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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十二章 訴えを口にする時、情意はどこに伴うか
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エピローグ 見限り

 ランゲルハンス島での出来事以降ただですら忙しく面倒臭いというのに、テッジエッタは心底乗り気になれない呼び出しに、うんざりとしながらも足を進める。

 何を切り出されるか想像こそできないが、何が要因なのかはこの思考を拒絶し始めている脳味噌でも容易に弾き出せた。


 薄暗い【千星騎士団】の北門訓練所。いつものように人が出払っているこの場所は、密会には最適である。それが故に活用希望者は多い。

 それでも自らを優先できるのは――


「呼び出すなら、人違いなんじゃない?」


 ――チェリオ隊副騎士隊長であるジンク・セダーが利用者であるからだ。

 いつになく深刻な面持ちを浮かべている彼に、心底うんざりとする。


「私に乗り換えるつもり?」

「……分かってて言ってるんだろ?」


 楽しくもないことを言ってやったというのに、それを察せないのか余裕がないのか。

 だから掠め盗られるんだ、という言葉を喉から出かけたところを呑み込んだ。そのあとで別に吐き出してもよかったと思うものの、改めて嘲るほどのことでもない。

 この苛立ちを八つ当たりしたところで、結局虚しくなるだけだ。


「率直に訊くが、テッジエッタの知り合いに魔偽術(マギス)の知識や技術に長けた人物はいないか?」

「ソラノアじゃなくて?」

「ああ」

「……なるほどね」


 嘆息交じりにテッジエッタは納得する。

 酷く単純な話だ。

 酷過ぎて反吐が出そうなくらい、単純な厄介事だ。

 このまま唾を吐きかけて帰りたい。なんならそれこそ、このムカつきを反吐としてぶっかけてやって気を張らしたっていいのかもしれない。


 それくらいの権利はあっていいはずだ。

 貧乏くじを散々引かされた挙句、大事なものは手放さなくてはならなくなり、今度は珍妙に歪曲した恋愛相談と来たものだ。ないしは人生相談か?

 それもこちらが最も目を背けたい人間と事象に、ジンク自身のことだけしか考えず無神経かつ無礼にずかずかと踏み込んで来る。


 本当に、どうしてこうも自分はどれほどまで恵まれないのか。


「テッジエッタ……?」

「気にしないで。あんたをぶん殴りたくなったけど、なんかもうその気も失せつつあるから」

「は?」

「だから気にしなくていいわよ、惨めな私を確認するだけなんだから。それよりも、要は星隷擬体をしたいって話でしょ?……探せばいるかもしれないけど、ソラノア並みの術者は期待しないでよね」

「助かる」


 頭を下げるジンクの姿をテッジエッタは冷めた目で見る。

 なんて愚かな男だろうか。

 一体、何が見えているのだろうか。

 憐みにも似た感情が湧き出したところで、自然と言葉が漏れた。


「で、化物の仲間入りしたところで、即席の化物モドキが太刀打ちできると思うの?」


 ジンクは鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くした。

 本当に考えていなかったのか。はたまた、そこからあえて目を背けていたのか。

 ただテッジエッタ自身も、零すつもりのなかったので次の言葉を紡ぐまで間が空いた。

 数秒の沈黙であっただろうが、その僅かに思考は様々なに気づかせる。最も不愉快なことさえも。


「【凶星王の末裔】の創設の際に掲げられた真なる目的。生前の『凶星王』ウルストラ・キャラウェイが提唱した多次元からの侵攻と、それに対する防御の後継――『魔法』(イグドラシル・ロウ)そのものが他次元の存在を示唆してたけど、それはユキシロ・ソウタという存在によって証明された」


 なんでそんな話が出たのか、ジンクは知る由もないだろう。

 だが、急に出て来た一見無関係な話だからこそ、重要な何かに繋がると彼は悟ってテッジエッタの次の言葉を待った。


「あんたは知ってる? 『魔法遣い』と大星将マーク・キャラウェイが大怪獣バトルしてた時、ソラノアがユキシロを『無望の霧』へ送ったのを――ユキシロを元の世界に帰すために」

「――っ!?………………いや……」


 それが世界を滅ぼしかねない行為であることを察することはできても、俄かには信じられないだろう。

 ソラノアがそんな愚昧であるわけがない。だが、テッジエッタがそんな嘘をこのタイミングで吐くはずもないことも分かっている。

 そのためジンクは混乱しつつも、それを徐々に受け入れていく。

 どういう感情から発するかはともかく、それほどまでユキシロを想っていた。その事実も、また。


「今回はどういうわけか巧くいかなかったわけだけど。もしユキシロが元の世界に戻った時、ソラノアはまた独りになるんでしょうね」


 腹立たしい話ではあるが、ユキシロ・ソウタは()()()()()()()()()であるがために、欠けていたものを埋めることができた。

 自分達には最後までできなかったことが。


「でも、もしあんたが人外に近づけば。ソラノアのためにその身を捧げたと知ったなら。ソラノアは間違いなくあんたになびく。罪悪感の中でね」


 ジンクは顔色を変え、勢いよく口を開いた――が、言葉が続かず、すぐに噤んだ。

 否定か何かをしようとしたに違いない。

 ソラノアの擁護か、ジンク自身の見栄か。そこまでは分からないし、知りたいとも思わないが。

 自覚しているのであろうから、テッジエッタは頭上に浮かんだ言葉を気遣う変換などするとなく、ただただ後先考えずに言い続ける。


「で、あんたも気づく。ないしは疑う。『ユキシロの代わりなんじゃないか』って。で、ソラノアも『ユキシロの代わりと思っているかもしれない』と思う。そんな傷をつけ合いながら舐め合ってでも、寄りそう振りをし続けられるならすればいい。最悪に比べたら、誰かが近くにいる分、いくらかはマシだから」


 言葉の着地点が予想外にも感情を曝け出した八つ当たりでなかったことを、テッジエッタ当人が心の内で小さく驚いていた。

 それが自らの本心なのか。それともソラノアの擁護か、テッジエッタ自身の見栄か。

 やはり分からないし、無理くり掘り進んでまで知りたいとも思えない。


 意外な一面というか、自分の中にもまだ残る良心というか。それらが見えてしまったことで、どこか己を客観視できるまでには冷静さを取り戻した。

 故に、次の問いも口にできる。


「でも、あんたはそれに耐えられる? ソラノアはそれに耐えられると思う? そして、互いにその苦痛を与えられ続けられる?」


 ここからはもう、純粋にソラノアへの想いが紡ぐものだ。

 彼女を歪ませてまでも幸せを演じ切れる覚悟が、ジンクに備わっているか。


「…………俺は……」


 即答できない。それが全ての答えだと、テッジエッタは察した。

 だがそれに対し、良し悪しを裁量する立場に自分はいない。

 ジンクもまたソラノアを真摯に想うがために、迷いが生じるのだ。

 自分のエゴを押しつけてまで。彼女の何かを壊してまで。曖昧な幸福を享受し続けられるか。していいのか。すべきか……


「あんたは人間のままで、ソラノアの元の世界のままでいなさいよ。弱いなら弱いなりに。人間なら人間なりに戦う術はあるでしょ?」


 その言葉は自分にも刺さる。

 現状を変えられないための言い訳。どうしようもない現実に対する慰め。今のままでいいのだという、己自身を肯定したいがための口実でしかない。


 そして、思い込むのだ。

 意識をすり替えるのだ。

 無限に描いていた可能性は、初めから自分が今、進んでいた道しかなかったのだと。


 特別にはなり得ない、ただ単なる人間でしかない者達は、どこかで見限らねばいけないのだ。

 いつしか夢想した、いずれの理想を。

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