14/01/12 仕分け員
ベルトコンベアに乗って、ダンボール箱が流れてくる。大小様々だが、いずれどの箱もくたびれている。幾つかに分岐した先で一度保持された箱を、作業員が一つ一つ開き、覗き込み、そしてシールを貼って次のコンベアに流していく。その先でまた一本に繋がり、また二股に分かれる。片方は登り、片方は下り。
「わたくし共の仕事について皆まで説明する事は無いだろう。であるからして、実際の業務を行いながら憶えて貰う。何、心配は要らない。初めのうちは何も解らぬものだ。間違えてもわたくしが訂正するから、君は君の思う様にやりたまえ」
作業服に銀のバッチを着けた男が言い、【研修中】と打ったバッチの青年は頭を下げた。
「よろしい。では早速取りかかろう。まずはこれからだ」
指し示された小さな箱を、青年は覗き込んだ。
幼い女の子が泣いている。花柄のカーペットに座り込んで、顔を歪めている。
視界がぐるりと動いて、すぐ目前に、少し皺の目立つ女の顔が迫る。怒っている。
下を見ると、小さな手に何かが握られている。どうにもぼんやりしているが、ピンク色の、クマのぬいぐるみらしい。その左腕がだらりと、千切れかかっている。
「どんな中身だね」
青年は顔を上げて答えた。
「どうやら、子供の頃の思い出ですね。妹か友達か、誰かのおもちゃを壊して、母親か保母に叱られている様子です」
「ふむ。顔がはっきり解るなら母親だろう。ではその思い出を、君はどうする」
青年はちょっと考えてから答えた。
「子供の頃の失敗は、必要な思い出です」
その回答に、教育係の男は首肯した。
「結構だ。人間は小さな失敗を積み重ねて成長し、そして今に繋げていく生き物だ」
指示通り、青年は箱に【返送】のシールを貼ってコンベアに流した。小さな箱は登っていく。
「では次だな。よし、これにしよう」
やや大きな箱を指差した。
一面が白い。しかし薄く罫線が走っている。これはノートだ。
周囲からはがやがやと声がする。黒い袖、つまり学生服を着た手がペンを走らせている。
学校の休み時間中と思われるが、そんな時何を真剣に書き綴っているかとよく見れば、何やら西洋風の女性名と年齢、そして趣味、特技、必殺技などのプロフィールである。
青年は顔を上げて渋い顔をした。
「中学校二年生の思い出です。これも、まあ、返送でしょうか。先程と同じパターンで、痛い思い出があった方が」
教育係は青年が言うのを遮って、首を横に振った。
「もう少し見てみたまえ」
びっしりと書き込んでいる途中、何者かの手でノートが奪われた。
見上げると、取り上げた男子の顔は真っ黒に塗り潰されている。既に改竄された思い出だ。
ノートに書いた内容を読み上げてゲラゲラと笑う。視界が外側から白く霞んでいく。
サッと視線の動いた先に、可憐な容貌をした女子が居る。少々漫画やアニメーションの様な顔付きで、これもやはり改竄だ。その女子が苦笑いを浮かべて、チラとこちらを向くと、すぐ目を逸らした。
「これは……失恋の思い出です」
「うむ。失恋も失敗と捉えれば、良い事もあるだろう。しかし剰りにも手酷いものだった場合は考え物だ」
そう説きながら、【廃棄】のシールを剥がして箱に貼った。
コンベアの先で箱は下っていく。
「すみません。でも段々解ってきました」
「うむ。では次」
暗い。真っ暗だ。目を閉じているのか、照明を落としているのか、声だけが聞こえる。
「ああ、後藤さんっ」
「秋山君、秋山君……」
青年は慌てて顔を上げ、急いで蓋を閉じた。
「これはいけないヤツです」
「そうだな。聞こえていたよ」
教育係は真顔で言った。
「よくある事だ。では、どうする。返送か廃棄か」
「返送でしょう」
青年は迷い無く答えたが、教育係は腕を組んだ。
「自信たっぷりだな。ところで相手の顔は見えたのかね」
「いえ……見えませんでした」
青年は顔を赤らめた。教育係は解りきった様子で箱の側面を指差した。
「相手の名前が書いてある。読んでみたまえ」
「はい。ええと、小林加代……あれ?」
「後藤は旧姓だ。つまり二人は結局上手く行かなかった訳だ。廃棄が妥当だろう」
「なるほど」
廃棄のシールを貼った後、青年は少し名残惜しみながらコンベアに流した。
青年は段々と仕事に慣れ、その後はスムーズに仕分けが進んだ。
大学で教授に受けた嫌味、就職、仕事での成功、失敗。結婚、子供の誕生、成長、そして両親の死。
様々な思い出を仕分けて、担当分は残り僅かになり、青年は汗を拭った。
「なかなか良い調子だ。これなら安心して後を任せられるだろう」
「ありがとうございます」
教育係の表情に少し柔らかみが帯びて、青年は安堵した。
その時、教育係の携帯電話が鳴った。青年に中断して待つ様に言い付け、少し離れて何事かやり取りをした後、また戻って言った。
「走馬燈編集部からクレームが入った。色気が足りないそうだ。廃棄センターに行ってくる」
壮年の教育係の皺が、深々と疲労を物語っていた。
一日二日一話・第十三話。
やっつけ・オブ・やっつけ。
年賀状の配送を考えていて思い付いたネタ。それだけ。
走馬燈とか出しちゃうの、ちょっと安っぽいかなーと思いつつも、他に気の利いたオチが思い付かなかったでござるの巻。