エピローグ 神々が失墜した、この世界で
【凶星王の末裔】首領、ジャック・リスフルーバは執務室に戻ると、白い外套を衣文かけへかける。
〝魔人〟召喚は想定とは違う事態に至ったものの、計画を破綻させるものではない。
椅子に腰かけ、机に向かう。
やらなければならない仕事は無数にある。机には資料と報告書、書類が山積みになっているのだ。それらは表向きの顔であるムーンフリークの議会委員としての仕事であり、本業と同じで適切に、それでいて正確に熟していかなければならない。
それからしばらく、時計が時を刻む音と万年筆が踊る音が部屋を支配する。
と、いい加減に鬱陶しくなったので、ジャックは仕方なく口を開く。
「火事場泥棒が一体なんの用だ?」
《酷い言い草だな》
声だけが響く。
それが正面からか、背後からか。上下左右どこから聞こえてくるのかは把握できない。姿が見えないのだからなおさら。
しかし、自分にはこの化物の存在を認識できる。
《でも、そうしなかったら世界はすぐにでも滅んでいたよ?》
「どうだかな。お前達が出しゃばったせいで、この事態を引き起こしたとも言えるんじゃないのか?」
《またその話かい?》
面倒だという口調に対し、ジャックはそれ以上言葉を続けない。
こちらとしても、なんの実りもない水掛け論に時間を割いてやる義理もない。
それに、この不愉快極まりない存在には、一刻も早く消えてもらいたかった。一刻も早く。
《しかしだ。まさか、あんな風に〝魔人〟を召喚できるとは思わなかっただろう? だけど、結果として君の仮説の二つが一気に証明されたわけだ。よかった、としておくかい?》
「お前に褒められたところで、一体なんになる?」
《そうだね。褒められて伸びる年齢でもないしね――それにおっさんに喜ばれたところで、僕も嬉しくはない》
饒舌に喋るこの化物は、果たしてなんの目的があってやって来たのか。当然、話し相手が欲しくて来たわけでもないだろう。
ジャックはほんの一瞬だけ疑問に思うが、それが無駄だったということを思い出す。
この化物は、特に用がなくともやって来る。少なからず、こちらにとっては、だが。
《ふむ。ようやく僕の使いが〝魔人〟と接触したみたいだ》
「まさか、貴様……」
《違う違う。それこそ、まさか、さ。そっちじゃないよ。『魔法遣い』なんて使わないさ。ただの人間だ》
「それが接触するまで待っていたのか?」
《そうだよ。別にここで待つ必要はなかったんだけど、折角だから挨拶をしておこうかと思ってね》
それが本心かなど、分かるはずがない。化物の心の内など読めてたまるか。
だがそれでも、こちらがいらぬ介入をしないために監視していたのだろうという想像はできる。所詮は想像でしかないが……
《さて。演じるべき役者は全て揃ったんだ。これから、みんなが愚かしく踊り始めるわけだが、君はどうする?》
「お前達を殺す。それだけだ」
《そりゃそうだ。僕らを殺さなければ、いくら『魔物』を集めたところで『魔法』は使えない》
くつくつと笑い声が聞こえるが、この化け物は果たしてどんな貌を浮かべているのか。
やはりそれもまた、分かってたまるか、だ。
《じゃあね。『星約者』ジャック・リスフルーバ。この神々が失墜した世界で、君がどう足掻くか見せてもらうよ》
そう告げ、化物――『天使』は一切姿を見せることなく、消えた。