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「父さん。このウサギを飼いたい!」
家に帰ったレクトは開口一番、父親にそう言った。
「わかった」
明日のために農具の手入れをしていた父親はレクトの抱きかかえるウサギをチラリと見た後、特に訳を聞くこともせずに了承し再び作業を続けた。
「またあの男のところにいっていたのか!」
そんな父親とは対照的に怒った様子を見せるのはレクトの兄だ。
レクトの家族は両親の他に二人の兄と、レクトが儀式を受けた後に生まれた妹の計6人家族であった。
今、レクトに声をかけたのは長兄のライドで背が高くガッシリとした体格をしている。
彼はレクトが毎日通っているジェイドのことをとても胡散臭そうに見ていた。
それこそ詐欺師かならず者を見るような目で。
「あんな胡散臭い男の所に行くのはやめろといつも言っているだろ」
「兄さん。師匠のことを悪く言うのはやめてくれ」
「何だと!オレはお前のことを心配して言っているんだぞ!」
尊敬する師匠であるジェイドのことを悪く言われたレクトは不機嫌な顔をして兄ライドに反論する。
弟のレクトがおとなしく言うことを聞かずに反論してきたのでライドは激情にかられて拳を振り上げようとする。
レクト達の兄弟仲は悪くないほうなのだがジェイドのことでしばし意見が割れることがあった。
「二人ともやめようよ!」
そこをヒョロリとした優男が止めにかかる。
これは次男のラルクトだ。
彼はスラリとした体と甘いマスクで村中の娘を虜にする色男だ。
気の弱いラルクトが泣きそうな顔で必死に止めに入るのを見て二人は興が冷めた感じで矛を収めた。
その後、ライドは父と一緒に農具の手入れを行い、ラルクトは母の手伝いで夕食の準備をし、レクトはおすそ分けしてもらったイノシシとクマの肉を父に渡した。
夕食の後にウサギと一緒に妹をあやしていたレクトの元に母親が近づき手にしていた物を見せる。
「レクト。あなたに頼まれていたものができたけどこれでいいのかしら?」
そう言って手渡されたのは一枚のシャツだった。
ただしこのシャツには普通とは異なる点がある。それは無数のポケットが前にも後ろにもついていた。
「うん。ありがとう。母さん」
奇妙なシャツを受け取ったレクトはそれを受け取ると今日はもう寝ることにした。
開けて翌日、農作業と鍛錬を終えたレクトは手土産を持って村の鍛冶屋の元を訪れていた。
「おっちゃん、お願いしたものを取りに来たよ!」
鎚を振るういかつい顔をした鍛冶屋の主人にレクトは呼びかける。
「おう、ぼうずか」
呼びかけられた主人は鎚を振るう手を休め、店の奥へとおもむいてから何かが入った袋を持って来た。
「ほらよ。何に使うかは知らないが大事に使えよ」
「ありがとう。おっちゃん!」
目的の物を受け取ったレクトは代金代わりの手みやげを鍛冶屋の主に渡した。
レクトが渡したのは昨日仕留めたイノシシとクマの肉だ。
この世界にも様々な貨幣が存在するが、レクトのいるヤツルト村は地方の片田舎なので物々交換での支払いも普通に行われていた。
レクトは受け取った袋を重そうに持ち上げてそそくさと家へと帰り着いた。
家に帰り着いたレクトは隠れるように隅へと引っ込み袋の中の物をぶちまけた。
ガチャガチャとこうるさい音を立てて出て来たのは無数の金属板であった。
手のひら位の大きさと太さを持つそれらをレクトは、昨日母親からもらったシャツの全てのポケットに入れていく。
「よし!」
金属板が入ってズッシリと重くなったシャツを着込んでレクトは表へと出る。
納屋からスコップを取り出したレクトは自分の腰くらいの穴を掘って中へと入る。
「ハッ!」
それから気合いの入ったかけ声と共に穴から飛び出した。
穴から飛んで出たレクトは再び穴に入って、またジャンプするを繰り返す。
レクトが今やっているのは師匠であるジェイドから教わった鍛錬法の一つである。
自分の掘った穴から飛び出して身体能力を高めようというものだ。
そしてレクトが着込んでいるシャツもジェイドの話しを参考にして作ってもらったものだ。
金属板を入れて重くして体の負荷を大きくすることで、さらに鍛錬効果を高めようとしたのだ。
決して簡易的な鎧と言う物ではないので、重りに使っている金属も鉄ではなく鉛になっていた。
そうやってしばらく鍛錬を続けていると何者かの視線に気づいたので、気配のするほうへ視線を向けるとそこには一羽のウサギが穴の淵からレクトを眺めていた。
「一緒にやるかポップ?」
それはレクトが昨日拾って来たブレーダラビだった。
ポップと名付けられたこのウサギは今日一日家にいて、幼いレクトの妹の遊び相手をしていた。
家族にはポップがモンスターであることは伝えていないので誰も危険だと思わずに子供のお守りを任せていた。
ポップのほうも嫌がる素振りを見せること無く幼子をかまってあげていた。
レクトに呼びかけられたポップは弾むように飛び上がって胸元に跳び掛かる。
そんなポップをレクトは見事に受け止め抱きかかえ頭をなでる。
一日の大半を留守番で過ごしていたせいか飼い主(?)にかまってもらえて嬉しそうに見える。
こうしてレクトとポップは日が落ちるまで共に鍛錬を続けた。
次の日の朝練はレクトはポップと連れ立ってやってきた。
「師匠。ポップもオレと同じように鍛えてください!」
「……いいだろう」
レクトは礼儀正しく頭を下げて御願いする。
一緒にいるポップも言葉はしゃべれないが同様に頭を下げる。
弟子が懇願する姿を見たジェイドは、いつもの不満そうな顔で二人を見つめた後、とくにつっこむことなく了承した。
「オレの修行は厳しいぞ。たとえ見た目が愛玩動物でも容赦はしない!覚悟はできているか!」
相手がウサギであっても馬鹿にした態度をとることなく、ジェイドは真剣な眼差しで覚悟と意気込みを問いかける。
その言葉を聞いたポップは表情に迷いを見せることなく静かに力強くうなずいた。
ポップがレクトと共に修行することになったのは昨日、レクトがポップにかけた何気ない一言からだった。
鍛錬を終えて穴を埋め戻している時に「一緒に師匠の元で修行をするか?」とレクトは聞いて見た。
するとポップは立ち上がって確かにうなずいたのだ。
念のため再度尋ねて見たらさっきと同様にうなずいたのでペットを飼う人の錯覚ではないことは確かだった。
こうして新たな弟子としてブレーダラビのポップが加わったが、ポップはウサギであるため剣も槍も持てない。
そのためジェイドは妖斬流から派生した格闘術をポップに教えることにした。