プロローグ 灰色の地
広場の時計台は十五時を越し、これから市場は徐々に賑わいを増す。
ただ今日は、その喧騒もいつもよりやや早い。
原因は明白だ――少女は目の前の事態に、腕を組む。
(さて、どうしたものか)
迎えるべきはずだった少女ソラノア・リスフルーバに、その隣に立つ謎の青年。それらと対峙する【千星騎士団】の団員を、魔偽術による騒動ででき始めた人垣の隙間から眺めつつ、テッジエッタ・マラカイトはどうすべきかを思案する。
彼女、テッジエッタは今さっき来たばかりだが、だいたいの事態は想定できる。
だから、自分が使いに寄越されたわけだが。
(ソラノアは結局、〝魔人〟にはならなかった。で、あの頼りなさそうな男が〝魔人〟オルクエンデってとこかな? 本当なら、フェフェットさんがここまで一緒に来るはずだったしね)
それほど身長は高くもなく、膂力も望めそうにない、どこにでもいそうな青年。それがテッジエッタの見立て。
しかし、物質化した『魔法』――『魔物』の一柱である〝魔人〟だとすれば、自分の選別眼などまるで当てにはならないだろう。
(んでも。なんでよりにもよって、星将が突っかかってくんのかね?)
その二人の前に立ちはだかる、殺意を見せつける男に視線を移す。
黒い牧師のような服の胸には、【千星騎士団】の中でも一師団を総べる隊長――星将の証である天斂勲章がついている。
星将がいるという点では、さほど珍しいことではない。
何せここ、星地ムーンフリークは【千星騎士団】が管理し、星都エレル・クロイムァシナの属国ではあるのだから。
(んでも、その星将がこの地で一般人に【凶星王の末裔】と嫌疑をかけて、断罪しようとしている点は、明らかな異常よね)
ここは確かに【千星騎士団】の管理下であり、【凶星王の末裔】は最大の敵対組織だ。
しかし、ムーンフリークは星都領の最南端に存在している。アルトリエ大陸南部を支配し、【凶星王の末裔】が主に活動する帝都領は目と鼻の先。境界に位置していると言ってもいい。
故に他国と比べても特殊で、いつの間にか【凶星王の末裔】の達が隠れ潜む場所となってしまっているのだ。
もちろん、昨日今日の話ではない。政治にまで食い込んでいるほどなのだから。
一見、危うい地に見えるが、その事実を多くの者が知っているために、歪でありながら奇妙な治安を構築した。
誰が真の【千星騎士団】の団員で、誰が隠れ【凶星王の末裔】か。ないしは、その両方か。それともどちらでもないのか。
それを無理して暴くことの利が、己の安全に直結しないことは考えなくとも分かる。それはどんな人間でもだ。
(何か、別の目的がある?)
星将を窺うが、何か裏があるようには見えない。
純粋に、敵に対する殺意しかない。それでもなお裏があるというのなら、よっぽどの役者だ。知れば、演劇界が黙っていないだろう。
(まぁ、ここは信仰の自由を翳して、この衝突を止めることもできるけど……)
ただそれは、相手がまともな思考をしていれば、だが。
あとは他の【千星騎士団】ないしは警察に話しかければ、少なからず今よりはマシな方向へとことは運ぶ。
で、あろうが……
(ソラノアもこっちに気づいていないことだし。折角だから私も見せてもらおうかしら。〝魔人〟オルクエンデの実力ってやつをさ)
ソラノアの隣に立つ青年を見、テッジエッタは小さく笑う。
さて。一体、どこまで自分を裏切ってくれるのか?