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<4>

 レクトは目の前で戦いの構えを見せるウサギをモンスターと認識して木刀を構えた。

 師匠のジェイドが指摘して相手が正体を現さなければもしかしてアマルグマの次にやられていたのは自分だったかもしれないとレクトは内心冷や汗をかくような思いをしていた。

 レクトが目の前のウサギがモンスターだと気づかなかったのは、この世界にウサギのモンスターがいなかったからというものではない。

 ウサギ型のモンスターでブレーダラビというのが実はいるにもかかわらず、その可能性に気づけなかった。

 それがなぜなのかというとブレーダラビは普通のウサギと同様に臆病で、危険を察知すると一目散に逃げ出すような生き物だ。

 追いつめられて逃げ切れなくなった時に【噛みつき】の異能を使って相手の首筋に噛みついて致命傷を与えるという生体をしている。

 そのような能力があればアマルグマぐらい倒せそうだが、アマルグマにも【堅牢】という異能で防御力を高めているのでブレーダラビ程度の噛みつきでは毛皮を傷つけることは出来ないのだ。

 それに、このアマルグマは血反吐は吐いていても首筋を噛みちぎられた形跡が見当たらないのでブレーダラビの攻撃で死んだとは到底思う事ができなかった。

 そのためアマルグマを倒したのがこのウサギだと思う事ができなかったのだ。

 だが今はそのような思いをレクトは改めていた。

 強烈な殺意を向けてくるこのウサギをレクトは凶悪なモンスターと認識していた。

 それも経験をつんで多くの異能を習得した手だれの相手だということも。

 モンスターの持つ異能を知るには【識別】の天恵を持っていないとわからないが、それでも十個近い数の異能を持っているのではないかとレクトは予測していた。

 レクトとウサギとの距離はおおよそ20デュメル(20メートル)あり、その中間にはアマルグマの死体が転がっている。

 このまま前に駆け出せばまず間違い無くアマルグマの死体が邪魔になり、死体を飛び越えた瞬間生じた隙が致命傷にならないかと危惧してしまう。

 そのためレクトは真っ直ぐに突き進むことはせずすり足で右へ一歩進む。

 そうするとウサギのほうもそれに倣うように右へと足を進める。

 そこからさらに一歩右へと足を運べばウサギも似たような足さばきで右へと進む。

 そうやってゆっくりと旋回しながらレクトとウサギは間合いをつめていった。

 そして遂につま先にアマルグマの死体が触れるか触れないかという距離まで近づいた所で双方共に足を止める。

 これ以上近づくには目の前の巨体を飛び越えねばならぬがお互いそれが出来ずに膠着してしまう。

 跳び掛かりながら斬りつければいいようにも見えるが、そのようなことをすればかわされて返り討ちに合う事は用意に想像ができた。

 レクトはこのウサギをそれほどの使い手と認識して相対してきた。

 それに対して向こうも動きを見せないのは、迂闊に動けばレクトが想像していることが自分の身にも降りかかると察してのことだろう。

 そのためレクトとウサギは数分間睨み合うことになる。

 クマの頭側からレクトが、尻尾側からウサギが静かに火花を散らしながら息をのむように視線を交差させる。

 そういった無言の攻防がしばらく続いた後、冷や汗の浮かぶ顔をしたレクトは意を決した表情となり正眼の構えをといて納刀する動作を見せて木刀を腰へと戻す。

 そして右手を柄にかけたまま大地を強く踏み込んで駆け出した。

 このまま無言で睨み合っていても埒が明かないと思ったレクトは自分が先に動くことで停滞していた状況を変えることにした。

 そのため大きなクマの死体を一足で飛び越え一気に間合いをつめる。

 ウサギもそれに合わせて動き出しレクトの一撃に対してカウンターを合わせる。

 だがレクトは必殺の間合いに入っても木刀を振り抜かず、ウサギの頭上を大きく飛び越えた。

 レクトからの一か八かの攻撃が来るものと思っていたらしいウサギは反射的に拳を突き出して空振りしてしまい無防備な背中をさらしてしまった。

「妖斬流【裂空牙斬】!」

 一瞬の攻防で見せた最大の好機にレクトは全力の一撃を撃ち込む。

 妖斬流の奥義の一つ。抜刀術により刹那の攻撃を繰り出す【裂空牙斬】は狙い違わずウサギの胴を打ち据えた。

 木刀による激しい打撃に襲われたウサギは剣撃のままに吹き飛ばされ生い茂る木々の一つに衝突した。

 大きく木刀を振り抜いた姿勢のままウサギの軌道を追っていたレクトは、ウサギの体が地面に落ちても油断せず正眼の構えをとって慎重に近づいていく。

 そろそろと近づいて行っても地面に横たわったウサギは動く気配を見せない。

 一見したところ死んでいるのかと思われる。

 だがレクトは油断することはなく充分な間合いに入ると止めの攻撃を突き入れた。


 ドスッ!

 

 木刀の刀身は地面に突き刺さる。

 これは明後日の方向に剣を振るったからではなく木刀が撃ち込まれる寸前にウサギが起き上がり目にも止まらぬ早さで動いたためだ。

 反撃に備えていたレクトは慌てることなく体勢を整え再びウサギと戦う構えをとる。

 しかしこのまま第二戦へと移ることはなかった。

 レクトからの止めの一撃をかわしたウサギはそれが限界だったのか脇腹を抑え膝をついて項垂れていた。

 もはやそこにはアマルグマを倒した覇気はなく狩られるのを待つだけの獲物の姿があった。

 そのような哀愁の漂う姿をさらすウサギの元にレクトは油断せず厳しい眼差しで近づいて行く。

 いつでも木刀を振り下ろせる距離まで近づいたレクトは一気に剣を振り下ろすことはせず肩で息をするウサギとしばし視線をかわしていた。

 無言の会話がしばらく続いた後、レクトは構えをとき木刀を納めて膝をついた。そしてウサギに向かって右手を差し出した。

 鼻をひくつかせながら目の前に出された手を見つめていたウサギは同じように右手を差し出しそのままガッチリと握手した。

「……」

 熱い握手かわしたレクトは静かにうなずくとウサギを抱きかかえて立ち上がる。

「師匠。オレはこのウサギを仲間にしたいです!」

「そうか」

 激しくも一瞬の攻防を繰り広げた相手に対して何か共感するものを感じたレクトはウサギと友誼を交わすことをつげた。

 それを聞いたジェイドも特にツッコミを入れることはせずにいつも通りの仏頂面で聞き入れた。

 そしてウサギのことにはこれ以上興味を示すことはせずアマルグマの死体へと近づいていく。

「しかたがないか」

 しばらくアマルグマを見つめた後、面倒くさそうな顔で地面を軽く踏みつける。

 するとジェイドの足下から黒いシミののようなものが広がりアマルグマの全身を覆う。そして当のアマルグマは黒いシミの中へと体を沈み込ませて姿を隠してしまった。

 それから黒いシミはあっという間に収束しジェイドの影に紛れて見えなくなってしまった。

 ファングブルに続いて大きなアマルグマの死体を持ち帰るのは大変だと思ったジェイドは超常の力を使って異空間へと収納したのだ。

 それからジェイドはレクトの元に近づいて抱き上げていたウサギにそっと触れる。

 するとウサギの体がほんのりと輝き悪かった顔色もよくなっていった。

 ジェイドの持つ超常の力には軽い治癒の効果を持つものあるので、それを使ってレクトとの戦いで傷ついたウサギを癒したのだ。

「いくぞ」

 ウサギが回復したのを確認したジェイドはレクトを促して縛り上げたファングブルの元へ戻る。

 こちらのほうは楽をせずに二人で担いで運ぶことにした。

 ジェイドは訓練以外では滅多に超常の力を使おうとはしなかった。

 そのため日常生活は庶民と変わらない生活をしていた。

 すごい力を持ちながら何故一般人と変わらない生活様式をしているのか疑問に思ったレクトはそのことをジェイドに尋ねたらこのような答えを返って来た。


「便利なものに馴れすぎると人間堕落するものだ」


 ジェイド・カーシスにとって日常とは安寧ではなく修行の一環なのであった。

 そのことを理解したレクトは師への尊敬の念をさらに深めた。


 今回は特別にアマルグマだけ異空間に収納することにしファングブルは担ぐことにした。

 口には出さないが強敵を倒したご褒美のつもりで今日は少しだけ楽をした。

 それからジェイドの家までついたところでイノシシとクマの肉をおすそ分けしてもらってから家路に着いた。


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