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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十一章 足跡を辿る時、語り部から何を見るか
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5.面影

 ムーンフリークが夕刻に染まり終えようとし、並ぶ街灯が主張を強くする。

 往来する人々の目的はそれぞれあるが、だいたいは似通ったものであろう。

 その中の一人である宗太もまた、家路に向かうという周りの誰かと同じ目的を持って歩んでいる。


(ジンクとの訓練もあったけど、あのあとも結構喋っちまったな……)


 商店が並ぶ区域ということもあり立ち止まるほどではないものの、やや混雑はしている。

 ただ宗太は慣れた様子で、すいすいと人ごみを掻き分けていく。


(通勤時と帰宅時の電車のラッシュやそれなりの都会に遊びに行った時の経験が、まさかこんなところで役立つとはね……)


 アルトリエ大陸に来て明確に役立った宗太がいた世界の技術が、こんなしょうもないテクニックくらいというのも、なんだか虚しい気もする。

 そんなことを嘆いていると、歩を進める者達の中からテッジエッタの姿が瞳に映る。


(俺が『無望の霧』に行ったせいで、ソラノアと仲が険悪になってるっていうけど……)


 相手はこちらに気づいている様子はないので、見なかったふりもできる。

 しかし、ソラノアを知る人物の中で、テッジエッタからの情報を一時の感情で取りこぼすわけにはいかない。

 恐らく誰よりも先に、かつ深くソラノアと親しくなったのであろうから。


「おーい、テッジエッタ」


 行き来する人々の間を縫いながら声をかける。

 ものの、聞こえていないのか、テッジエッタはどんどん離れてしまう。


「おい! テッジエッタ! 無視すんなよ!」

「…………」

「テッジエッタ・マラカイトちゃーん!」

「…………ちっ」


 確かに聞こえた彼女の舌打ち。

 ずかずかと歩く様は、あからさまに苛立ちをこちらに伝わせようとしている。現に彼女とすれ違う人間は一様にぎょとしていた。


「おい、テッジ! 聴こえてんだろ!? そのまま無視すんなら泣くぞ! ぴーぴー泣くぞ! お前とソラノアの名前を交互に出しながら喚き散らすぞ!」


 ずいずい進む彼女の肩をついに掴むものの、振り払って無視を突き通す。

 そんな彼女に宗太は身体を寄せ、耳元でぼそりと。


「それとも俺があそこで見たことを今ここで、大声で暴露するぞ」


 そう脅すと歩みこそ止めないが、テッジエッタはあからさまな不快を伴った双眸で睨んで来た。

 当然、彼女が内容など知るはずがない。だからこそ、己の意地とその謎を天秤にかけることはできない。


「ほんと卑怯よね、あんた」

「これでも信頼してんだぞ?」

「気持ち悪っ……」

「その機嫌の悪さと八つ当たり。ソラノアとまだ仲直りしてないのかよ」

「……ユキシロのせいなんだから、少なからず八つ当たりではないわよ」


 テッジエッタの反論に危うく笑い出しそうになったが、ぐっとこらえる。


「ソラノアと喧嘩ってよくしてたのか?」

「そりゃまあ、長い付き合いだからすることもあったけど……でも今回のは全く別物でしょうが……」

「俺が言うと腹立つかもしれねぇけど、別物扱いにしようとしているだけじゃねえか?」

「ええそうかもね! いっそあんたが出てこなけりゃ、こんなにずるずる引きずることもなかったかもね!」


 自分がいない間にどんな会話があったのか。大体の悶着こそ聞いているが、詳細は知らない。

 熱り立つテッジエッタを諭すのは困難であろう。そのため宗太は、別の切り口から無理矢理話を聞かせることにする。


「おいおい。勘違いしてないか?」

「何がよ?」

「俺はあくまでも俺の目的があって、【凶星王の末裔(きみたち)】とともに行動しているってことだ。なんであの時、わざわざ君の許可を得て『無望の霧』に入る必要があった?」

「それって、いつかは裏切るつもりってわけ?」

「未来なんて分からねぇんだから、どうとも答えられねぇな」


 曖昧にはぐらかすものの、多少なりと本音も混ざっている。

 元の世界に戻るためには何が敵となるのか、未だはっきりと見えてこないのだから。

 それ故に、まずは有力な味方が必要だ。テッジエッタ・マラカイトという、ソラノアに最も近しい彼女が。


「なんて言ったが、一つ最悪の未来なら分かっている――それは君にとってもだ」

「……『無望の霧』で見たこと?」


 その一言に一瞬、宗太の息が詰まる。


「バレたって顔してる……どんだけ切羽詰ってんのよ?」


 鼻で笑うテッジエッタに、宗太は彼女の警戒を緩和で来たことを内心確信した。

 喧嘩腰のままでは、まともに話に付き合ってはくれないだろうから。

 信憑性を高めさせるためなら、道化を演じることも厭わない。

 瞑目し、深呼吸をしたあと、宗太はゆっくりと口にする。


「訊くが、もし俺がソラノアを殺すことになったらどうする?」

「――っ!?」


 今度はテッジエッタが動揺する。

 しかし、先の宗太のような演技ではない。確実にその真意を理解した上での反応だ。


「……その意味。他の誰かが言うのとユキシロが言うのでは、意味が全く違うことになるって分かってる?」

「テッジエッタが思っていることはおおむね正しいよ」


 白状することで、一蓮托生の沼へと強引に突き落す。

 テッジエッタにとってソラノアがどれほど大切か。計り知ることはできないが、それだけの深い情があることは容易に読み解くことはできる。

 それを証明する解答をテッジエッタは口にした。


「なら、そうなる前にユキシロを殺す」

「どうやって?」

「何がなんでもよ。殺す。どんなことがあっても」

「そのあとは? 他にも彼女を狙う敵はごまんといるぞ?」

「知らないわよ。でも、やるわ。守り切る」


 周りに聞こえぬようトーンを落としているとはいえ、その口調は本性を剥き出しにしている。

 宗太は小さく苦笑した。ただそれはテッジエッタではなく、自分自身に向けたものだ。


「そうだよな。先のことなんて、どうでもいいよな……」


 リーリカネットの説教に萎縮していた己を自嘲する。

 もしかすれば彼女自身も同じことを抱きつつも、理想よりも現実に重きを置いていたのかもしれない。ソラノアを真摯に思うが故に。


 そして、テッジエッタもまた、現実を真っ直ぐ把握している。

 それでも今の発言を即答できるのは、宗太よりもずっと昔から具体的に考え続けているのだろう。

 だからこそ、テッジエッタにはより深い闇を語ることができる。


「ソラノアのためなら、どこまでも残酷な嘘を吐けるよな?」

「もったいぶったって、しょうがないでしょう? もう答えを知ったようなもんなんだから」


 だが宗太は間を作った。

 テッジエッタには今から話すことが、それだけ重大であることを悟ってもらうためであり、宗太自身が決意するためでもある。


「ソラノアを憑代にした〝魔人〟召喚の儀は、完全には失敗していなかった」

「それって……!?」

「……ああ。ソラノアの中にも〝魔人〟の力の残滓がある」


 いくらなんでも、ソラノアが〝魔女〟かもしれないと言うことはできなかった。

 それにその疑惑は宗太が求めている『ソラノアの過去について』を得るのには、余計な情報になりかねない。

 欲している彼女の過去は、できる限り誰かの思惑によって歪められて欲しくない。


(問題はこの嘘が、果たしてどれだけ真実をぼやかすことができるかってとこころだが……)


 信憑性はあるはずだ。

〝魔人〟であり、かつ『無望の霧』からの帰還者である宗太だ。その『魔物』に関する知識は、今となっては誰にとっても無視できないものとなっている――はず。

 問題は、テッジエッタがその情報をどこまで受け止められる(・・・・・・・)か……


「でも、本当にそんなこと……?」


 テッジエッタの口ぶりは真偽を問うというよりも、俄かには信じられないといったもの。

 故に、あと一押しすればいい。さも真実のようなものを与えればいいのだ。


「似たようなことはすでに〝魔剣〟の時にあったろ? アイロギィが〝魔剣〟の力の一部を使っていた」

「……あんたを殺せばソラノアは生き残るってわけ?」

「その時、彼女が最も近くにいれば、そうかもね」


 どこまでかという線引きこそできないが、テッジエッタが宗太の話をある程度信じたというのは感じ取れた。

 あとは暴走しないよう釘を刺す。


「今の状況下。すでに幾人もの『魔物』が集まり、かつ彼女の近くには〝魔眼〟がいる――その条件下で、しかもソラノアに知られることなく殺せるか?」

「回りくどい説得はもういいわ。要はユキシロと嘘つきの共犯になれって言いたいわけ?」

「ああ。すでに君はどうしようもない現実を知ったろ? ソラノアを救うためには『魔物』ではない確実な仲間が必要なんだ。何せフェイの野郎はソラノアの正体を知っていて、その命を引き換えに軍門に下らせようとしたかもしれないんだから」


 フェイの本当の狙いが、それなのかは分からない。

 こちらを避けているのか、ランゲルハンス島から脱して以来、フェイと二人きりで話す機会に恵まれないでいた。

 だが今、それは重要ではない。大切なのはテッジエッタと共通の敵を作ることだ。

 しかし、肝心のテッジエッタはどこか腑に落ちないようであった。


「……の割には、なんか狼狽してたわよ? あいつ」


 確かに、宗太が『無望の霧』から戻りフェイに食って掛かった際、彼はどこか想定外の何かに対する驚きを見せていた。

 ソラノアの正体を見せつけられたことに対し、宗太が怒らないとでも思ったのだろうか?

 だがそれなら、そもそも『ソラノアを人質にして仲間に引き入れる』という、取引が成立する思うわけがないが……


「あいつは『世界を救う。かつステファニーの願いである『魔物』同士の殺し合いの回避』そのためにユキシロを霧に向かわせるはずだったって言ってたわ」

「フェイは想像していた内容は、ソラノアの正体じゃなかったとかか?」

「もしくは、あいつ自身も誰かに騙されていた」

「ほんと嘘だらけだよな、この世界……」


 うんざりと吐き捨てる宗太。

 信じられるものよりも、信じられないものよりも。信じていいか分からないものが多すぎる――自分をそれに加担している一人ではあるが。


「それにさ。あいつの行動を思い起こすと、妙にあたし達と目を合わせよう(・・・・・・・)としていた(・・・・・)のが引っかかるのよね」

「……〝魔眼〟か? だとしたら〝魔眼〟に騙されていた……?」

「それはないんじゃない? いくらランゲルハンス島からの脱出を優先していたとはいえ、あいつらの関係性があの時点でも破綻どころか、決定的な変化が見られなかったのは変よ。それほどの自制心があるとは思えない」


 宗太は脱出の際の記憶が曖昧であるため、彼らの様子はテジエッタの話を鵜吞みするしかない。

 何せあの時は、ソラノアの正体のことで頭がいっぱいだったのだから。


「それと【ローハ解放戦線】を煽動したのは【連星会】でしょ? そして、一応あいつらはそちらに属している」

「ただ結局、俺達であーだこーだ言っても、現状は答えにまでは辿り着かないよな……」


 宗太はもう一つの可能性(・・・・・・・・)も浮かんだが、あえて口にしなかった。

 それに自分よりも賢しいテッジエッタが、その可能性を思いつかないはずはない。どんなことがあろうとも、ソラノアを守り切る意思のある彼女なら。

 宗太はそろそろ本題を切り出すことにする。


「テッジエッタ。今から思い返してみて、ソラノアが『魔物』を自覚しているような素振りはあったか?」

「ないわよ。仮にあったとしても、見抜けるはずがない。ソラノアは昔から無駄に自分を押し殺すことに長けていたから」

「自分を押し殺す、か――なあ、ソラノアは昔から〝魔人〟の器になるのを知っていたんだよな? それでどうして、彼女はまとも(・・・)でいられたんだ? それとも……」


 言いかけたものを噤んだのは、続きが『最初から諦めていた?』という疑問であったから。そして宗太自身、それはあり得ないとどこかで否定できた。


「直接、見たわけでも聞いたわけでもないけど。でも死ぬために生かされているって聞いて、動揺しないはずがない。いくらものの分別がつかない子供でも」

「なら、どうして? いや、どうやって(・・・・・)……?」

「ソラノアを見て来たけど、あの子はいつだって自棄になんかならなかった。やさぐれていた時もなかったわけじゃないわよ? でも、それは自分の宿命に悲観していたわけじゃなかった」


 その日々を思い出すように、テッジエッタはゆっくりと続けた。


「全ては運命や宿命を変えるため、だったんだと思う。ひたすら知識を詰め込んでいたのも、肉体と精神を鍛え上げていたのも。全ては目的のために。心を折らないために。生き残るために」


 どれほど過酷な日々であったのか。ソラノアの普段の柔和な様子からは想像できない。

 だが、彼女の知識や実力を見れば生半可な鍛錬では習得できないことくらい、素人の宗太ですら分かる。


「軽犯罪集団を憂さ晴らしに一掃してたのとかも、その一環だったのかもね」

「……ん?……なんだって?」


 宗太は何度も目をぱちくりさせる。


「なんか今……突拍子もないことが、聞こえたような気もするんだが……?」


 俄かには受け止められない内容に、宗太はやや狼狽する。

 ただテッジエッタは、宗太が今のような間抜けな反応をすると踏んでいたようだった――もしくはそうなるように話したか。


「まあ三年くらい前だけど、色々と勉学やらなんやらと壁にぶち当たってた時期があったのよ。で、その憂さ晴らしに他人様に迷惑をかける馬鹿どもの情報を得ては、その組織をぶっ潰しに行ってたの」

「なんじゃそりゃ……」


 普段のソラノアからは想像のできない姿に、宗太はややそれを呑み込めないでいる。

 宗太の脳内では今、不良が他校の不良に喧嘩を売りに行くイメージが浮かんでいた。


「許せなかったんじゃない? 境遇はそれぞれ違うけど、どうしようもない状況を他人のせいにして、自分以外を蔑ろにするやつらが」

「ソラノア自身が抗っている分、余計に?」

「そうかもね。ただそうは言っても、ソラノアの場合は勉学ができたってだけで、他のやつらよりも相当マシな環境だったとは思うけどさ」


 犯罪集団の肩を持つわけではないが、半ば八つ当たりで彼らの生活を崩壊させるのもどうかと思う。

 ただ所詮は過ぎたことだ。彼らが今、更生していること祈るばかりである。

 と、テッジエッタが足を止めた。


「どうしたんだよ?」

「……ユキシロ。あんた、いつまでついてくんのよ?」


 話ながら歩いていたこともあり、宗太は普段の帰り道からだいぶ外れた住宅街へと入っていた。

 もう少しテッジエッタから、ソラノアについて訊きたいところだ。

 が、彼女の部屋にでも入るくらいまで時間をかけない限り、これ以上の収穫は望めないだろう。


「まあ、よかったよ。テッジエッタと話ができて。それになんか、俺に対する怒りもすっかり収まったみたいで」

「……なんでわざわざ蒸し返すのよ」


 半眼で睨むテッジエッタに宗太は苦笑した。

 彼女からすれば、宗太に意地を張ることすら忘却してしまう事実だったのだから無理もない。

 呆れに近い溜め息を一つ吐いたテッジエッタは、こちらに別れの挨拶をすることもなく背を向けて歩き出した。


「ソラノアの誕生日祝い。せめて顔出せよ?」


 念押しに、テッジエッタがその歩を止めた。

 肩越しに振り返る彼女の顔にははっきりと『だから、なんでわざわざ蒸し返すのよ』と書かれている。


「ソラノアにはテッジエッタが必要だよ。喧嘩できるくらいの気のおける親友が――テッジエッタにだって彼女が必要だろ?」

「あんたにわざわざ言われる必要はないわよ」


 テッジエッタはそう即答すると、再び帰路へと足を進める。

 その様子から少なからず、宗太が彼女に喋りかける前よりはソラノアとの仲は改善に向かい易くなるだろう。

 宗太の口角が、少しばかり緩んだ。

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