4.残された時
大星将マークと〝万物の父〟アルファズルの戦いは、超常現象の数々を引き起こし続けているものの決め手には欠けている。
もしかしたら、マークもまたこの一柱だけをわざと生かしているのかもしれない。理由など見当もつかないが。
ソラノアは肩越しに『無望の霧』を確かめる。
目に見えた変化はこれといってないが、それでもこちらに迫って着ているような圧力を感じてしまう。
内心、焦っているのだ。時間がもうないことを分かっているから。
と、森の向こうから別にものが現れる。
「ちょっと! あれ何が起きてるわけ!?」
慌て気味に駆け寄って来るステファニー。彼女の後ろをソラノアと同い年くらいであろう少年が追っている。
「ああ……あれは〝魔獣〟だ。〝魔獣〟エヴエノギスのジン・アコーだ」
「彼が……」
ザイスグリッツが厄介だと評した『魔物』は、一見すると人畜無害な明るい少年のようだ。
だからこそ、ソラノアは小さな恐怖を抱いた。
無邪気な力は、何を引き起こすか予想ができない。それが強大であるのならなおさら。
「ジン、満足したか?」
「おうよ!」
ご満悦なジンにザイスグリッツは呆れながら溜め息を吐く。
彼が警戒していないということは、そこまで気を張らなくてもいいのだろう。注視こそするものの、ソラノアは緊張を少しばかり緩めた。
「あなたが〝魔眼〟?」
「そういうことだ――そういうあんたは〝魔炎〟アジュペイトランクリのステファニー・ジェイソンだな?」
「ええ。申し遅れたわ」
「ジンがあんたの傍に自由にいるってことは、仲間にでもなったのか?」
「そういうこった」
「……この幸運を素直に喜んでいいものかね?」
額に手を当て口角を引きつらせるザイスグリッツ。
自分が願ったことが実際に叶ってしまう時ほど、誰かが裏で糸を引いているのではないかと勘繰ってしまう。
悪癖だとザイスグリッツは自覚しつつも、その想定は根深く心に纏わりつく。
同じ顔――というわけではないが、降って湧いた幸福に腹落ちしない面持ちのステファニーが確認してきた。
「つまり、そういうことでいいわけ?」
「ああ。あんた達の仲間に加えて欲しい。『魔物』の殺し合い以外の解決法があるっていうのなら、そっちに乗っかるに決まっている。どうせ俺らじゃあ〝魔獣〟には勝てない」
「いや、オイラは〝魔炎〟に負けたぞ」
「はあ!?」
ザイスグリッツが一際大きな間抜けな声を上げた。目と口をこれでもかというほど開く様から、本当に信じられないようだ。
「まあ、私自身も腑に落ちないけど、結果としてはそうだわ」
「〝魔獣〟の能力を看破したっていうのか!?」
「いいえ。どういったものか分からず仕舞いのまま、一方的に降参して来たわ」
諸手を挙げて首を振るステファニーに対し、僅かながらザイスグリッツが安堵したことをソラノアは見逃さなかった。
仲間に加わるといいつつも、強者であると認めている〝魔獣〟の能力の秘密を切り札にしているのだろう。
そして分かるのは、『能力の真の正体を知ってもなお、他の『魔物』達では勝てない』と、ザイスグリッツが認識していること。
「って、悠長に話してる場合じゃないわよ!? ええっと……」
訊きたいことが山ほどあるのだろう。ステファニーは頭を抱えて悶絶している。
「そう! まずはあれ! あそこで意味不明なぶつかり合いしてるあれ! 何なの!?」
指差す先は不気味で強大な魔偽術(のようなもの)を扱う『魔法遣い』アルファズルと、それらを光り輝く棒を振って一掃する『勇者』マークだ。
「『勇者』と『天使』が召喚した『魔法遣い』が戦っているとしか……」
「理由よ、理由! どうしてよ!? 『魔法遣い』は百歩譲って分かるけど、なんで大星将マーク・〝ウルストラ〟・キャラウェイ!?」
「それは俺らが聞きたいくらいさ」
ソラノアの返答にますます混乱するステファニーに、ザイスグリッツは半ば同情する。
「じゃあ、なんであなた達はこんなところにいるわけ?」
「率直に言うと彼女の我儘だな」
「我儘?」
「『無望の霧』に入ったオルクエンデの帰りを待っている」
「どういうこと!?」
気まずいソラノアにステファニーが詰め寄る――前に、ザイスグリッツが身体を割り込ませた。
「話すと長くなるし面倒だから、今はそうなっていると思ってくれ――ついでっちゃあなんだが、そのオルクエンデを〝魔弾〟が迎えに行っている」
「…………」
ステファニーもまた現状が全く想定の範囲外なのだろう。
この事態をどう解釈し、咀嚼すべきか。腕を組んで次の行動を慎重に探っている。
そんな彼女に、ザイスグリッツが訊く。
「なあ? あんたは何か知っているのか? 〝魔弾〟とあんたは島に入るまで行動を共にしていたんだろ?」
「確かに彼は『ソウタが『無望の霧』の中へ入れば、確実に僕らと手を組む――組まざるを得なくなる』と言ってたけど、その理由まではどんなことをしても口を開かなかったわ」
「あいつは『無望の霧』の中を知っているのか?」
「彼の本心なんて一度足りと覗けたわけじゃないけど……でも、それでもフェイ自身が自分の説明を信じるしかないって様子だったわ。まるで誰かに吹き込まれたかのように」
『魔物』という当事者であるのにも拘らず、まるで蚊帳の外に放り出された気分だ――二人はそんな面持ちで嘆息した。
「ところでさ……」
「ん?」
「あたし達って一応は超人のカテゴリーに入るのよね?」
「ああ。そこの混ざりたくてウズウズしてる大馬鹿野郎よりも、あんたの気持ちに共感するぞ」
さらなる疎外感に、ザイスグリッツとステファニーは同時に天を仰いだ。
この島に来てから全員が全員、それぞれ抱いていた思惑のことごとくを無為にされている。
だが必ず、この惨状は誰かの利益に繋がっているはずだ。
とてもではないが、偶然が立て続けに起こったとは考え難い。
幾人の各々の何かの都合によって引き起こされたものが、連鎖してこの結果が招かれたのか。それとも、初めから誰か一人の企てか……
「時間切れか」
呟いたのは、身体が徐々に薄く透明になっていくマークであった。
そして、限界に間に合わせるように光の棒をアルファズル(オーディン)に投げつける。
放たれた棒から、爆発でもしたかのように純白の光が一気に溢れ出す。
それに包まれたアルファズルは、あっさりと存在を掻き消されてしまう。
「ったく。とんだ茶番に付き合わせてくれたものだ」
うんざりとした捨て台詞を残し、マーク・キャラウェイは完全に姿を消した。
人理を超越した『勇者』と『魔法遣い』の戦いと、その結末。ソラノアとザイスグリッツが終始呆気に取られたまま、理解が追いつくことはなかった。
「おいおいおい!」
「――っ!?」
最初に反応したのはザイスグリッツ。何せそれは、まずありえないジンの切羽詰った叫びだったから。
釣られるように、ソラノア達はジンの視線の先を見――
その光景に誰もが足を止め――破局を悟った。




