めずにはいられなかった。

「とにかくだワシらにはあんな大盗賊団と渡り合える力もなければ応援を呼び出す余裕もない。ここは一つ金目の物を渡して帰ってもらうしかないじゃろう」

「そんな…」

「それしか方法はないのか」

 村長の悲痛な決断に村人達は苦悶の表情をするが、さりとてこの状況を打開する策も見当たらず、結局村長の言うとおりにするしかなかった。

 理不尽に抗することができないという結論がたち、村人達は村長の家を出て家へと帰って行く。

 こうして村長の家に集まった大人達が全て解散した後、村長宅の物陰から一人の人間が立ち上がった。

 草むらを揺らす音などさせずに静かに立ち上がった人物はレクトであった。

 村の大人達がどういう決定を下すか見に行きたかったレクトだが、親に止められ仕方なく寝たふりをしてこっそり抜け出してついて来てたのだ。

 狩りをするのに役立つかもと教えられた隠形の技を使って後をつけ、さらに物陰に隠れて様子をうかがっていたのだ。


 今のレクトの胸中はとても不愉快な思いで渦巻いていた。

 盗賊からの理不尽な要求、それに屈してしまう大人達。

 血気あふれる若さを持つレクトはそれが歯がゆくてしかたがなかった。

 今すぐにでも駆け出して盗賊の首領を討ち取りに行きたかったがそれは寸前で抑えた。

 なぜなら師であるジェイドが「感情的に突っ走っても不覚をとるだけだ。冷静になることを忘れるな」と教えたことを思い出したからだ。

 感情の高振りを深呼吸して落ち着かせたレクトは来たときと同様、音を立てずにその場を立ち去っていく。

 ただし、向かう先は家の寝床でも盗賊の首領の場所でもなく師匠の家だった。


 夜遅くに訪れたにも関わらずいつもの無愛想な表情を崩さず心地よく(たぶん)レクトを迎えてくれた。

 家の中に通されたレクトは囲炉裏を挟んでジェイドと対面になり、しばらく座したまま沈黙の時間を過ごした。

「師匠!」

 考え事をするかのようにうつむいていたレクトは顔を上げまっすぐにジェイドと目を合わせる。

「村が盗賊に襲われそうなんです!」

「知っている」

 レクトは必死の形相で村の窮地を伝えるがジェイドはそれに関心なさそうに応対する。

「盗賊達は金品を渡せばおとなしく去るようなことを言っている。村長や他の大人達もおとなしく金目のものを渡して帰ってもらおうとしている」

「それで?」

「オレはあんな奴等の言葉なんか信用出来ない」

「ならどうする?」

「戦います!」

「そうか」

 レクトが胸の思いを熱くたぎらせているのに対してジェイドはどこまでも冷静だった。

「お前が後悔しない選択をしたのならオレはそれを止める気はない」

「はい」

「ならばオレは師匠としてお前に課題を一つ課す」

「はい」

「重りを外すな」

「はい」

 手助けを申し出ることもなく試練を与えるジェイドにレクトは憤りを感じることもなく静かに了承する。

「あの程度のやからに重りを外すことなく倒すことができなければお前は武人として大成しないだろう」

 重りとはもちろんジェイドからの指導で作った鉛を入れたシャツや腕輪と足輪のことだ。

 今のレクトは素早い身のこなしをするためにそれらを外していた。

「はい。師匠」

 師匠からの試練を何でもないことのように受け取り、レクトは毅然とした態度で立ち上がる。

「覚悟はできたか?」

「はい。ありがとうございます師匠」

「オレは何もしちゃいない」

「いいえ。師匠と話すことができたからオレは戦う決意をすることができました」

「そうか…」

 師匠のもとから静かに立ち去っていくレクトをジェイドは相変わらずの無愛想な表情で見送っていく。

 だが、そんなジェイドの瞳は弟子を思う師匠の愛情に溢れていた。

 レクトの気配が遠く離れて行くのを感じ取ったジェイドは立ち上がって家を出る。

 玄関から一歩出た所で立ち止まったジェイドは懐をまさぐって一枚の紙を取り出す。

 不思議な模様の描かれた短冊状の紙切れを宙に投げると、それらは元が一枚の紙であったことが噓であるかのように無数に増え始める。

 そして地面に落ちる前にそれらは全て形を変えて鳥となって飛んで行った。

 ジェイドが今行ったのは旅路の果てに身に着けた超常の力で式神というものだった。

「お節介を焼いちまったな」

 式神となった呪符が方々に散らばるのを見と遂げたジェイドはそう呟いてから家に戻った。


 翌日、もうすぐお昼時という時間帯に村へと向かう一団があった。

 棍棒をもった禿頭の大男を先頭にした一団は言わずと知れた餓狼団の首領と手下達であった。

 彼らは一方的にした約束どうりにお宝をいただきにきたのだ。

「ヘヘヘ。お頭、金目の物をいただいたらあの村はどうするんですか?」

 もうすぐ村の入り口という所で手下の一人が下卑た笑いを浮かべて聞いてくる。

「フム、そうだな。オレ達が金目のものをいただいたらあいつらは冬を越すのに苦労しそうだからな」

 そう言って思案げな顔をした後、とても残忍な笑みを浮かべる。

「だったら、男は皆殺しにして、女子供は奴隷として売っぱらうのが親切ってものじゃないか!」

「ハハハそいつはいいや!」

「いや〜さすが親分は考えることが違うね!」

「おいらにはそんな親切な気持ちはまったく浮かばないよ!」

 さらりと残忍で残酷なことを言うお頭に、子分達も追随してバカ笑いをし続けた。

「お頭。村の入り口に人がいやすぜ」

 子分の一人が言うように村に近づくにつれ人が一人突っ立っているのが見えて来た。

「おう、出迎えご苦労。それじゃあお宝の所に案内してもらおうか」

 盗賊達を出迎えたのは一人の少年と一匹のウサギだった。

 出迎えた少年は盗賊達を歓迎する素振りは見せずに手にした棒を突き出し交戦的な態度をとる。

「小僧、それは何のマネだ?」

 相手の不遜な態度に苛立しげに首領が尋ねる。

「お前達を村には入れない。ここで全員倒す!」

 気合いのこもった声で宣戦を布告する少年は言わずと知れたレクトと相棒のポップだった。

 レクトは毅然とした態度で木刀を構え盗賊達を威嚇する。

「オレ達を倒すだと!自分が何を言っているのっかわかっているのか小僧?」

 それを見た頭目は不愉快そうな顔でレクトを睨みつける。

「つまらん正義感でそこにいるんだったらさっさと帰りな!ここはガキのしゃしゃり出る所じゃねんだからな!」

 そう言って棍棒を思いっきり地面に叩きつける。

 頭目の迫力のある威嚇行動にレクトは臆することも退くこともせずに木刀を構えて相手を睨みつける。

「へへへ、お頭、あの小僧は躾けがなってないようですぜ」

「オレ達の凄さがわからねえバカは教育が必要だな!」

 それでも攻撃的な態度を崩そうとしないレクトを見て手下達は舌なめずりをしながら前に出て戦闘態勢をとる。

 彼らには今のレクトの姿が猛獣の前に姿を現した哀れな獲物にしか見えなかった。

 そして獲物を食らいつこうと盗賊の一人がさらに一歩前に出た時、レクトは電光石火の早さで動いた。

「グアァ」

 目にも止まらぬ早さで繰り出した木刀は突出していた盗賊の脳天をカチ割った。

 顔面を血に染めながら倒れていく仲間の姿を見て一同は息をのんで沈黙する。

 一方盗賊の一人を血祭りに上げたレクトは取り乱すことも悔恨の表情を浮かべることもなく静かな面持ちで盗賊達を見据えていた。

 人を殺したかもしれないのにレクトが冷静な態度でいられるのはやはりジェイドの教えが大きいからだろう。

 師匠であるジェイドからは戦場に立つことの心得としてこう教えられていた。


「戦うからにはためらうことも躊躇することなく全力でぶちかませ。お前の腕で手加減など百年早い!」


 だからこそレクトは迷いはとうの昔に捨てて全力で打ち込んだ。

 もちろん人を殺したことへの罪悪感など欠片もわかなかった。

 一旦戦場にたったら敵は殲滅する。その思いしかなかった。

「やってくれたな小僧!」

 一方いきなり仲間をやられた盗賊達は怒り心頭で全身から殺気を溢れさせていた。

「手下に手をかけたんだ楽に死ねると思うな!」

 頭に血を上らせた盗賊達は興奮して一気にレクトの元へと駆け出した。

 餓狼団の人数は百を超えている。その内の半数以上は村を包囲するのに使われ、ここにいるのは約二十名。

 二十対二という圧倒的に不利な戦場にレクトとポップは躍り出た。


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