……第壱話 出会いと混乱のお話……
どこからか鳥の囀りが聞こえてくる……あ、これは鳶の声だ……。
何故かのほほんとした感じで意識が戻ったが、さっきの迫り来る電柱のダイジェストを思いだし、バッと頭を寄り掛からせていたハンドルから顔を起こした。
良かった……エアバッグが作動していないということはぶつかってなかったんだな。
俺は車をぶつけなかったとうことにホッとしただけで、まだ周囲の変化に気付いてすらいなかった。
「そういえばさっきのあの光は……ってここどこだよ」
ふと我に返りよくよく周りを見ると、先ほどまでいた街は姿を消し、土手と川、そして山があるだけの田舎のような風景に変わってしまっていた。
いきなり置かれた状況が変わり、俺の頭は混乱し始めた。
「え?さっきまで街中にいたのになんでこんな所にいるんだ?」
とりあえずかかったままのエンジンを切ると、車から降りた。
今どきそうないコンクリート護岸ではない河辺、そして少し離れた所を目を凝らして見ると、木製の小さな橋。
こんなところ日本にあるのか?
それよりもまず、あの状況下だったはずなのに何故自分がこんなところにいるのか、まさか無意識に運転したなんてことは有り得ない。
焦る気持ちを抑え、俺は土手を登り周囲を見渡した。そしてそこから見える光景に、唖然とするしかなかった。
「な、なんだよこれ……」
俺の目に映ったのは、結構大きな街。ただビルや電柱等は一切なく、全てが瓦屋根の木造住宅。
更に綺麗に区画された街の間を縫うように造られた道も、黒いアスファルトではなくただの土。
そして遠目でも判るのが、生活している人々全てが着物だということ。
まるで時代劇のセットの中に放り込まれた気分だ。全員が髷を結い、男は刀みたいなものを差している。
(ゆ、夢見てるとかじゃないよな?)
試しに頬っぺたを思いきりつねった。
「痛ででででっ!!」
この痛さは本物だ……自分でやったが、信じられないからといって我ながら馬鹿馬鹿しいことを試したもんだ。
土手を通る人の視線が痛い……。
と、言うよりかは俺の今の行動ではなく、何だかこの視線は妙なものを見るような視線な気がする。
実際にバッと人がいる方に振り替えると、立ち止まって俺のことを見ていた人だかりは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
中には小さく悲鳴をあげた人も……。
何でやねん。
何故悲鳴まであげて逃げたのかはわからないが、とりあえず誰かと話さないことにはここが何処なのかが全くわからない。
だが行く人行く人、声を掛けただけで逃げ出して行く。
ちょっと失礼じゃないか?
それよりも明らかに俺の髪の毛を見て逃げてないか?
そんな変なヤンキーみたいな頭髪ではないはずなのに。
暗めの茶髪、短い髪型……あの人達が目を剥いて逃げるほど変ではなく、むしろそこら辺の若いスポーツやってる感じの人と似たようなもんだが?
益々訳がわからない。
「ちょっとそこの人」
俺がまた更に混乱していると、後方から男の人の声が聞こえてきた。
誰かを呼び止めたのだろうか。とりあえず俺には関係無いだろう……。
「ちょっと聞いてるんですか?私を無視するとはいい度胸してますね」
俺が最初の声を無視すると、先ほどの声の主がそう言って俺の肩を掴んで自分の方へと俺をグルリと回した。
半回転とはいえ、勢いよく向きを変えられたため少し気持ち悪くなった。
ううっ…。
「あ、俺のことですか?」
「そうです!!あなた以外にいないでしょう」
その人は当たり前だと言わんばかりの態度だ。
なんだこの人。だけど下手に機嫌損ねるわけにはいかないか……。ここがどこか聞きたいし。
「すみません。考え事してたので……」
「全く……それよりもあなた何者ですか?異人?」
異人って……何を言ってるんだ?
「どこからどうみても俺は日本人だと思いますけど?と、言うより日本人です。どこをどう見たら外国人と間違えるんですか?」
「がいこくじん……?異人だと思う理由?その髪の毛の色です。茶色なんて日本人にはいませんしね。それよりも私の最初の質問に答えてください。あなた何者?」
さっきから話を切り出せないし、進まない。流石にイライラしてきたぞ。
つか髪の毛茶髪にしてる人見たことないのか?
これ、何かの時代劇の撮影かドッキリ?
「答えてください。それとも……答えられない理由があるとか?」
そう言ってその人は腰にある刀をゆっくりと鞘から抜いた。
「ちょっ!!そんな物騒な物出さないでくださいよ!!オモチャでもたち悪いですよ」
俺がそう言うと、はぁ!?って顔をしてきた。なんか変なこと言った?
これオモチャだろ?しっかし小道具にしてはよく出来てんな~。
ちょっとした好奇心で、俺は構えられた刀を触ってみた。
まさか触るとは思ってはいなかったらしく、彼はメンタマをひん剥いている。
だが俺が思っていたこととは違い、鋭い痛みと共に指先が切れて血が出た。
え?血?
「えぇぇぇえっ!?切れたし!?」
オモチャだと思っていた代物はまさかの本物。軽くパニックになっていると、彼は刀をしまってやれやれと言った様子で懐から布を取り出した。
「はぁ……あなたバカですか?刀なんだから切れて当たり前でしょう?それで止血してください。あ、でも質問には答えてもらいますよ」
うう、痛い目にあった……なんで本物の刀なんか持ち歩いてるんだよ。江戸時代じゃあるまいし。
まぁとりあえず質問に答えておこう。
「あ、どうも。俺?俺は鴫原勇作って言います。それよりここどこですか?何かドラマとかの撮影ですか?」
「どらま?何ですか?それ。それとここは京の都です」
へ?京?
「うん?京都?」
「京都ではなく『京』です。勇作さん、あなたはここで一体何をなさってるんですか?」
えー……なんで京都にいるんだよ。しかも古い言い方……待てよ?まさかとは思うけど……。
「えっとすいません……何さん?」
「沖田です」
「えっと沖田さん、つかぬ事を聞きますが今何年ですか?」
俺がそう聞くと、沖田と名乗った彼は訝しげな表情になった。
この反応ってもしや……。
「何を言ってるんですか。今は文久三年です。まぁ西洋歴とやらでは1863年ですが……何でですか?」
ぶ、文久ってモロ江戸時代……これってタイムスリップってやつ?
信じられん……。
「まさかまだ江戸に将軍いたりします?」
「いるもなにも今は徳川泰平の世です。まぁ今開国だのでゴタゴタしてますが。それよりあなたどこから来たんですか?そんな奇妙な成をして」
服装が変?あぁそうか、江戸時代ならこの格好なら奇妙がられるわけだ。さっきの反応納得だわ。
てかどうしよう……タイムスリップだなんて空想上の話だとばかり……。
「とりあえず勇作さん、私と一緒に屯所まで来てもらいましょうか」
「え?屯所?」
呆然としていた俺は、沖田さんの屯所と言う言葉に反応した。
「えぇ、我ら壬生浪士組の屯所にです」