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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十二章 訴えを口にする時、情意はどこに伴うか
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1.見掛け

 帝都にここまでの雨が降るのは滅多になく、それ故に道路はやたらと混み、目的の地に辿り着く時間はどんどん過ぎ去っていく。

 ソラノアを始めとした自分達を連れる【凶星王の末裔】の運転手こそ暴雨の悪路に慣れているものの、一般市民は別のようだ。どこよりも舗装されている道路だが、雨にタイヤを取られぬよう誰もが慎重になっている。時間も夕暮れが迫り、なおのことそれは顕著に表れていた。


(事故に巻き込まれていないだけ、まだマシと思うべきかもしれない)


 ソラノアと、こちらと対称の位置で座るソウタ。それに自分の隣に座る、監視対象であるザイスグリッツは目隠しをされている。

 その三人は今、皇帝ガランフォルテの召喚に応じ、帝都オルフィシーに向かっていた。ザイスグリッツの視界を覆っているのは、その〝魔眼〟の能力故だ。


 アルトリエ大陸南部を帝都と称すことが一般的であるが、厳密に言えば帝都とは南部中心にある都――オルフィシーのみを差す。他は帝都領と呼ぶのが正しい。

 帝都がアルトリエ大陸南部を支配し続けているのは、何よりも凶星王の影響が強い。


 今でこそ帝都の影響力や地理的な問題で組している地域が大半だが、遥か昔は凶星の理念に共感し、その旗の元に集ったという。

 やがて時は経ち、凶星王の遺志を継ぐ者達こそ自分達【凶星王の末裔】であり、それよりも国の安定を選んだ者達が現皇帝派だ。


「あのやたらめったら高い塔が、皇帝がいるって場所か……」

「はい。あれが帝城塔です」


 窓から見える、建ち並ぶ全ての屋根よりも一際高くそびえる城壁――を、さらに越える塔を見つめるソウタ。

 その瞳は、どこかぼんやりとしている。もしかしたら今の呟きも、別に誰かに向けたわけでもなかったのかもしれない。


 自分が彼と距離を置いていることは自覚している。

 同時に、ソウタもまたこちらを避けていることも。

 理由は分かる。『無望の霧』で彼は何かを見たのだ。

 何か。自ら一人で抱えなければならない、何かを。

 それこそ、単独で義父(ジャック)に会ってしまうほどのもの。


(そこから帰って来て、ソウタさんはさらに私との距離を置いている……)


 ソラノア自身もランゲルハンス島以降、己の内にある気持ちを整理できず、彼の悩みに踏み込む覚悟が持てずにいた。

 瓦解し、想像できない形に変容しつつあるソウタとの関係を、決定づけるのが恐いのだ。


(私、どこから間違えたのかな……?)


 やり直せるというのなら、一体どこから正すべきなのか。

 ソウタが『無望の霧』へ向かうことを手助けしたことか。

 それとも、もっと前から。〝魔人〟オルクエンデがユキシロ・ソウタではなく、自分の肉体に召喚されていればよかったのか。

 全てを受け入れ覚悟をしていた――つもりでいて、土壇場で死にたくないなど現世に縋りついたことか。


(そんなこと口にしたら、みんな怒るんだろうけど……)


 ソラノアもまた、窓の外の景色を眺める。ソウタと真逆を向いて。

 この曇天に重苦しさを抱くのは、この車両内から漂う雰囲気も相俟っているのだろう。


 元々、ソラノアは雨の日をそこまで嫌いではない。

 傘は普段よりも他者の距離を取ってくれ、地や傘を叩く雨音は外部からの余計な情報を遮断してくれる。

 個室と言うほどではないものの、独り考え事をするには充分な環境だ。

 だが、今はむしろ余計なことまで考えてしまう。


(ソウタさんが帰って来た時……)


 ソウタが向けた視線と顔が頭から離れない。同時に、自分がどんな表情を浮かべていたか、まるで分らないことも不安だった。

 もはや自分でも、ソウタが元の世界に戻らなかったことを知ったあの一瞬、どういう感情を抱いた説明ができない。


 安堵のようであり、落胆にも似たような何か。もしくはそれらには全く当てはまらないもの。

 ソラノアの中で渦巻く様々な感情は、今となっては境界を曖昧にさせてしまっている。

 それぞれ明確な意味を持つであろうが、重なり合い、混ざり合うことで、生まれて以来、直面したことのないものになってしまった。


(頼れる親友も裏切っちゃったし……)


 心の内を曝け出せる親友――テッジエッタとの関係もギクシャクしている。


(リーリカネットは『ソラノア自身が分からないことを、あたしが分かるわけないじゃん』って返してきそうだよね……)


 帝塔の近づくと、車の速度がさらに下がる。

 単純に停車する車両が増えるからではあるが、距離が近くなればなるほどそれ以外の要因が姿をより明白にしていく。


 まず音が変わり始める。

 雨音に紛れていた声は遠くではただの音であったのに、徐々に感情が伴い、やがて意味が肉づく。

 そのピークの現場には何層にも渡った人垣ができ、文字通り各々が掲げる旗の元で塔に向かって訴え続ける。


「あれはデモか?」

「まあ、バナナの叩き売りじゃねぇわな」


 ソウタがぽつりと零した疑問に、ザイスグリッツが水を差す。目隠しをしているものの、ソウタの視線を盗み見ているのだろう。

 一方のソウタは興味がなかったのか、旗や弾幕を見ながら独り言なのか質問なのか判断しづらい程度の口調で続けた。


「『戦争反対』……まあ最近は新聞やラジオでもその話ばかりだな」

「帝都と星都の武力衝突まではいかない一悶着が、徐々に表面化して来たからな――誰かさん達に巧くコントロールされながら」


 国境でのいざこざが露骨になり、過激思想寄りの一部国民は戦争前夜という熱にあてられ、煽動すべくここぞとばかりに啓蒙活動に勤しんでいる。

 呼応して反戦の訴求者も現れるが、この帝都のように安全地にいる者達は迫る危機にどこか他人事だ。なるべくしてなるだろう。そういう空気が見え隠れしている。


【連星会】の動きも慌ただしくなり、食料や医療品などが想定戦線近辺に流れていた。

 それ故に僻地への物流が減り、各地で不満が噴出している。このデモ隊の中にも、それを訴えている者達もいるかもしれない。

 始まりそうで始まる決定打を見せない戦争の影。その歩調を各国が調整している。


 そう。計画戦争が、いよいよ現実のものになりつつあるのだ。


「知らないから仕方ないが、世界を救う戦争を果たして止めてもいいんかね?」

「やらなくてもいい道があるなら、それを選ぶに越したことはないだろ」


 ソウタの呟きは意外だったのか、それとも単なる独り言に反論されたのがおかしかったのか分からないが、ザイスグリッツは口角を釣り上げた。それは彼をますます蛇に似せる。


「こっち側に来てくれる気になったか?」

「信用できるかよ」


 ザイスグリッツが言う『こっち側』とは、ステファニーを始めとした『魔物』達の集まりのことだ。

 彼は今や【ローハ解放戦線】から外れ、互いに殺し合うことなく『魔法』(イグドラシル・ロウ)再生の手段を探る者達に加担している。そして〝魔獣〟のジン・アコーも、また。


「こんな雨が降りし切る中、大変なもんだな――軍警察も」

「まあ、成り行きで【ローハ解放戦線】に加わった俺が言うのもあれだが。あれをやってるやつらのほとんどが、もはや手段が目的になっちまってるわけだ。俺達みたいに本気で世界の行く末を正しく憂いでいる(・・・・・・・・)のは、ほんの一握りいるかいないかさ」


 最後の一言はどこか自嘲が混じっていた。


「あいつらの目的の一つは戦争を止めることじゃなくて、『こんな正しいことを言っている私達を、国は排除しようとしているんです』って、周りのやつらに訴えかけることだからな」

「排除?」

「宗教団体のいくつかが、それぞれで固まって訴えているわけさ。なんせ宗教弾圧は、だいぶ昔から行われてるからな。帝都だけでなく星都でも」


 彼がいたローハ地区も元々は、宗教弾圧で追われた者達の難民地区であった。

 いくつかの宗派が集まり、武装蜂起したのが【ローハ解放戦線】の始まりだ。ただ今となっては宗教的意識のほとんどは形骸化し、過激派の独立意識のみが独り歩きしているが。


「あの中に混じって、怒りや不安を掻き立てることを生業にするやつもいるな。それらで利得が発生する人間なんざ、ごまんといるわけだし」


 冷たい雨にも負けずに声を荒げ、旗を掲げる者達。

 ほとんどが真剣な面持ちだが、各々の腹の奥で様々な思惑を孕んでいるのだろう。


「ま、本気で真正面から憂いでいても、結局は皮肉でしかないんだがな?」

「なんでだよ?」

「あの旗やプラカードに書かれている印、見てみろ――あの樹に似た印のやつな」


 ザイスグリッツが指差した先。十に枝分かれした樹の印章が特徴的である、それ。

 デモをしている者達の中でも、その印が最も多い。


「あれ、【魔法教】――『魔法』(イグドラシル・ロウ)信奉者の意味だぞ?」

『魔法』(イグドラシル・ロウ)って……『魔法』(イグドラシル・ロウ)を信仰しているのか?」

「そりゃ、全世界を総べるものだぞ? それを神と差しても不思議じゃないだろ?――っそれに言っておくが、その【魔法教】はアルトリエ大陸の最大規模宗教だぞ。使徒議会が絡んでるって話もあるくらいだ」

「へーへー。そーかいそーかい。その使徒議会ってのも、ろくすっぽ知らなくてすみませんね」


 本当に拗ねたわけではないだろうが、ソウタはあからさまに会話を切り上げた。

 彼は様々な怒りがこもった文字を眺めながら、これまたぼんやりと。


「『人体実験を許さない』……人造人間(ホムンクルス)次世代改造人間(ハイキメラ)のことかね?」

「彼らがその計画を知っていることはまずないと思います」


 ソラノアが真面目に返したのは単に反射的な行動だった。

 今までは彼の質問に対し返答するのが自然なことであった。が、今はその当り前にこそ小さなぎこちなさが生じてしまう。

 一瞬だけ互いの間にそれができたが、ソウタがすぐに訊ねる。いつも通りを装い。


「なら、他に何かしてるの?」

「暗部では何かしらが行われていると思います。ただ、彼らの言う『人体実験』がどういった(・・・・・)段階からを指すのか(・・・・・・・・・)。その線引きは結局、彼らの都合と解釈ですから」

「なるほどね」


 そこで途切れる会話。

 元々、続くはずではなかったものなので、そこから先に発展することはなかった。


 車が徐々に帝塔に近づくものの人垣を掻き分けて正門から入るわけにもいかず、裏門通路へと迂回する。そちらは軍警察が厳重に警護しており、一般人は入ることができない。

 ただ裏門に向かう車両ということは、つまり関係者が乗車していることを教えているようなものだ。集団の目の多くがこちらに向く。

 無理な抗議こそしないだろうが、暴徒にならないとも言えぬため緊迫感は拭えない。


 しかし、心配をよそに裏門へはスムーズに辿り着き、運転手が手続きを終えて門扉が開く。

 城壁自体が基地にもなっているため、通過そのものには多少時間がかかるものの、あとは誘導に従って指定の場所へと駐車すればいいだけだ。ここから先、問題は起きない。


 ――はずであった。


「あれは……?」


 ソウタも城壁基地を抜けた専用駐車場に、一般人がいるはずがないことを知っている。

 そのため軍警察数人の中に一人だけ、白いワンピースと傘に麦藁帽を被る、健康的な小麦色の肌をした少女がやけに目に留まった。


 雨の日の帝都関係者とその車両が並ぶこんな場所ではなく、青々とした晴れの日の浜辺が似合いそうなその少女は、パッと見だと一〇代前半くらいか。どこか困り果てている様子が伺えた。

 だが、そんな子供が警備の網をすり抜けて迷子になるとは思えない。


(とはいえ、軍警察の方にまかせておけばいい)


 しかし、妙な胸のざわめきがソラノアを襲い続けている。不確かだが何か嫌な予感がする。

 その少女がこちらに気づいた瞬間、まだ何も起きていないはずなのに、ソラノアの中で悪感は確実なものになった。


 それを証明するかのごとく、少女はこちらに近づく。先程までの浮かない表情は一変し、まるで救いの手が来たとでも言わんばかりの安堵に。

 こんこん、とソウタ側の扉を叩き、彼は促されるままに開いた。


 少女はにっこりとほほ笑んで、言う。


「ちょうどいいところに来てくれました、ユキシロ・ソウタさん」

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