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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十章 望みが消えた時、霧は真実を映す
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5.運命共同体

〝魔女〟ソラノア(・・・・)


 宗太は一瞬、言葉の意味を理解するのが遅れた。いや、放棄しようとした。

 だが、呼ばれた彼女を見れば、その名を忘れ去ることなどできない。


「嘘だ……」


 頭を振り、目を背け、俯く。

 もう彼女を瞳に映す勇気はない。

 何せ〝魔女〟ソラノアと呼ばれた少女は、宗太が知るソラノア・リスフルーバそのものだから。


「違う……」


 いくら差異を探したところで、服装や髪形が多少違うだけ。そこには紛うことなき、ソラノア・リスフルーバが立っていた。

 ふいに、ある言葉を思い出す。


『私は恐らくは十六歳くらいかと』


 年齢を聞いた時、ソラノアがそう返してきた……


「そんなわけ……」


 オルクエンデに精神を乗っ取られた時、ソラノアがいたから戻ることができた。

 月星隷の時だって、彼女の呼びかけが届いたから。

 彼女が、いたから……


「違う違う違う違う違う!」


 もはや立ってはいられず膝から崩れ落ちた。全身の力が抜けていくのが分かる。

 指先も酷く冷え、震えが止まらない。

 足元が、瓦解していく……


「なんだ? 騒がしい……」


 若い女の反応に、みなの視線が上へ――宗太へと集中する。


「子供? なんであいつは整列していない?」


 ジャックが口を開く。

 当然と言えばそうだが、宗太に見覚えはなさそうだ。


《彼は〝魔人〟ユキシロ・ソウタ=オルクエンデ――まあ遅刻者を蚊帳の外に置くのは当然の処置だろう?》

「冗談で誤魔化せると思う――」

「〝魔人〟だと!? 話が違うぞ!」

《この『星約の刻間』の特性は説明したはずだ。サレノ・アゾウル=オルフィスアン》


 ジャックの言葉を遮って、血相を変えた五〇代くらいであろう男――サレノ・アゾウル=オルフィスアン。

 小太りでやや背が低いせいもあってか、威厳はジャックの方が遥かにある。


「だが――!」

「そいつは、なんだ……?」


 サレノを遮ったのは、宗太の震えた声だ。

 勢いならサレノの方がある。それでも異質の存在である宗太の発言が勝ったのは、この場の緊張感の助けもあった。


《ユキシロ・ソウタ。君は今、色々混乱しているだろう。が、黙っていてくれないか? どうせ君はもう知っている》

「何も分かんねぇよ!」


 喚き散らし、宗太は〝魔女〟を指さす。

 指先が僅かに震え、かつ少し逸らしていたのは無意識だ。


「そこにいるのは、一体なんなんだよ……?」

《さっき言った通りだ》

「そこの〝魔女〟ソラノアと〝魔人〟オルクエンデは何かしらの関係を持っているのか?」

《結果としてはそうなる》


 ジャックはこちらを見たまま『天使』に問う――『天使』の姿が見えないのだから当然か――その雰囲気から、〝魔女〟とは初対面のようだ。


「やっぱり別人なのか……?」


 宗太は呟く。自身(・・)思っても(・・・・)いないことを(・・・・・・)

 分かっている。ただ少しでもソラノアではないという理由を見つけ、捏造し、縋ろうとしていることくらい……


《アレクセイ・ロンキヤート》

「呼んだかい?」


 輪の外側から、一切の前触れもなく老人が現れた。

 白髪に皺だらけの顔。声で判断できたものの、初見では男か女か区別がつき難い――〝魔女〟の隣にいる人星隷ほどではないが。

 背筋は伸びているが歩く様に俊敏さは感じられない。骨ばった印象を与える身体は、この中の誰よりも弱々しい。


《ユキシロ・ソウタ=オルクエンデをそこから外してくれ。このままでは君達の願いにも支障が生じる》

「現状、計画はどこまで支障を来しているんだい?」

《案ずるな。そのための『星約者』だ》

「私達はあなた方の駒とでも?」


 若いのか化粧で誤魔化しているのか判別し難い、一際豪華絢爛な衣裳を纏う女が『天使』に訊く。


《ポワンラーン・ジシュエ・クワイアット。これは世界の存命をかけた計画だ。時には君達の矜持を捨てでも従ってもらう》

「んで、その『救われた世界』の時代に俺らは生きているのか?」

「すでに絶命しております。河商卿ナッシュタニア・ドルクリキュ様」


 皮肉気味な男――ナッシュタニアは四〇代後半くらいだろうか。その面持ちは厳しく、年相応の偉容の風格だ。

 そのナッシュタニアに返した女は、二〇代半ばといったぐらい。髪は短く、背も高くないため見上げている。服装も黒のスーツ。ポワンラーンとは対照的に化粧っ気はまるでない。


「この他人の気持ちが分からねぇ乳臭ぇ嬢ちゃんが、【連星会】河商卿の後継者になるんだろう? ええと……?」

「先も申した通り、五代目河商卿のサラ・キミュラ=ナッシュタニアです」

「お前みたいのが総統で、【連星会】は未曽有の大不況もいいところだろ?」

「いえ。河川運輸部門の利益は事業拡大に成功したドルクリキュ様が現役であった頃に比べ、この四五年、当主が変わり続けてもなお確実に伸びております」

「救われるべき世界ってのは、商いに義理人情が潰えた時代なのか?」


 嫌味を混ぜて嘆くが、サラはそれを真正面から受け、何か真面目に返答していた。

 が、もはやそんな会話など宗太にとってはどうでもいい。


 唐突に現れた老人に視線を戻すと、宗太以外にも彼に視線を向けるものは何人かいる。

 ただその中で最も反応しているのが、黒い修道服のようなものを着た難しそうな女。面妖なものでも見るかのような、俄かには信じられないといった様子である。

 その女は訊ねたというわけではないであろうが、零す。


「アレクセイ、どうして貴様がいる……?」

「『天使』よ、私を呼んだのは間違いではないか?」

《いや、『星約者』に今後の計画について話すのには丁度いい》

「私の言葉には聞く耳は持たぬと!?」


 熱り立つ女に老人はゆっくりと顔を向け、穏やかに、


「そう急ぐことはない。剣姫王ティア・チェリオ」

「貴様! やはり〝魔剣〟か!?」

「いい加減にしろ!」


 再び宗太に視線が集まる。

 しかし、そのどれもが煩わしさや鬱陶しさなどの興味を失せたもの。現に、すぐさま各々の会話を交わし始めた。

 ただし宗太にとってもまた、それらの関心などどうでもいい。


「俺が訊いているんだ!? その――!」


 ソラノアに似たと言いかけて、一瞬詰まる。


「――その〝魔女〟はなんだって訊いてるんだよ!?」

《本題をうやむやにされた質問をされても困る。貴様はただ、核心を受け入れたくないだけだろう?》


 図星に言葉を失う。

 質問は何も真実が強いたいわけではなかった。

 仮に『天使』が明言したところで、『こちらを動揺させるもの。または弱味を握るために用意した存在』などと、都合よく解釈しただろう――破滅願望も混じっていたかもしれないが。


《残念だが、君の願望では真実は捻じ曲がらない》


 それが『天使』の返答だ。

 この騒がしさの中、終始無言・無反応を貫く〝魔女〟ソラノア。

 宗太を見向きもせず。ただ遠くの一点を見つめたまま立ち尽くす彼女。

 直接、話かけるべきか……?――宗太が膝をつき、立ち上がろうとする。


「私も彼女と面を合わせると厄介になる。悪いが連れて行かせてもらう」

「やってみろよ!」

「できるから言ったんだよ?」


 宗太が膝をつく床に星印が浮かぶ。

 立体交鎖を始めたところで、そこから脱するように宗太が飛び出す――

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