……第零話 はじまりのお話……
「……よう……誠太。もう8年経ったよ?お前が失踪してからさ……」
俺はそう言って手を合わせ、閉じていた目をゆっくりと開いた。
微かな春風に揺られた線香の煙の匂いが、鼻腔を刺激した。
俺は鴫原勇作23歳。
そして俺が今いる墓に眠るのが、俺の幼馴染みの……二瓶誠太。
墓に眠ると言っても、遺骨は入っていない。要は魂なしのお墓と言うわけだ。
8年前の春……高校入学直後に失踪した誠太は、未だに見付かっていない。
だが民法の普通失踪の7年間の期間満了を迎えた去年、誠太の両親によって死亡届けが出されることとなった。
よって、ここには誠太はいない。未だに死んだのか生きているのかもわからないが、俺は後者を信じたい。
そう言いながらもこうして誠太の墓に足を運んでいる自分に矛盾を感じている。
「お前がもし失踪しないでいたら、一体今はどんな感じになってただろうな……あ、俺今年から大学院生なんだぜ?散々お前にバカだのなんだの言われてた俺が……」
どこか遠くを見るような目は、特に何かを見つめているわけではなかったが、何故かそうしてしまっていた。
今年から大学院生と言うと年齢的な計算上変に感じるだろうが、別に大学や高校を単位が取れずに留年したと言うわけではない。
単に大学3年を迎える前に、大学の友人数人と休学して1年間アメリカの大学に語学留学していたからだ。
4年になり就職も考えたが、まだまだ色々な言語を勉強したいと思い、語学系の大学院への進学を決めた。
無論英語はマスターした。今度はどの国の言葉にしようか……まだ悩んでいる。
「毎年言ってるけど……早く帰ってこいよな……一体どこに行ったんだよ……」
墓に苦笑いしながら問い掛けるも、当然応えてくれる訳もない。
突然姿を消した親友……8年経った今でもまだその喪失感は大きい。
一緒に死ぬ気で勉強して共に合格した県内屈指の進学校。また同じ学校で一緒にバカできる……そう思っていた矢先の失踪だった。
「生きてるなら早く帰ってこいよな……おばさんとおじさん、今でこそ立ち直り始めてるけど、お前が居なくなった時は見てられなかったよ……」
誠太が失踪した直後は、おばさんとおじさんはあまりのショックに人が変わってしまった。
あんなに仲の良かった俺にすら冷たくなった。おばさんの親友だった俺の母さんにも……
まぁ今でこそ正気を取り戻したから以前の様には戻ったが、それでもまだ2人の笑顔はどこか影がある。
一人息子が失踪したのだから仕方のないことだが。
「おっと……もうこんな時間だ。そろそろ帰るわ……また来るよ」
腕時計を見ると15時過ぎ……16時半から喫茶店のアルバイトが入っているのだ。
まだ持っていた花束をそえると、もう一度手を合わせて誠太の墓に背を向けて駐車場に停めた車へと戻った。
「少し急がなきゃな……」
キーをひねり、エンジンをかけてギアをDに入れ、普段よりもアクセルを強く踏み墓地をあとにした。
ゆったりと流れる街の景色。
春のポカポカした陽気のせいか、俺は車を運転しているのにも関わらずボンヤリとしていた。
少し先の道路上に猫が飛び出してきたのにも気付かずに。
ふとボンヤリした意識から我に返りしっかりと前を見ると、すぐ前に猫がいるではないか。
「ヤバい!!」
猫といえど轢くわけにもいかない。慌ててブレーキを踏みハンドルを切るが、運悪くマンホールの上でハンドルを切ったらしく、車はスリップしてコントロールを失い歩道にある電柱へと突っ込んでゆく。
「!!!!」
思わず両手で顔を覆ったその時、まっしろい光に包まれたと思えば、体を妙な浮遊感が襲った。
そう、落下するときのあの感覚だ。衝突の衝撃ではなく何故落下の感覚が自分を襲っているのか、そんなこと俺は考えている余裕もなくただ悲鳴をあげるだけしか出来なかった。
「うわぁぁぁぁあっ!!」
……。