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夏の盛りのギラギラとした太陽のもと、人里離れた草原で二人の男が対峙していた。
一人は木刀を正眼に構えて向かい合う相手の隙をうかがっている。
彼は天恵を持たない喪失者となってしまった不運の少年レクト。
もう一人は少年の正面に立ち腕を組み不機嫌そうな顔でレクトを睨んでいた。
一見して隙だらけに見えて一部の隙も見せない立ち居姿を見せるこの人物こそ、レクトにモンスターと戦うための剣術、妖斬流を教える謎の剣士。その名をジェイド・カーシスという。
レクトはジェイドと出会い弟子入りしてから三年の月日が流れ今や十三歳となった。
出会った頃の泣きべそをかいていた情けない顔は鳴りを潜め、今や猛禽類を思わせるような盛観な顔つきとなっていた。
「お願いします。師匠!」
木刀を構えて戦闘準備を終えたレクトは師匠であるジェイドに今日の鍛錬を申し込む。
気合いの入った掛け声を聞いたジェイドは返事をする変わりに右足を一歩前へと進める。
ドン
特に力が入っているようには見えない踏み込みだったが、その静かな一歩を大地に踏みしめたと同時に足が着いた先からレクトがいるほうに向かって地面に亀裂がはいり間をおかずして凄いいきおいで大地が裂ける。
前触れもなくおこった不可解な現象にレクトは慌てることなく体を右へと踊らせて難なくかわす。
だがレクトを襲う不可解な現象はこれで終わりではなかった。
今度はジェイドの目の前に人の頭ぐらいの大きさの光球が出現する。
ほんのりとした明かりに心が温まりそうになるが、この光球はレクトに襲いかかる立派な凶器だった。
シュババババ
光球からは8本の光線が発射されレクトの身を貫こうと真っ直ぐ飛来する。
レクトはそれらを全て見切ってかわしていくが、それで危機を回避したことにはならず屈折しながら軌道を変えて再びレクトの本へと襲いかかる。
「ヤアァァァァァ!」
背後から再度襲い来る光線をレクトは雄叫びをあげながら木刀を振るい撃ち落として行く。
光線が木刀に当たる度に小さな爆発が起こるが、それでも折れることなく八本全てを迎撃し終える。
どれか一発でも当たれば大ケガしかねない威力がある光線だったが、それらを全て捌く事ができたのは木刀にレクトが練り上げた気をまとわせていたからだ。
レクトがジェイドから教えを受けている妖斬流とは呼吸法によって練り上げた気を用いて戦う気闘法の剣術なのだ。
地割れと光線という二つの攻撃を凌いでもジェイドからの超常な力に寄る攻撃はまだまだ続く。
爆発する火球、鋭く貫く氷の槍、足下から湧き出て全身を飲み込もうとする水柱、浴びれば一瞬で黒こげにされる雷撃。
とても訓練とは思えない威力を持つ攻撃をジェイドは次々と放って行く。
人がこのような力を扱えるのは創造の女神から天恵という特殊な力を授かるためだが、それでも大部分の人が一つしか持っていないものであり、極稀に二つ以上持つ者が現れる。
そいう人は女神に愛されし者として人々から尊敬されることになるのだ。
それはもう身分違いの恋が成就するくらいに。
だがジェイドはレクトとの鍛錬に百以上の超常の力を行使し続けてきた。
世界の常識からするとジェイドはかなり異常と言えるだろう。
そのことに疑問を感じたレクトが好奇心を押さえる事無く尋ねてみるととんでもない答えが返って来た。
『オレは天恵など使っていない』
では今までジェイドがレクトに見せていた力は何だったのかと頭を混乱させながら聞いてみると、さらに意外な答えが返って来た。
『世の中には天恵でも異能でもない超常の力が存在している。オレはその力をふるう方法を学んで身に着けただけだ』
その答えを聞いた時レクトの心に衝撃が走った。
学んで身につける事が出来る天恵に勝るとも劣らない力があるということを。
喪失者というハンデを抱えているレクトにその事実は福音に聞こえどうしても学びたいという衝動にかられた。
自分の欲望に忠実にその力を教えて欲しいと言いそうになったが、それは寸前の所で思いとどまった。
なぜなら興奮して身を乗り出したレクトを見るジェイドの眼差しがどこか冷ややかで軽蔑しているかの様に感じられたからだ。
ひょっとしたらそれはレクトの勘違いだったかもしれない。
頼めばさらなる未知の知識を授かったかもしれない。
だがレクトはあの出会いの時、ジェイドから退魔の技を習得して剣技だけでモンスターを狩るハンターになることを選んだのだ。
その志を思い出し曲げようとしたことを恥じたレクトは一層修練に身を入れ、ジェイドの行使する超常の力については一切突っ込むようなことはしなかった。
ジェイドとレクトの最初の立ち位置は約100デュメル(100メートル)ほどであったが、ジェイドの繰り出す尋常ではない攻撃を捌き続けるうちにそれは少しずつ縮まっていった。
彼我の距離が10デュメルをきり、レクトの剣の間合いまで近づくことができた。
そこから上段に剣を構え必殺の一撃を繰り出そうとした瞬間、目の前に炎の壁が出現する。
咄嗟の出来事ではあったが、長年鍛え上げた反射神経でその身を焼き付くさんとする猛火をかわして、さらに懐の奥深くに踏み込んで行く。
「でりゃぁぁぁぁぁ!」
全身をバネにして繰り出した渾身の一撃を喉元に突きつける。
今日こそは決まったかと内心ほくそ笑むのもつかの間、その勢いは突然止められレクトはその場で足踏みすることとなる。
何が起こったのかと目を凝らしてみると顕現された炎の壁をかわして死角から撃ち込んだはずの攻撃はジェイドに切っ先を掴まれ防がれていた。
それもレクトのほうには目を向けず正面にある燃え猛る炎の壁を見据えたままで。
「くっ!」
自信のある攻撃が無効化され焦ったレクトはジェイドの手から木刀を取り戻そうと必死になって力を込めるがびくともせず、そのため余計に焦って醜態を見せ始める。
そうしている内にジェイドの瞳がレクトのほうをギロリと睨みつける。
顔を紅潮させて四苦八苦していたレクトは、その眼差し射竦められそのまま思考も動作も硬直してしまう。
むろんそのような隙になにもしないほどにジェイドは甘くなく、そのまま木刀ごとレクトの体を引き寄せ、その勢いのまま鳩尾に膝をいれてから組み伏せて動けなくしてしまった。
「まっ、まいりました」
腹を蹴られた痛みと腕の間接を極められた痛みに苦悶の表情を浮かべながらレクトは降参した。
「何故負けたかわかるか?」
拘束をときながらジェイドはそのま反省会を行う。
「剣を取られた時に躍起になってしまいました」
深呼吸して気分を落ち着けてから、しばし今しがたの戦いを反芻してからレクトは答えた。
「そうだ」
レクトの答えにいつもの不機嫌そうな顔を崩さず注意点を述べて行く。
「武器というものは武人にとってはなくてはならない相棒だ。だがそれと同時に使い続ければ劣化する消耗品でもある。愛用の武器を大事にすることは間違ってはいないが度が過ぎればそれが弱点になることもある。だからあの場面では手にした武器にこだわらず、別の攻撃手段を用いるべきだったな」
ジェイドの指摘にレクトはシュンとなって反省する。
「武器は一つではなく複数持てと前から言っている。今おまえの手持ちの武器はどんなのがある?」
そう聞かれてレクトは体のあちこちをまさぐって幾つかの短剣を取り出す。
「はい、短剣が5,6本です」
「手始めにそれくらいあれば足りるだろう」
ジェイドにそのように言っているがレクトはこれでは心もとないような気がしている。
なぜなら以前ジェイドが隠し持っている武器の数々を見せてもらったことがあるからだ。
ジェイドは衣服のあちらこちらか百をこえる数の武器を取り出して山積みにしていた。
それを見ていたレクトはそれだけの数の武器を何故隠し持つことができるのか疑問に思い聞いてみることにしたら『興味があるのなら教えるぞ』と言ってくれたので、ありがたく教えてもらうことにした。
そのおかげで基礎的なことは習得できたので先ほど述べた数の短剣を隠し持つことができるようになった。
「朝の鍛錬はここまでだ。後は畑仕事が終わった後に狩りに行く」
日課となった毎朝の鍛錬を終えて二人は村へと帰って行く。
ジェイドはレクトに剣を教えるようになってから彼の住む村で暮らすようになっていた。
普段のジェイドは無愛想な態度で村の外れに居を構え、黙々と畑を耕し続けていた。
村人との交流も最低限で、最も交流しているのが弟子のレクトといった具合である。
そのため村人達からは人付き合いの悪い変わり者と見られていた。
「それでは師匠。また昼飯の後にうかがいます」
村に入ってすぐにあるジェイドの家の前まで来たところでレクトはジェイドと別れ畑仕事のために家に戻っていった。