3.皆殺しのメロディ
「堅固な城も内側からは脆い――定番だな」
「言ってる場合ですか!」
まるでこの部屋が爆発したかのような衝撃であったが、実際は下層で起きたようだ。だが突き上げる振動は、まるで床が吹き飛んだのかとさえ疑ったほど。
大きな家具は万が一の時を想定しているのだろうが、小物や書類などは散乱し、数秒前の配置がまるで思い出せぬほどに衣替えをさせられてしまっている。
そんな事態でガランフォルテが真っ先に行ったのは、床に落ちた手紙を拾い上げ一読すること。そして、宗太へと戻す。
「君がこの手紙を託されたんだろう?」
宗太もまた手紙を一瞥すると、数字や地名、人名――ホウナ・サナックなど馴染みこそ薄いが見知った名もいくつか散見する――などが綴られていた。
カナの言っていた通り、【連星会】の資金の流れ。それも表には出だせない資金繰りを中心とした内容に属するようだ。そしてそれが帝都――特に皇帝派を害する者達であるということは、政治に疎い宗太でさえ察することができる。
そこ流れから続く話の概要だけを掻い摘めばこうだ。
『帝都内にいる反皇帝派の粛清への協力』『星都の貿易や軍事情報などの提供』から始まり、『計画戦争に於けるガランフォルテ・ヴァンスターク=オルフィスアンの大陸統一皇帝就任への助力』『その覇道への障害となる一切から、鉱物部門を始めとした賛同する十の他部門及び、カナ・セラフラーウが所属する支援団体などが尽力する』といったもの。
(支援団体ってのは『天使』や『星約者』達のことか? それともアレクセイさんや飛のことのみを指す?)
カナは『計画戦争』を制御することを示唆していた。それは『魔物』同士の殺し合いに持って行きやすくするため下地を作るためなのだろうか? それとも彼女達の何かしらの願いを叶えるためか?
「確かに私を旗頭にでもして祭り上げれば、【連星会】の商卿や君主達よりは賛同者を集めやすいな。が、当然、様々な軋轢を生むと思うのだが……」
苦笑いしつつ首を傾げるガランフォルテは、あまり乗り気には見えない。
ただそれはこの怪しげな勧誘に対してであり、大陸統一皇帝という単語には小さな反応を示していた。
「まさか、今回の襲撃者を手引きしたのは……?」
「考えられなくもないが、もしそうだとするのなら相当浅はかな考えだぞ? ましてや個人ではなく、商会の代表の銘までつけて。しかも手紙には今回の旨での脅迫をせずに、まるで無関係を装うのならなおさらだ」
「なら偶然? またはこのどちらかがタイミングを狙っていたのか……?」
「それを探るのは今ではないな。手紙の主の信用。そしてそれを託された君の信用のためにも、一刻も早く頑張るしかないんじゃないかな?」
どこか能天気――もはや他人事に近い――なガランフォルテを後押しでもするかのようにまた下位層で爆破が起こり、部屋がより散らかる。
「まあただ働きにはしないさ。私のポケとマネーから報酬は出すよ」
「でも、あなたを独りにして……」
「何。心配することはない。誰一人、ここには侵入できやしないさ」
(カナが入れなかったことに関係するのか……?)
気にはなるが、今すべきことは自分の疑問を解くことではない。それに答えを得られるかは分からぬが、訊く機会はまだある。
「では、行ってきます」
「ああ。よろしく頼んだ」
宗太はドアノブに手をかける――僅かだが緊張が走る。
理由こそ分からぬが、いくら侵されぬ領域だとしても、その出入り口が開けば入ることができるはずだ。侵入者が宗太と入れ違いざまになる可能性は拭えない。
一呼吸し、意を決し勢いよく開くと同時に身構える――が、敵影はない。すぐさま飛び出、扉を閉めた。
正面には上がった状態の昇降機がある。ガランフォルテがすぐに脱出するためか。それとも、下から這い上がってくることを警戒しての蓋の役目を成しているのか。
周囲からは気配を感じ取れない。それを証明するかのように、階下から破壊音が次々響く。
宗太は昇降機の天蓋にある脱出用ハッチを開き、天井へと昇る。
昇降機は塔の会議室がある中層階と一階にしか止まらない。具体的にどの階が襲撃されているか分からないが、中層階から上へとだいぶ駆け上がらねばならないだろう。
(下手に壊すわけにもいかねぇしな)
下を覗く。真っ暗闇で高さがまるで分からない。このまま地獄に繋がっていると言われても納得できそうだ。
スカイダイビングはもちろんのこと、バンジージャンプすらしたことがない宗太。高所恐怖症ではないが、この大陸で最も高い場所から飛び降りるのだ。いくら強化された肉体であり、対処法がいくつもあるとはいえ脚は竦む。
だが怖気、迷っている時間などない。
覚悟はあえてせず、頭を真っ白にした状態で飛び降りた。
頭を下にしての自由落下。身体中に襲いかかる未経験の衝撃に耐えながら、宗太は暗黒の中にある僅かな手がかりを見逃すまいと目を凝らす。乾き切ったその瞳で。
風を身体で感じているとはいえ、視界は一切代わり映えもなくただただ黒い。浮遊感が時間経過を増すごとに薄れていく――中、僅かばかりの光が刺さる。
「連なれよ星々――《擬蜂鳥座》!」
光が漏れるその場所に術図式が浮かび、宗太が触れると衝撃の一切を与えることなくぴたりと宙に留まった。
中層階の扉を強引に開き、喧騒と混乱の中へと入る。
真っ直ぐ伸びた廊下。その先にある会議室――と思しき部屋――は荒れてはいない。襲撃を受けたのは上の階だろうが、この階層にいる者達はみな忙しなく動いていた。
その中の一人。どうしていいか分からず、往来する人々の中でたたらを踏んでいるだけの同年代であろう男の肩を掴む。
ぎょっとするその彼に、宗太は来客証を見せつけながら言う。
「俺はオルクエンデだ! 皇帝の襲撃者を討つ命を受けた!」
「……ここから五層上が襲撃を受け――」
「分かった! ありがとう!――って、ついでに階段はどっち!?」
宗太の迫力に男やや気圧されるものの、階段があるところを指差した。
階段が潰されていないことを願いつつ、魔偽術を構成する。
「連なれよ星々――《覇脚座》!」
宗太は跳び、勢いのまま壁を走り、目的階へと駆け上げっていく。
大半の者が壁走りをする宗太の姿に、何が起こったのか理解が追いついていない様子だった。もしかしたら襲撃の延長かと思う者もいたかもしれない。
そして、五層上の階に到達すると世界は一変する。
外側の壁は内装壁材や塗装こそ剥がれているものの、破壊されている形跡はない。
だが内側。部屋のことごとくは、もはや元が何部屋あったのか。なんの部屋だった分からないくらいに壊し尽くされている。爆破による崩落のせいか、襲撃からそう時間が経っていないため埃が舞って視界が悪い。
塵埃や様々なものが焼け焦げる匂いに、血も交じっていて鼻が曲がりそうだ。もしかしたら人体に悪影響を及ぼす物質が発生しているかもしれない。
目が慣れると状況を俄かに把握できるようになる。
乱雑に。不規則に。何層にも積み重なる部屋にあったものの数々とそこにいた人々。呻き声や悲鳴。泣き声、救助を求める声など。そこに混ざる崩壊音さえも同様だ。混沌の重奏が塔内に充満する。
そこに助け出そうとする者や現状を収集する者、惨状を報告する者、パニックになる者や放心状態の者などが溢れ返っている。
テレビや新聞、インターネットたまに見る戦争や天災の光景に似ている。が、唯一違うとすれば、光の粒が所々で浮かんでいること。
魔偽術を行使する様は、まるでこの事態に救いを求める祈りのようだ。
目を背け、耳を塞ぎたくなる地獄絵図を宗太は駆け抜ける。
階段を上がり、次の階層も同じような惨劇が繰り広げられていた。
そこから上へと昇るたびに、姿形こそ違えど同じような地獄が続く。同時に、どこも似たような事態に陥っていた。
――混沌。
端々から聞こえてくる言葉にはどれも、唐突で理解する間もなく襲われた。そのようなニュアンスがこもっていた。
気にはなったものの、宗太は事態の収束を優先させることにした。
しかし、時には階段が。時には通路が潰されるなど。行く手を阻む障害が多数あり、それを克服する時間が新たなる悲劇を作っていく。
最終的に宗太は窓から塔の壁面を這い上り、ついに襲撃者がいる――であろう階層に辿り着いた。
(どうなっている……?)
瞳に映る惨禍が生まれる瞬間。目の前から通路の奥、各部屋の隅々で同時多発的に繰り広げられている殺戮の限り――
宙に飛ばされる者。壁に叩きつけられる者。地面押し潰される者……
散乱する雑具。燃え出す部屋。破壊される塔内……
そのどれもが独りでに、まるで自らの意思で実行しているかのように起きていた。
中心にあるべき殺戮者の影も形もなく、怪奇現象に襲われているよう。
(何に、どう襲われているか分からないが、実行している者は確かに存在しているはずだ!)
ある者は胸から血を噴き出し、またある者は足元が破裂する。それ以外にも頭が潰れたり、四肢が千切れるなどなど……
拡張していく死。直視できない悲惨を、目視できない何かが作り出しているのは間違いない。が、だが範囲が広すぎる。術図式も見えないため、それこそポルターガイスト現象でも発生しているのではないかと疑う。
故に〝ゴースト〟という単語が浮かんだが、ここにいる人間達がそれに気づかないとは考え難い。
(なら〝悪霊〟とでもいうのか? 本当に)
――と、唐突に視界がぶれる。息が詰まり、身体が浮遊する。
突き飛ばされた――そう理解できたのは、昇って来た階段を転げ落ちる直前だった。
(見えない敵ってのはかなり厄介――)
立ち上がり、階段を駆け上がりながら愚痴る宗太のそれが止まったのは、踊り場にそれがあったから。
もはや困惑だ。
自分の思考を徹底的に嘲笑うかのように、宗太の眼前に黒いコートを羽織り、黒色のなんら特徴のない仮面をつけた二メートルを優に超える『巨人』が立ち塞がっていたのだから。
それは疑いようなく、この事態を招いた襲撃者。
(なんで現れた!?)
コートの内側から伸びる巨木――訳が分からなかったが、それが真っ黒な腕だと気づいたのはやはり再び階段を転げ落ちた時だ。
人のものとは思えないほどの太さの腕であった。が、その割に威力は弱い。
確かに階段を転げ落ちれば致命的なけがを負う可能性は高い。要は、ただの人間だとでも思ったのか。
途端、階段が爆発。
崩落する瓦礫が宗太に迫るが、間一髪のところで脱する。
(まさか、俺を助けるために?)
見えてこそいないが、場所とタイミング的に巨人は土煙と瓦礫に埋もれてしまった可能性がある。
なら、あの巨人は何者だ?――そこに思考を割く間もなく、視界を丸々覆うほど巨大な塊が、漂う粉塵の中から飛び出す。
これまたギリギリで避けるが、後ろにいた何人かが押し潰されたのを背中で感じ取った。振り向くことができなのは、第二射が迫って来ていたから。
宗太は右腕を突き出し、魔偽術の衝撃波でそれを粉砕する。
晴れた煙の中から露わ得たのは、突き飛ばした巨人。その周囲には念動力か超能力か分からないが、大小様々な瓦礫片が浮かんでいた。
「俺を試してでもいるのか!?」
もはや直接問うて探るしかない。
だが当然のことながら返答はない。来るのは浮遊している瓦礫片だ。
宗太は浮かぶ瓦礫片ごと吹き飛ばそうと右腕を突き出して構えるが、その開いた腋が突如として爆破した。続けざまに、眉間へ四~五回ほど連続して目一杯小突かれたような衝撃が走る。それに視界がぶれたところ、止めと言わんばかりに浮いていた瓦礫片が一斉に宗太へ。
退こうとするが脚が動かない――目視不可能な何かが足の甲の上に圧し掛かっている。
「くそが!」
毒づきは当人ごと、無数の瓦礫の中に埋もれた。
◇◆◇◆◇◆
ガランフォルテは部屋の片づけなど完全に度外視し、ソファに腰をかけてコーヒーを啜る。
半ば現実逃避だが、整理整頓はこの状況において優先順位が低い。と、言い聞かせる。
(鉱商卿殿はこの謎の手紙の主とどう繋がっている?)
机の上に置かれた手紙を眺めながら独りごちる。
(手紙を渡すという口実に、ここに来る許可が欲しかったのか? それとも暗殺者をここに送るつもりだったか?)
仮にそうだとしても、手口が強引で稚拙だ。
分からぬことばかりに目を向けるのではなく、ガランフォルテは現在理解できていることから探ることにする。
だが先から〔オレイアス〕から告げられる内容は『急に部屋が爆発する』『前触れもなく人間が潰される』『どこから。何から攻撃されているのか分からない』『ポルターガイストにでも襲われているよう』など。
正気を失ったとしか思えない、もはや報告の体を成していないものばかり。
そこからさらに『〝魔人〟オルクエンデが現れるとどこからともなく、二メートルを超える巨人が現れた』とのことだ。
(だからこそ、答えは自然と限られている)
見えないからこそ、正体がくっきりと浮かぶ――攻略の糸口になるかは別として。
(庭で好き放題暴れられるのも癪だな)
この状況を利する者がおり、自分は害する部類に入るのだろう。少なからず、これを招いた者にとっては。
なら。不利益を被るというのなら、この機に便乗してこちらの利得になることをしまえばいい。
敵の狙いが分からぬ以上、たとえこれらからの行動が結果として掌の上で踊ることとなろうとも。指を咥えてじっとしているよりはよっぽど、気分が晴れる。
ガランフォルテは執務室へ移動し、帝城塔とは離れた別の場所へと繋がる専用の〔オレイアス〕を使って連絡を取る。
「侵入者は〝不知の致命〟――真星皇直属の傭兵。ムルアラド・グロッド・ヨースタイ・イウ・ジラジャジャだ」
通話先の主任は俄かに驚くが、ガランフォルテは構わず続ける。本題を伝えるために。
「予定よりは早いが、至急〝ゴブリン〟の試験運用の準備をしてくれ」
先程よりもあからさまな動揺が〔オレイアス〕越しに返って来るが、それも想定内だ。
ガランフォルテは落ち着いた口調で言う。
「何、心配する必要はない。むしろ好都合さ」
ただ自分自身が決めたことではあるものの、やはり何者のかの誘導によるものなのかもしれないという疑念は拭えない。
それでもなお、己が定めた道を誰よりも先に進まなければいけない。何よりも優先して。誰よりも毅然として。
それが覇道を敷く者――王としての義務なのだから。




