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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十一章 足跡を辿る時、語り部から何を見るか
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プロローグ 後悔

「雪城くん。あとで文庫と雑誌の返品お願いね」

「はい。分かりました」


 事務所に入って来た店長に言われ、パソコン画面とにらめっこを続けていた宗太は、格闘し続けている注文書を、キリのいいところで一区切りさせる算段をつけ始める。


 ふと視線を防犯カメラのモニターへと移す。

 今日は比較的に入荷が少なく、それに比例するように客の出入りもまばらだ。まあそのお蔭で、デスクワークが捗っているわけだが。

 とはいえ、現在時刻は十五時三〇分過ぎ。十六時が迫る頃から学生の出入りが増える。


(そういや、鴻上さんが新人が入ったって言ってたっけ……?)


 そんなことを考えていたちょうどその時、店内から女の子の声が聞こえた。

 どこか緊張が混じっていることから、声の主こそが噂の新人のだろう。

 新人は女の子か……期待半分、接し方を間違えるわけにはいかないという恐怖半分といったところ。

 そうしている間に、開いている扉をコンコンと軽くノックする音が。


「どうぞ」

「失礼します」


 ひょっこり現れたのは薄紫色の髪の少女。裾から覗く白い手は彫刻よりも美しい。

 薄く形のいい唇に筋の通った鼻。柔らかさを感じさせる頬。

 髪と同色の瞳には優しさが、微笑みには温かさが込められている。


 そう。その子は――


「そうか。ソラノアだったんだ」


 ――ソラノア・リスフルーバであった。


「はい。よろしくお願いしますね?」


 見知った顔だったので、正直ほっとした。

 この書店でアルバイトを始めてから、何度か年下や同年代の女の子と組んだことはある。

 が、ただですら学生時代は異性と禄に話したことがないので、必要以上に神経を使ってしまっていた。


「でも早過ぎない?」

「なんか緊張しちゃって」


 照れ笑いをするソラノアは宗太と話すと、その張り詰めた気持ちが解けていくようであった。


「まあかといって、周辺に適度に時間を潰せる場所もないしな……」

「時間が来るまで店内の様子を見て回りますよ」


 そう返しながら、ソラノア自分の手荷物をロッカーへ置く。


「あっ、出た方がいい?」

「大丈夫ですよ。着替えとかないですし――ところで、ソウタさんは何をしてるんですか?」

「あー……これはさ、来月出るコミックの希望数を打ち込んでるの。前の売り上げデータやら昨今の配本数を考えながら」


 普段は教えられてばかりだったため、彼女に何かを教えるというのはとても新鮮だ。


「本当に楽しそうですね」

「楽しい……のかな?」

「ええ。私にはそう見えますよ――」


 苦笑する宗太に、ソラノアはくつくつと楽しそうに笑いながら、


「――私達の世界に(・・・・・・)いた頃よりは(・・・・・・)


 瞬間、背筋に悪寒が走る。

 振り向くと、先程までの楽しそうだったソラノアが嘘であるかのように顔が青白かった。それこそ、死人のように……


「どうして、私を殺したんですか?」


 次の瞬間、ソラノアの顔が近づいた――いや、近づいていた。

 あと一歩踏み込めば、紫色に染まった唇に触れることができる。

 その接近した距離で、宗太はソラノアの(・・・・・・・・)首を絞めていた(・・・・・・・)


 青白く、生気を失っていくソラノア。腕もだらんと力なく下がる。

 このままでは死んでしまう!――そう分かっているはずなのに、手の力がまるで抜けない。

 硬直して動かないというよりも、何かに操られているような感覚だ。制御できず、締める指の力もへし折らんばかりに強くなっていく。

 ソラノアの瞳からは涙。口からは唾液が溢れ出す。


 何度も。何度も手を離そうとしているのに、まるで言うことを聞いてくれない。

 このままでは、ソラノアを殺してしまう!



『死にたくない』



 どこからともなく聞こえたその声は、制御できずにいた指の力を確かに緩めた。

 開放されたソラノアはそのまま、宗太の足元に卒倒する。


「ソラノア! 大丈夫か!?」


 ソラノアを抱えると同時に、店内で何か大きなものが次々倒れる。

 モニターで確認すると、店員が、客が、並べられた本を巻き込みながら次々に転倒していく。

 それだけではない。カメラに映る店外の人間も、糸の切れた操り人形のようにバタバタその場に崩れ落ちる。


 事態を呑み込めずに宗太は、ただただ唖然とするしかない。

 しかも異常はそれだけでは収まらず、本棚やレジ、天井や壁……さらには店外の光景までもがボロボロと崩れ落ち、内側から別の世界(・・・・)が顔を覗かせる。


 反射的に(・・・・)ソラノアの首を絞める。

 すると崩壊は止み、先程までの光景がまるで嘘であったかのように、店内にいる人間は仕事や買い物などを続けている。散らばっていた本なども、元も場所に戻っていた。


「どうするんですか?」


 首を絞められているはずなのに、ソラノアははっきりと問う。

 起きている異変に対し、まるで理解が追いつかない。

 が、本能だけは真っ先に現状を把握していた。


「どっちを選ぶんですか?」


 指を緩めれば人々は倒れ、周囲は破滅に向かい、その空隙から異世界が――アルトリエ大陸が姿を現す。


「ソウタさんは、どうしたんですか(・・・・・・・・)?」


 刹那、宗太が選んだ結果(・・・・・)が、足元に……


「どうしたんですか!?」


 必死な口調に反して、ソラノアが見せる顔は怒っているわけでも、悲しんでいるわけでも、笑っている、泣いている、そういったわけでもない。

 限りなく無表情に近い。

 それは〝魔女〟ソラノアに見た表情だ。

 だがそれでも、ソラノア・リスフルーバそのものだった。

 寸分違わず、ソラノア・リスフルーバが持つ面持ちの一つであった。


「どうしたんですか!?」


 やめてくれ……


「どうしたんですか!?」


 許してくれ……


「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」「どうしたんですか!?」



 誰か、助けてくれ!


 ◇◆◇◆◇◆


「どうしたんですか、ソウタさん!?」


 視界一杯に迫る、真っ青なソラノアの顔。


「うわああああああっ!」


 みっともない悲鳴を上げながら、宗太は覗き込んでいたソラノアを払い除ける。

 勢いよく尻餅をついた彼女は、目を丸くしたまま固まってしまう。痛みよりも、思ってもいなかった宗太の反応を理解できていないようだ。

 そんな呆然する彼女を見、ようやく見ていたのが夢であったと宗太は気づく。


「ごめん……いや、ありがとうソラノア。心配してくれたんだよね?」

「えっ……ええ……」


 宗太は布団から起き上がると、何事もなかったかのように片し始める。


「……大丈夫ですか? 苦しそうにうなさされていましたけど……」

「うん。少し嫌な夢を見てたみたいでさ……でも、もう大丈夫だから」


 それでソラノアの気がかりが解消されることはないのは分かっている。

 だが、夢の内容を説明するわけにもいかない。今はただ、平気であると装うことしかできない。

 布団をしまう様を終始眺めていたソラノアに、宗太はいつもの口調で――どこまで違和感がないか、自身では測れないが――言う。


「寝汗が酷いからさ、軽く洗い流して来るね。先、食べてていいから」

「……はい」


 宗太は気づいていた。ソラノアだって同様だろう。

 互いが互いに、今までの日々を繕おうとしていることは。

 ランゲルハンス島での出来事以来、不確かな、だが確実な溝ができあがってしまっていることは。



 それに何より、もう元の関係に戻ることはできないことは……

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