表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一日二日一話

14/01/12 仕分け員

作者: 熊と塩

 ベルトコンベアに乗って、ダンボール箱が流れてくる。大小様々だが、いずれどの箱もくたびれている。幾つかに分岐した先で一度保持された箱を、作業員が一つ一つ開き、覗き込み、そしてシールを貼って次のコンベアに流していく。その先でまた一本に繋がり、また二股に分かれる。片方は登り、片方は下り。

「わたくし共の仕事について皆まで説明する事は無いだろう。であるからして、実際の業務を行いながら憶えて貰う。何、心配は要らない。初めのうちは何も解らぬものだ。間違えてもわたくしが訂正するから、君は君の思う様にやりたまえ」

 作業服に銀のバッチを着けた男が言い、【研修中】と打ったバッチの青年は頭を下げた。

「よろしい。では早速取りかかろう。まずはこれからだ」

 指し示された小さな箱を、青年は覗き込んだ。


 幼い女の子が泣いている。花柄のカーペットに座り込んで、顔を歪めている。

 視界がぐるりと動いて、すぐ目前に、少し皺の目立つ女の顔が迫る。怒っている。

 下を見ると、小さな手に何かが握られている。どうにもぼんやりしているが、ピンク色の、クマのぬいぐるみらしい。その左腕がだらりと、千切れかかっている。


「どんな中身だね」

 青年は顔を上げて答えた。

「どうやら、子供の頃の思い出ですね。妹か友達か、誰かのおもちゃを壊して、母親か保母に叱られている様子です」

「ふむ。顔がはっきり解るなら母親だろう。ではその思い出を、君はどうする」

 青年はちょっと考えてから答えた。

「子供の頃の失敗は、必要な思い出です」

 その回答に、教育係の男は首肯した。

「結構だ。人間は小さな失敗を積み重ねて成長し、そして今に繋げていく生き物だ」

 指示通り、青年は箱に【返送】のシールを貼ってコンベアに流した。小さな箱は登っていく。

「では次だな。よし、これにしよう」

 やや大きな箱を指差した。


 一面が白い。しかし薄く罫線が走っている。これはノートだ。

 周囲からはがやがやと声がする。黒い袖、つまり学生服を着た手がペンを走らせている。

 学校の休み時間中と思われるが、そんな時何を真剣に書き綴っているかとよく見れば、何やら西洋風の女性名と年齢、そして趣味、特技、必殺技などのプロフィールである。


 青年は顔を上げて渋い顔をした。

「中学校二年生の思い出です。これも、まあ、返送でしょうか。先程と同じパターンで、痛い思い出があった方が」

 教育係は青年が言うのを遮って、首を横に振った。

「もう少し見てみたまえ」


 びっしりと書き込んでいる途中、何者かの手でノートが奪われた。

 見上げると、取り上げた男子の顔は真っ黒に塗り潰されている。既に改竄された思い出だ。

 ノートに書いた内容を読み上げてゲラゲラと笑う。視界が外側から白く霞んでいく。

 サッと視線の動いた先に、可憐な容貌をした女子が居る。少々漫画やアニメーションの様な顔付きで、これもやはり改竄だ。その女子が苦笑いを浮かべて、チラとこちらを向くと、すぐ目を逸らした。


「これは……失恋の思い出です」

「うむ。失恋も失敗と捉えれば、良い事もあるだろう。しかし剰りにも手酷いものだった場合は考え物だ」

 そう説きながら、【廃棄】のシールを剥がして箱に貼った。

 コンベアの先で箱は下っていく。

「すみません。でも段々解ってきました」

「うむ。では次」


 暗い。真っ暗だ。目を閉じているのか、照明を落としているのか、声だけが聞こえる。

「ああ、後藤さんっ」

「秋山君、秋山君……」


 青年は慌てて顔を上げ、急いで蓋を閉じた。

「これはいけないヤツです」

「そうだな。聞こえていたよ」

 教育係は真顔で言った。

「よくある事だ。では、どうする。返送か廃棄か」

「返送でしょう」

 青年は迷い無く答えたが、教育係は腕を組んだ。

「自信たっぷりだな。ところで相手の顔は見えたのかね」

「いえ……見えませんでした」

 青年は顔を赤らめた。教育係は解りきった様子で箱の側面を指差した。

「相手の名前が書いてある。読んでみたまえ」

「はい。ええと、小林加代……あれ?」

「後藤は旧姓だ。つまり二人は結局上手く行かなかった訳だ。廃棄が妥当だろう」

「なるほど」

 廃棄のシールを貼った後、青年は少し名残惜しみながらコンベアに流した。

 青年は段々と仕事に慣れ、その後はスムーズに仕分けが進んだ。

 大学で教授に受けた嫌味、就職、仕事での成功、失敗。結婚、子供の誕生、成長、そして両親の死。

 様々な思い出を仕分けて、担当分は残り僅かになり、青年は汗を拭った。

「なかなか良い調子だ。これなら安心して後を任せられるだろう」

「ありがとうございます」

 教育係の表情に少し柔らかみが帯びて、青年は安堵した。

 その時、教育係の携帯電話が鳴った。青年に中断して待つ様に言い付け、少し離れて何事かやり取りをした後、また戻って言った。

「走馬燈編集部からクレームが入った。色気が足りないそうだ。廃棄センターに行ってくる」

 壮年の教育係の皺が、深々と疲労を物語っていた。

一日二日一話・第十三話。

やっつけ・オブ・やっつけ。

年賀状の配送を考えていて思い付いたネタ。それだけ。


走馬燈とか出しちゃうの、ちょっと安っぽいかなーと思いつつも、他に気の利いたオチが思い付かなかったでござるの巻。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ