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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十三章 魔の手が伸びる時、窮地をいかに利するか
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2.ここではない、どこかへ

 ソウタが皇帝ガランフォルテとの謁見を始めた頃、ソラノアは尋問室を離れていた。

 早朝から再開したザイスグリッツの尋問は今、休憩と尋問官の交代――建前としては途中報告と、不正な取引や洗脳などへの抑止のため。だが実際は、『魔物』という化物に対していることの精神的疲弊への対処だ――の時間となっているが、そんな僅かな時間でもソラノアは独りになって落ち着きたかった。


 軍警察側には無断でザイスグリッツから離れているが、少なからずソラノアには彼が独りになって悪事を働くことはないことは分かっている。

 信頼ではなく単純に利益がないからだ。ザイスグリッツにとって。今、帝都や〝魔人〟オルクエンデ(ユキシロ・ソウタ)に離反することが。


 城壁内部から出、帝城塔から離れた正門に繋がる広場へと歩む。

 この帝城塔を囲う城壁は達磨のような形になっており、ソラノアがいる広場では軍事訓練やパレードなどが行われる。

 今は外のデモを警戒してか、正門近くに軍警察の小隊がいくつか待機していた。

 昨日の天気が嘘であったかのように今日は晴れている。それこそ、かんかん照りといっても差し支えないほど。元々、水捌けはいいのだろうが、広場には水溜りの類は一切なく完全に乾いている様子だ。


 なんとはなしに、ふと肩越しに振り返る。

 映るのは、当り前だが高くそびえる壁だ。外界を隔絶するそれはまるで『無望の霧』のよう。


(……そんな甘いものじゃないけど……)


 そんなことを考えたのはやはり、どうしてもソウタのことが引っかかるから。

 他人さえ婉曲的に指摘されるほど、彼との関係は以前とは変わってしまっている。

 解消したいとは思う。居心地が悪いというほどではないが、いいわけでもないのだから。


 昨夜、案内された部屋はソウタと同室ではあったものの。彼は早々に別室へと入ってしまった。

 朝もザイスグリッツの尋問がソウタが出かけるよりも前に始められるため、彼とはロクに顔を合わせてはいない。


(何かを隠しているのは分かるけど……)


 ソラノアに知られたくない何か。

 常にというほどでもないが、たまに推察することはある。が、所詮は妄想の類――それも自分の都合に沿った願望混じりのもの。

 だから、この考えもまた、それに近い。


(もしかしたら、『無望の霧』から帰還したのは()()()()()()()()()……)


 そうだというのなら、ソウタはもうこのアルトリエ大陸ではなく……

 ソラノアが胸中に抱いた楽観的な仮説。その結末なら彼はすでに救われている。そうであれば、自分は気負う必要が……


 ――と、そこで周囲が俄かに騒がしくなっていることに気づく。が、軍警察からは緊張感は見られない。

 正門前も特に動きは変わらぬことから、原因は外で行われているデモではないようだ。

 彼らの姿は、しいて言えばどこか不思議がっている。

 その中で、城壁上部を双眼鏡で覗いていた近場の二人組に声をかけてみる。


「何が起きたんですか?」


 見知らぬ人間に声をかけられ彼らは一瞬こそ戸惑ったものの、ソラノアが首からぶら下げている来客証を見て態度を戻す――ただその内の一人は【凶星王の末裔】所属であることに、やや表情を強張らせていたが。


「いや、気づいたらああなっていまして……」


 双眼鏡をソラノアへ手渡しながら指差す先。城壁上部に等間隔で建てられている、軍旗や帝都領にある各国の旗が掲げられている金属製のポール。

 もはや柱と呼べるほど太いそれなのだが、覗いて確かめれば隣接する二本がともに一〇度くらい城内側へと折れ曲がっていた。しかも半ばは、ほとんど()()()()()()()()()


「定期的に替えていますから老朽化ということもないですし、ものがものなので外れたり、ましてや折れることなんて未だかつてなかったので……」

「あんなのを曲げられるなんて、ゴリラくらいなものですよ――まあ試したことはないですけど」


 訊ねた二人とは別の人間が、冗談交じりに会話に混ざって来た。

 五〇〇キロ以上の力に耐えうるのかはともかく、自然現象でもましてや人為的に曲げることなどまずは不可能だ。


 魔偽術(マギス)もまた同様に現実的な話ではない。帝都の最重要施設に対し、術図式や星印を完璧に隠蔽し行使するのは難しい話だ。

 また多大なリスクを払う超高等技術を、『旗を曲げる』という嫌がらせのために使うというのも釈然としない。

 それに折れている二本の旗も、特に帝都と緊張関係にある国ではない。加えて裏門側なのでデモ隊からはまるで見えない。


 だからこそだろう。みなが頭を抱えているのは。


「あのまま折れ切って、ましてや城壁外に落ちたら一大事ですからね――幸いと言っちゃあれですが、折れた向きがデモ隊側じゃなくてホッとしてますよ。向こうに落ちた日には、最悪本来向けるべきではない方向に銃口を向けなければいけないわけですし」


 そう言いながら腰に下げられた銃を摩る。

 話ではまだ帝都郡警察にしか配備されていない、開発した連射段数が向上した最新式の銃――短機関銃というものらしい。が、ソラノアは正確な知識を持ち合わせていない。


「原因は今調べ、代わりもすでにありますので。ですから、ご心配なさらないで下さい」

「分かりました。教えて下さり、ありがとうございました」


 ソラノアは頭を下げ、尋問室へと戻ることにした。

 未知の状況ではあるものの、騒ぎ乱れてもなんに解決にもならないことは、彼らが一番分かっているのだろう。

 それに漏れることがないであろうが、混乱をデモ隊に悟らせるわけにもいかない。

 まずは平常であることが何よりも重要ということだ。


(腑には落ちないけど……)


 ここ最近、そんなことばかりだ。

 分からないことだらけ。こちらの知識欲が増えたというわけでもないのに。


「はぁ……」


 無自覚に深い溜め息を吐く。

 儘ならないのは今に始まったとこではないし、半生を振り返れば思い通りに行ったことの方が少ない。


 だというのに、ソウタが来てから――いや、本格的に『魔法』(イグドラシル・ロウ)再生への戦いが始まってから、それに不自由を覚えるようになって来た。

 それはソラノア自身が迎えるはずだった終わりの日がなくなり、想像だにしていなかった時間の中に身を置いているからだろうか。


(同じようなことをいっつも考えてる気がする……)


 入場したつもりもない迷路を、ぐるぐると回り続けている。

 終わりが見えない。もしくは存在していないのかもしれない。それがソラノアの胸中を掻き毟って仕方がない。


 全てをぶちまけ、何もかもを放棄したい衝動に駆られる時はある。

 しかし、もし仮にその覚悟を実行する時が来ても、果たして思いの全てを言葉として紡げるか怪しいところだ。

 自分ですら分からぬ感情を、言葉という形に表現できるか……


 堂々巡りの思考。それを区切るため、ソラノアがもう一度深い溜め息を吐こうと息を吸う――まさにその瞬間、後方で爆発音がした。

 完全に息が止まり、吐く時に思いっきりむせる。


 振り返り、涙混じりに見やれば、あろうことか帝城塔の上層の部屋から黒い煙が立ち上っていた。部屋にあったものは宙を舞い、次から次へと落下する。

 借りっぱなしだった双眼鏡で確かめるが、煙で中の様子はまるで分らない。


 事故か事件か。

 疑問は黒煙を上げる部屋のさらに上階も爆発し、数秒後にもう一つ上階が爆破したことから明確となった。

 何者かが意図して破壊行動を行っている。しかも最上階を目指して。


(ソウタさん――!)


 思わず駆ける。が、数歩進んだところで足が止まる。愚行を悟って。


 自分が行ったところで、彼の手助けになり得るとは思えない。

 そもそもソラノアは帝城塔の内部構造を把握していないのだ。助けに向かったところで、ソウタどころか郡警察の足手まといになりかねない。

 それに皇帝派とは反りが合わない、【凶星王の末裔】という微妙な立場にもいる。大人しくしていた方が賢明だろう。

 それが今の自分の役割であり、それに沿った行動を起こさなければいけない。


 ソラノアは踵を返し、まずはこの混乱した事態をさらにややこしくしないため、ザイスグリッツの保護へと向かった。

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