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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十二章 訴えを口にする時、情意はどこに伴うか
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3.見張り

 城に着いた早々、ザイスグリッツが招かれたのは簡素な造りの部屋だった。

 

(尋問室なんだから、凝ったお洒落な装飾が溢れててもどうかと思うけどな)


 目の前に座る三〇代半ばくらいの帝都軍の男性尋問官と自分を隔てるのは、部屋の中央を陣取る安そうな机。腰をかけているのは、それに見合った程度の椅子。

 隅にも同じ机と椅子が配置され、尋問官とザイスグリッツが語る内容を逐一、漏らしがないようジンクと同年代であろう書記官の青年が必死に書き残している。


 ()()()()()()()()()でもなお、それがはっきりと()()()のはソラノアも同室しているため。その名目は〝魔眼〟が〝魔人〟オルクエンデの監視下にあることと、尋問の公平性を保つためである。


(ま、表向きは、だが)


 他二人とともにザイスグリッツが帝都へ召喚されたのは、皇帝側に【ローハ解放戦線】の内情を明かすためだ。

 ランゲルハンス島から脱した際に同じようなものを受けたが、あくまでもあれは簡易なものであり、また【凶星王の末裔】のみで行われた。


 入室し、尋問が始まってからまだ数分しか経過していないのと時間も時間なので、彼らもまだ確信からは遠い部分を問うて来る。本格的なものは、予定されている明日の早朝になるだろう。

 こちらもまた、訊かれぬことを暴露することもない。

 あくまでも彼らの詰問が、ザイスグリッツ自身が持ち合わせている情報を掠めた時に開示すればいい。


(信用を得るには、なんでもかんでも喋るわけにはいかないしな)


 彼らが最も聞きたいであろう情報は【ローハ解放戦線】の内情というよりも、それに糸引く【千星騎士団】と使徒議会についてだというのは想像に難くない。

 しかし、『魔物』の一柱である〝魔眼〟ということもあり、高圧的に出ることはなく実に慎重に外堀を埋めている。


(【連星会】は貧乏くじを引かされたな)


 ザイスグリッツの身柄は【凶星王の末裔】。ジン・アコーの身柄は【連星会】が引き取っている。

 今はフェイとステファニーに連れられ、同じように尋問を受けているだろう。


(ただまあ、あいつはほとんど知らないし、興味もなかったからな)


【ローハ解放戦線】との繋がりは直接的ではないが故に、帝都と同様に【連星会】もその内情を知りたいところだろう。


(いや、むしろ訊きたいのは『魔物』に関する情報か?)


 それなら尚のこと災難なことである。ジンは自らの力を真に把握していないほどのだから。


(ただまあ、取り入ることに成功したら、その全てはひっくり返った挙句にお釣りが来るだろうが……)


 それもないだろう、とザイスグリッツは胸中で【連星会】を憐れむ。

 ジンは今、〝魔炎〟のステファニーを心酔している。彼女が【連星会】に肩入れすれば別だが。


(まあ、俺が与えられたお仕事は、もう終わっているんだけどな……)


【凶星王の末裔】側からは、皇帝派の視界を奪うことを極秘裏に受けている。

 実に単純な仕事だ。その仲立ちはソラノアであり、もう疾っくの疾うに終わっている。

 服装で分かりづらくはあるが童顔に似合わぬスタイルを持つ美少女が、目を見て挨拶するだけ――ソラノア自身がそれを意識しているか曖昧ではあるが――で、男というものは自然と合わせるものだ。


(それ以外もジロジロ見てたけどな)


 目の前で真面目そうに質問をして来る男は、顔を見る振りをして舐め回すように半ば視姦していて、目を合わせるのにソラノアは苦労していたようだ。

 逆に書記官の青年は初心なのか、これまたなかなか目を合わせられなかった。


「まあ俺からすれば、あと十年経って、そんな子供じみた化粧じゃなくなりゃ真っ先に口説くけどな――顔とスタイルは申し分なしなんだからよ」

「何を急に!?」


 突拍子もないことに、ソラノアが目を丸くする。顔もやや赤らんでいる。

 ただ驚いたのは別の理由もあるだろう。彼女はどこか心ここに非ずといった感じであったのだから。

 見えぬ程度に苦笑する。

 理由は当然、別室にいるユキシロ(オルクエンデ)だろう。


(男を取られてつまらない……って言うわけでもないのが、面倒なんだよな)


 ただの痴話喧嘩なら勝手にやっていて欲しいところだが、厄介なのが、どうもその下種な話題に自分の名が連なっているということだ。

 学生じゃあるまいし、面倒臭い以上に迷惑この上ない。


「ザイスグリッツさん。その……あまり不要なことを口にしないようにして下さい。ここで語られることは全て記録されます」

「ああ。そうだったな。オルクエンデにソラノア嬢にセクハラを働いたとあれば、何されるか分からねぇな」


 ザイスグリッツの〝魔眼〟は目を合わせた者の視界を奪うだけでなく、奪った視界を介して第三者の視界も同様に奪える。故に、ソラノアの表情も伺えるわけだ。

 皇帝側は〝魔眼〟の能力を初歩しか知らない。【凶星王の末裔】側がその秘密を知ったのは至極簡単な話。


(俺が白状したってわけだ)


 自分は蛇顔の癖して、狡知に長けているわけではない。そして長いものに巻かれずには生きられない。

 人外の怪物たる『魔法遣い』さえも凌駕した真なる化物――『勇者』の末裔にして大星将のマーク・〝ウルストラ〟・キャラウェイの戦い振りを見れば、誰だって否応なく自ずからの矮弱さを痛感せざるを得ない。

 それこそ蛇に睨まれた蛙のように。


(おまけに『魔物』なんていう特別の塊だっていうのに、井の中の蛙にすらなれない)


 アルトリエ大陸などという閉ざされた世界にいるというのに、大海を知ってしまったのは重ね重ね皮肉な話だ。


「では、ハダーン・ジュジュムを始めとした【ローハ解放戦線】の幹部の現在いる場所はご存知でしょうか? もしくは隠れ家など」


 ハダーン・〝ヴィサラオン〟・ジュジュムを始めとした重要幹部五人の写真が並べられた。その隣にはアルトリエ大陸全土の地図が広げられる。

 尋問官の前には地方の地図も数枚重ねられていた。書かれている地方名を見る限り、ある程度皇帝側も場所を絞っているのだろう。

 ソラノアが地図を覗き込んでから、ザイスグリッツは数か所地図を指す。


「これらが俺が知っている限りのやつらの隠れ家だ。ただ別に俺は幹部じゃなかったからな。もっとあるだろうし、なんだったら嘘かも知れない」

「〝魔眼〟の力で現在地を把握できないんですか?」

「実際に見たことがないから詳細までは期待しないで欲しいが、やつが見ている風景くらいだったら把握できるわな。運がよければ――あいつにとっては悪ければ、だな――地名が映るかもしれねぇな」


 わざとらしく深呼吸し、ザイスグリッツは沈黙した。

 恐らく、幹部達の視界を覗き見ていると思っているだろう。が、実際はユキシロに視界を切り替えていた。


(あいつはどうも俺達を避けたかったようだが、()のことを忘れちゃいねぇよな?)


 部屋の中ではユキシロと謎の少女の二人きりで何かを話している。

 残念ながら読唇術など持ち合わせていないので、謎の少女が何を言っているのかまるで分らない。


(もう少し早めにやっておけば、この少女の視界も奪えたか……?)


 面と向かっているもののユキシロと少女の目が合わない。

 偶然か。それともユキシロの思惑か。はたまた少女が意図して行っているのか……

 少しでもユキシロから情報を得ようと、彼の視界範囲で見渡す。

 ――と。


「なっ――!?」


 ()()()()()()()()()に対し、思わず声を漏らしてしまう。


「どうしました?」

「あっ……いや……ハダーン周りの幹部の目を盗んでたら、ちょうど()()()()()()()()みたいでな。気になるなら詳細に説明してやるが、ソラノア嬢には刺激が強すぎるから耳を塞いでいた方がいいかもしれないな」


 身振り手振りを交えて説明しようとする――と思わせるよう、わざとらしく諸手を上げたところで、ソラノアが咳を一つ立てて制止させた。

 視界を共有していないので、ザイスグリッツが何を見たのかは分かっていないようだが、ソラノアが助け舟を出したのは何かしらを察したのだろう。


(……フェイがどうして?)


 あの男の行動や人間関係を逐一、把握しているわけではない。

 が、今ここに来る意図が見えない。しかもその登場に対し、少なからず少女が驚く素振りを見せてない。


(それにどうやって侵入した? 少なからず入島前に〝魔弾〟から聞いていた能力では不可能なはずだ)


 目視間による超速の直線移動だと、ランゲルハンス島に向かう前に〝魔弾〟から教わっていた。

 ランゲルハンス島内でフェイに協力する――具体的にはオルクエンデ周辺を守ることで取り入る――対価として『魔物』同盟に加わることを約束していたわけであり、現状反故にされる理由はないはずだ。

 またフェイ自身が同盟を離反するとも考え難い〝魔炎〟がいる限り。


 なら、この事態の真意こそ分からないが、ザイスグリッツが不利になる類の何かではない。そう捉えても支障はないのか……


(オルクエンデを重要視していたが、やはり特殊な『魔物』なのか?)


 全ての『魔物』が特別であろうが、それでも〝魔人〟を別枠の何かと捉えている節があった。

 何せ、フェイの目的は『オルクエンデを『無望の霧』に入れること』だったのだから。

 それで『魔物』同盟に加わる算段であったらしいが、結果は亀裂を入れた可能性が濃厚になりつつある。明らかにユキシロはフェイに対し怒りを覚えていた。


 果たして、彼は何を見たのか。

 そして、フェイは今それを訊いているのか。または修復を図ろうとしているのか。


(なら少女はなんだ?)


 この世界に渦巻く数多の謎。

 それら全てが紐解かれる日が来るのか。

 そしてその答え達は、自分に何をもたらすのか。どれほど関わりがあるのか。

 何より、それらと対面し、わざわざ思考を割く必要があるのか。

 数多を見ることのできる超人の瞳に映るものは所詮、凡人が理解できる範囲の光景でしかない。

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