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<6>

 暑い盛りの夏が終わりに近づき秋が訪れようとしていた。

 畑の麦も収穫の日が近づきつつあった。

 村人達が今年の麦のできについて議論する中、レクトは相も変わらず剣の修行と畑の手伝いを両立させて過ごしていた。

 朝練、畑仕事、昼の鍛錬、畑仕事と終わって夕方の鍛錬として今日は素振りをしていた。

 ただし振り回しているのはジェイドからもらった木刀ではなく丸太だった。

 大きさは大人の二の腕よりも太く、愛用の木刀よりは少し長いものであっだ。

 それをレクトは一心不乱に型を崩すことなく丁寧に振るっていた。

 これもまたジェイドから教えてもらった鍛錬法の一つだ。

 腕の力を高めるためにやっている。

 さらにそれだけではなく手足には鉛の腕輪と足輪をつけてさらに負荷を上げていた。

 その横では赤いシャツを着たポップが格闘技の型の反復練習をしていた。

 そうやって全身汗だらけになって練習を終えた後はタライに水を張って行水をおこなった。

 レクトの住む村では風呂屋も内風呂もないのでもっぱら行水で体を洗い流していた。

 さらに過酷さの度合いを高めた修行をレクトは休むこと無く毎日続けていた。


 こうした日常を変わること無く続いていたある日、村人達は一人残らず村長の家の前に集められた。

「い、いったいどうしたんだろう?」

 レクトの隣にいるラルクトが不安そうに呟く。

 滅多におきないできごとに村中の人間がラルクトと同様に不安そうにしている。

 そのため広場全体が重苦しい雰囲気となり少しずつざわつきはじめた。

「皆の者待たせたの」

 村人達が暗い思考の噂話をし始めた頃、家の戸が開いて村長が姿を現した。

 ヤツルト村の村長は白髪と白いヒゲを伸ばした小柄な老人だった。

 普段の村長は陽気な人物で村人の心を和ませる好々爺といった人柄だったが、今の村長は眉間に皺を寄せた難しい顔をして苦悩しているように見えた。

「実は皆の者に悪い知らせをしなければならい」

 そのような言い出しに周りがざわつきはじめる。

 今しがたまでしていた悪い予感が当たってしまいそうなことに全員が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「実はこの村が盗賊に狙われているかもしれないということだ」

「な、なんだって!」

「それは本当か村長!」

 衝撃の事実を聞いて村人達は騒然となり慌てふためく。

 村長はそれを落ち着かせて話しを続ける。

「昨日、このタルムが山に芝刈りに言った時に盗賊らしい一団が話しをしている所を偶然見かけたのだ」

 村長に紹介されて姿を現した年配の男がその時の様子を説明しはじめた。


 タルムの話しによるといつものように芝刈りに精を出していると山の奥から人の話し声がしてくるのを感じたのでそちらの方へ視線を向けるとなんとも厳つい大男とそれを率いる一団が見えたそうだ。

 最初は挨拶をしようかと思ったが先頭の大男がなんとも恐ろしく見えたのでひっそりと隠れてやり過ごすことにしたそうだ。

 そうして茂みの中で謎の一団が通り過ごそうとするのを見送っていると、彼らはタルムの潜む間近の辺りで足を止めた。

 気づかれて厄介ごと巻き込まれそうだと思ったが、その後に聞こえて来た彼らの話し声でそれが違うということがわかった。

「へへへ、お頭、あんな所に村がありやすぜ!」

「おう本当だ。良く見つけたな」

 タルムと謎の一団のいるあたりはちょうど開けていて村が一望できるようになっていた。

「ちょうどいい。そろそろ懐が淋しくなってきたから、次はあの村を襲うとするか!」

「そいつはいいや」

「久しぶりの獲物だ腕がなるぜ!」

 お頭と呼ばれた先頭の大男の言葉に周りの男たちも賛同する。

 とても物騒なことを楽しそうに笑って言い合っている彼らの姿を見て、タルムは彼らが盗賊だということを確信した。

「ようし、そうと決まれば他の手下達にも声をかけろ!」

「合点承知でやす!」

 今、目の前にいる盗賊の一団は20人前後の人数がいるのが見て取れた。

 それがさらに増えるのを知ってタルムは絶望的な気分になった。

 その後、彼らはバカ笑いをしながら襲撃の段取りを話し合い、その場から立ち去っていった。

 とんでもない話しを聞いてしまい、しばらくその場にうずくまって震えていたタルムだったが、盗賊達がいなくなったのを確認した後、急いで山を駆け下りて村長の所に知らせにきたのだ。


 衝撃的な話しを聞き終えた村人達はしばし呆然としていたが正気を取り戻すと慌てふためき取り乱しはじめた。

「ど、どうすればいいだ!?」

「そんなの解る訳ねえべさ」

「は、早くここから逃げよう!」

 このような感じで動揺している村人達を村長はいさめて静め、落ち着いた所で話しを続けた。

「ワシはこのことをセルパの街に知らせて助けを求めようと思う」

 村長の言うセルパとは毎年、村の子供達が天恵を授けてもらいに行く街のことだ。

 この近隣で一番大きな街なので兵士や腕のいいハンターが沢山いるのだ。

 もちろんこの村にもハンターはいるが数は少なく4,5人程度しかいない。

 この世界の人間は天恵という特殊な力を持つことができるが、それが必ずしも戦闘に役立つものとは限らない。

 なによりも天恵は持っているだけでは意味はなく鍛えて成長させて初めて意味をなすのだ。

 例えば【火】という天恵を持つものがいるとしよう。

 ただ漠然と持っているだけでは竃に火をつけることしかできないが、使い続け成長させていくと、それは火の玉や炎の壁といった形に進化していくのだ。

 レクトの住むヤツルト村は今まで平和で出現するモンスターも数と種類が少ないため村人も天恵を鍛えようと思う者は少なかった。

 そのためハンターの数も少なく、天恵を持たない喪失者に対する偏見もなかったのだ。


 村長の提案に従い村のハンターの一人が使者として街へと向かうのが決まった。

 出発するのは盗賊の目を避けるために夜明け前と決まった。

「頼んだぞ。デレク」

「任せろ村長!」

 村長から手紙を受け取った髭面の大男が胸を叩いて答える。

 この男はデレクと言い、【剛腕】の天恵を持って大斧を振るう凄腕のハンターだった。

 デレクの自慢の怪力なら盗賊相手でも不覚をとることはないだろうと思い、村長が使者として選んだのだ。

「それじゃ、行ってくるぜ!」

 村人達の希望を背負って力強い足取りでデレクは旅立っていった。


 しかしデレクはその日の内に帰って来た。もの言わぬ骸となって。


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