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「でぇいやぁぁぁぁぁぁぁ!」
裂帛の気合いを込めてレクトは目の前のモンスターに向かって強烈な突きを繰り出す。
レクトの本へ猛烈な突進を繰り出していた大猪はそれをまともにうけて大ダメージをうける。
練気により高められた攻撃力とカウンターにより木刀の打撃でありながらモンスターは頭蓋を砕かれ脳漿を撒き散らして絶命した。
四本牙の猪のモンスター、ファングブルが事切れたのを確認したレクトは、それでも気をぬかずに脳にめり込んだ木刀を引き抜いて行く。
そして周りの安全を確認し終えてから背後にいるジェイドに戦果を報告する。
「やりました師匠!」
レクトの歓喜の声を聞いたジェイドはいつも通りの仏頂面で腕を組んだ姿勢を崩さずに静かにうなずく。
「よくやった。三ツ星つくらいのモンスターならなんとか倒せるようになったな」
ジェイドの言う星とはモンスターの強さを表す指標の一つで持っている異能の数を指し示しているものだ。
異能とはモンスターと野生動物を区分けする者である。この世界では異能と呼ばれる特殊能力を持つ怪物のことをモンスターと呼んでいるのだ。
モンスターの持つ異能は大別して二つに分けることができる。
それはその種が生まれながら持っている先天的異能と長年の経験で発言する後天的異能とにだ。
先ほどレクトが倒したファングブルは先天的異能として【突進】という体当たり攻撃に補正が入る異能を生まれながら持っているが、この個体にはさらに牙による攻撃力を上げる【刺突】と移動力を上げる【加速】という異能を持っていた。
生まれた時は【突進】しか持っていなかったファングブルも長く生きて生存競争に打ち勝っていくうちに【刺突】と【加速】の二つの異能を発言させるようになったのだ。
なお先天的異能は種によってどのようなものを持っているかは固定されているが後天的異能はどのようなものが発言するかは決まっていないので個体によって千差万別だ。
この先ファングブルともう一度出会っても今回倒した個体と同じ数と種類の異能を持っているとは限らず、同じだと決めつけて戦いを挑めば手痛いしっぺ返しをくらうことになるだろう。
レクトは仕留めたファングブルを血抜きをする為に木にぶらさげた。
モンスターと言っても肉や皮は普通の動物のように食べることも加工することもできる。
むしろモンスターを素材とした食料品や加工品は普通の野生動物を原料にしたものより味や栄養価、品質といったものが高い者が作り出せる。
だがモンスターを狩るのは危険をともなう。己の力が及ばなければ瞬く間に返り討ちにあうほどに。
そのためモンスターを狩るハンターはどこの市町村でも憧れの対象となっていた。
レクトも同様にハンターに憧れていた一人である。
天恵を持たぬ喪失者になってしまったが今はジェイド・カーシスという最高の師に出会うことができ、そのおかげでモンスターを狩る事ができるようになれた。
今ではレクトは師であるジェイドに深い感謝と畏敬の念を抱いていた、
地面に滴り落ちる血がなくなり血抜きが終わるのを見定めたレクトはファングブルの死体を降ろした。
持って来た棒に両脚を結わえてジェイドと共に運び出そうとした時、森の置くから耳をつんざくような獣の雄叫びが聞こえて来た。
「グオオオォー!」
さらに続いて周囲の木々を薙ぎ払う轟音と驚き逃げ惑う小動物達の鳴き声。
レクト達は今まさに狩った獲物を持ち上げようとしていた手を止め目配せした後、互いに音のしたほうへと視線を向ける。
そんな瞬間的な行動をした後、さらに急展開をするように先ほどのものと同じと思われる獣が断末魔のようなうなり声を放つと同時に巨体と思われる何かが勢いよく倒れ込む音が響いた。
「いくぞ!」
ジェイドの言葉に促されてレクトは異変のおきた現場へと足を向ける事にした。
慎重かつ急ぎ足で向かったレクト達が見たものは薙ぎ払われた木々とその中央で白目をむいて倒れている大きなクマだった。
「こ、これは!?」
レクトは目の前で倒れているクマがどれほどの強敵なのを知り、なおかつそれを倒した相手がどれほどの強敵なのかを創造して身震いする。
この場で倒れているのは野生のクマなどではなく凶悪なモンスターのクマだ。
名前はアマルグマ。全身を青い毛並みで覆った凶暴なクマだ。
アマルグマは【剛腕】【堅牢】【威圧】の三つの先天的異能を持つ手強いモンスターだ。
生まれた時から攻守に優れた能力を持ち、ベテランのハンターでも4人以上のパーティーを組まなければ狩る事は難しいとされている。
そのためこのモンスターから得られる素材は滋養も希少性も高いものとなっている。
そのような恐ろしいモンスターが血反吐を吐いて倒れていた。
「これは一体!?」
ここいらではめったに見かけないモンスターがあり得ない事に何者かに襲われて倒れている。
そのような異常事態にレクトは背筋に悪寒が走るのを感じた。
アマルグマ一頭だけでも村に甚大な被害をだしかねない相手なのにそれを上回る脅威がすぐそばにいる。
そう思うと体が震え出すのもしょうがないことだった。
ガサガサ
目の前の出来事に戦慄をしているとアマルグマが倒れている奥の茂みから物音が聞こえて来た。
それを耳にしたレクトは呆然としていた頭の中を切り替えて即座に木刀を構えて戦闘態勢をとる。
油断無く見つめる茂みの奥から何かが姿を現した。
「あれはっ!」
心臓が高鳴って行くのを意識しながら待ち構え姿を現したものを見てレクトは驚きの声を上げる。
そこに現れたのは一羽のウサギだった。
極度の緊張から過剰な反応をしたレクトだったが現れたのがウサギだと理解すると気が抜けて構えを解こうとした。
「レクト!」
だがそこで後ろにいるジェイドから叱責するような声が浴びせられレクトは慌てて戦闘態勢とる。
「いついかなる時も油断すなと言ったはずだ」
「はい。すいません。師匠」
いつものように腕を組んで不機嫌そうな顔をしているジェイドからの指導でレクトは周りの気配を探って行く。
しかし目の前にいるウサギ以外には生き物の気配は感じられず、それでいて師匠のジェイドはアマルグマを襲った犯人がどこにいるのかわかっているらしく、あのような姿勢でありながらいつでも迎え撃てるように身構えている。
そんなジェイドを見習ってレクトも周囲を見渡して見るがクマのモンスターを倒せるような怪物を見つける事はできなかった。
「気づいてないようだな」
長いようで短い数分がすぎてからジェイドがつぶやく。
ジェイドの言うとおりレクトはアマルグマを倒した謎の襲撃者が何者なのか全く見当がつかないでいた。
「そのクマを倒したのはそこのウサギだ」
「ええっ!?」
意外な襲撃者の正体を聞いてレクトは驚き、目を大きく見開いて目の前のウサギを凝視する。
全身が茶色く両手と両脚の先が白いというどこにでもいそうなウサギがそこにはいた。
「うまく気配を殺して正体を隠していたようだがオレの目はごまかせんぞ!」
そう言ったあとジェイドの右手がかすかにぶれる。
そしてヒュンと風を切る音がしたあと地面に棒手裏剣が突き刺さっていた。
ジェイドが素早い動作で棒手裏剣を投擲したが地面に刺さったのは狙いを外したからではない。相手がかわしたのだ。
ジェイドの投擲に素早く反応したウサギは飛び上がって見事にかわす。
そして地面に着地したウサギは二本足で立ち上がり戦いの構えをとる。
それと同時に濃密な殺気がジェイドの元へと放たれた。
「くっ!」
ウサギが放つ重圧感にレクトは顔をしかめ後ずさる。
後ろにいるジェイドはしかめっ面で腕組みをした姿勢を崩さずしっかりと相手を見つめている。
「レクト」
「はい、師匠」
「あのウサギはお前が仕留めろ」
ウサギからのプレッシャーで冷や汗を流しているレクトに向かってジェイドはウサギを討つよう命じる。
「わかりました」
ジェイドの言葉にレクトは迷う事無く了承の意志を示す。
凶悪なクマのモンスターを倒した謎の怪物を相手取ることを命じられたレクトには悲壮感や絶望感はない。
なぜなら師であるジェイドは無茶なことは言っても無理を押し付けるような人間ではないことを三年もの間指導を受けていてわかっていたからだ。
今回もレクトに勝算があると確信したからこそあのウサギを修行の相手として選んだのだろう。
そう思ったレクトは静かに闘志を燃やしながら慎重にウサギとの間合いをつめていった。