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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十章 望みが消えた時、霧は真実を映す
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エピローグ 揺らぐ願い

 宗太が次に気づいた時、そこは真っ白な世界だった。

 だが『星約の刻間』や『無望の霧』深部。ましてや先程見た病室ではないとすぐに気づいたのは、足元の感触が明らかに土だったから。

 

 戻って来た(・・・・・)のだ。


(……アルトリエ大陸に)


 霧の中に包まれているが、濃度はそれほど濃くはなさそうだ。

 ここが願った場所というのなら、近くにいるはずだ。ソラノアが。

 ――心臓が跳ねる。

 果たして自分は、彼女をまともに見ることができるのか。会話することができるのか……


「ユキシロ!?」


 声の方へと振り向く。

 真っ先に駆け寄って来たのは、呼んだ本人であるステファニー。しかし、視界に入ったのは長身の男の隣にいるソラノアだった。

 ソラノアもこちらに気づき、二人の目が合う。


『――っ!?』


 それぞれがそれぞれ、想像していたもの(・・・・・・・・)とは違う表情を(・・・・・・・)浮かべていた(・・・・・・)

 互いに息を呑む。沈黙はほんの数秒。最初に言葉を漏らしたのはソラノアだった。


「……戻って……」


 咄嗟にソラノアが口を噤んだ。

 その真意を、当然のことながら宗太は捉えることはできない――ソラノア自身もそうであるように。


「…………」

「…………」


 なんと切り出せばいいのか。何を伝えればいいのか。もはや二人には思いつかない。

 それぞれ、胸中の最奥に潜めた秘密を、何かのきっかけで零してしまいそうだったから。

 絶対に明かすことのできない、自らの世界を揺るがした真実を。


「って、フェイは一緒じゃなかったの!?」


 顔面蒼白になるステファニーに答えたのは――


「無事に出てこられたようだね」


 ――苦笑するフェイ当人であった。

 余裕を見せるものの、『無望の霧』から逃げて来たのだろうか額には汗が滲んでいる。


「――フェイ!」


 フェイを見た瞬間、宗太の視界が真っ赤に染まる。

 即座に胸倉を掴み。言葉よりも先に拳がフェイの顔面を抉る――ことはなく、直前で空を切った。

 ステファニーに羽交い絞めにされ、外そうともがくが筋肉の鎧はまるでびくともしない。


「喧嘩してる場合じゃないわよ! 時間がないの!」

「てめぇは、あの中のことを知っていたのか!?」

「……何を見たんだ?」


 訝しむフェイの表情には、どこか想定していない驚きが垣間見えた。


「だから! 口論している暇はないわよ!?――フェイ! 高速移動能力を使って! 〝魔眼〟の力を使えば目視距離の問題は解決するでしょう!? 船にいる人間も救うわよ!」

「ステファニー……使うけど一言多いよ。何さらっと暴露してるのさ」


 フェイは苦笑いを浮かべるものの、そこには諦観が含まれていた。

 同じような態度のザイスグリッツに提案する。


「そういうわけだ、ザイスグリッツ。互いに能力が割れてしまった身。協力し合おう」

「……分かったよ」


 深い溜め息を吐いたあと、フェイは全員を集めた。


 ◇◆◇◆◇◆


 アルトリエ大陸本土。帝都領にあたる港――ランゲルハス島へ向かった場所へと無事に戻って来た。

 波乱が混沌を生み、多くものを喪失させることとなった島での出来事。最終的に『無望の霧』に包まれた島は、もう二度と上陸することはできない。


 その混乱による結末は、港に帰還しても収まりは見せない。

 まず、ここが帝都領であるため、一緒に生き残った【千星騎士団】や【ローハ解放戦線】などは拘束され、尋問をする準備を整えている。

 とはいえ、安堵に胸を撫で下ろす者が大半だ。中には所属など関係なく、喜び合う者までいる。

 それに大陸条約がある以上、非人道的な行為は行わないだろう。聞き出す内容も島で起こったことが主となると予想できる。

 港は――もはやアルトリエ大陸全土か――今、『無望の霧』の接近を観測し、情報の収集と対策に追われているのだから。


 そして、拘束は『魔物』達も例外ではない。

 ソラノアやテッジエッタが仲介に入り、入国管理官などと入念な話をしている。リーリカネットはもっぱら、整備員などと一緒に蒸気船の損傷個所を確認していた。

 各々がそれぞれの役割を熟していく中、宗太は独りみなから離れた場所に座っていた。それこそ隠れるように。


 視線を移すと、フェイとステファニーが何か揉めていた。

 フェイは終始、〝魔弾〟の能力を自らの口から決して割らなかった。

 それでも『何かしらの特定条件に於いて、自身と任意のものを含めた存在を、目視できる地点まで瞬時に移動が可能』とまでは、大型蒸気船ごと一瞬にしてこの港に移動させたことから推測できた。


(肝心の、あいつが『星約の刻間』について知っているかどうかは聞けず仕舞いだ……)


 宗太が『無望の霧』で目の当たりにした、真実と現実。

 誰かに訊くわけにもいかず、ただただ胸の中を巣食い、底も先も測り得ない闇が拡がっていく。

 思わず両手で顔を覆い、俯きながら独りで心を落ち着かせた。


 様々な絶望(・・・・・)に、入らなければよかったという後悔が止まない。アレクセイに会え、自らが何者なのかを再確認できたとはいえ。

 目を瞑ったところで、もはや避けることはできない。逃れたところで、この閉ざされた世界では元の場所に戻って来てしまう。

 今、誰かに話しかけられたら、何を口走ってしまうか分からない。自制は利かず、わけも分からず喚き散らし、取り乱してしまうかもしれない。


 ザイスグリッツと会話をするソラノアの背中を、指の隙間から見つめる。

 彼女もまた、どこかこちらを避けているようであった。

 が、それは単に自分が遠ざかろうとしているからか……?

 ただ、この現状に於いてはむしろ幸いだ。

 何せ……


(もし……あれが本当にソラノアなら……)


 宗太は自問する。

 答えが出ないことは分かっていたとしても。


『魔法』(イグドラシル・ロウ)を手にし、必ず元の世界に帰る……)


 宗太は胸中で強く決意する。

 あの時。アレクセイに感謝した姿こそ本来の自分だ。

 帰るべき世界の、当り前の姿だ。

 それを取り戻す。


(どんなことがあろうとも。俺は帰るんだ……)


 何度も、何度もその言葉を復唱する。

 目の前の事実を塗り潰すように。見えなくなるように。

 だが、それ(・・)は心にもう染みついていて、拭えない……





(――たとえ(・・・)ソラノアの命を(・・・・・・・)奪ったとしても(・・・・・・・)……?)

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