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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第十章 望みが消えた時、霧は真実を映す
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3.アルトリエ

「父さん! 母さん!」


 宗太は涙交じりの歓声を上げる。

 よかった。全ては報われたのだ。もう人を殺めることや命の危機に苦しめられることはなくなるのだ。

 全て元に戻るのだ。

 帰ることができたんだ。


「…………」

「…………」


 ――しかし、両親の暗い表情が晴れることはない。


「父さん! 母さん!」


 この肉体がどれほど入院をしていたのか分からない。

 もしかしたら、体力が相当落ちていて、自分が思っているよりも声が小さく聞き取りにくいのかもしれない。


「なあ! もうそんな顔しなくていいだよ!」


 喉が張り避けんばかりに叫ぶが、喜ぶ顔を見せてくれない。

 それどころか、無視するばかりで応えようという素振りすらない。


「どうしたんだよ!? 帰って来たんだ! 心配かけて、ごめん!」


 両親へ何度も話しかけようとしたが、声が届かない。

 両親が何度も話しかけているが、耳には届かない。

 そこでようやく気づく。


(そもそも声が出ていない(・・・・・・・)……?)


 唇も動いている気配はなく、四肢もまるで自分のものではないかのように一切の命令を無視する。故に、聴覚そのものも機能していない。

 いや、こっち側の精神と繋がっていない?

 まるで溺れているかのようにもがくが、どんどん深海に引きずり込まれているようだ。


(なんでだよ……帰りたい……早く……帰らせてくれよ……)


 焦燥が、欲求が、希望が。宗太に帰りたい世界と、今いる世界を隔絶する壁を実感させた。

 確かに見えている。見えているからこそ、遥か彼方に希望がある……



『ソウタさん……行って下さい』



 足が止まる(・・・・・)

 唐突にはっきりと聞こえたソラノアの声。

 だが瞳に映るものは、病室で憔悴し切っている両親だ。

 しかし、脳内で描かれる光景は……


(その顔は逆効果だよ、ソラノア……)


 去り際に見た彼女の姿。

 向けた笑みが繕ったものだというのは容易に理解できた。

 胸の内に秘めた真意を、懸命に隠そうとしているのだと。

 いつもの向けてくれる、本来の笑顔を何度も見ているのだから。


(俺の帰りを待ってくれる人は、あそこにもいるんだ……)


 服装は元の服――ただし防護服は消滅し、それまで着ていたものだ――に戻り、病室と思しき光景も霧の中に消えた。

 元の世界で眠る宗太の肉体を介して、帰りたい世界がただ見えていたのだろうか。もしくは、単なる幻想か……


(まだ帰れない……)


 すると、今どこにいるのか。自覚できるようになる。

 宗太は真っ白な部屋にいた。

 といっても、当然ながら病室ではなく、本当に何もない空間であり、それこそ霧の中に戻ったようだ。

 ただここには混沌や先の見えぬ不安などはなく、むしろ秩序と安定を感じる。


「……ではないのか?」


 下で誰かが話している。

 やはり、先のような上下左右が滅茶苦茶というわけではない。目にこそ映らないが、はっきりとしたの階層があるのだと認識できる。

 気配の方へ進むと、人の頭のようなものが下方に。造りとしてはアリーナに近いのかもしれない。


 俯瞰で確認するに十人以上の男女。それも歳も服装も、人種さえも様々な人間が一堂に会していた。

 円卓があるわけではないが、何故か中央の何かを囲うように円を描いて並んでいる。

 ほとんどは見たことがない顔だが、中にはどこか覚えがあるような者――二〇代半ばくらいの、顔に傷を負ったいかにも人殺しをしていそうな様相の男が特にそうだ――もいた。ただ名前は出てこないが。


《このアルトリエは数多の世界を犠牲にして絞り出された、希望の一滴さ》


 その声が男か女か。子供か若者か老人か。そのどれにも当て嵌まらず、その全てに該当する。

 それが『天使』であるとすぐに理解できた。

 では、中央に『天使』がいるのだろうか。

 全員が全員、中央に意識を持っているわけではないが概ね正しいだろう。


「この世界に齎された危機。そして、この『星約の刻間』なる場所に我らが集められた理由は分かった。だが、お前達の話を信用するにはまだ欠けることが多い」

《この人理を超越した現象を直に目の当たりにしてもか? ジャック・リスフルーバ》

「なっ――!?」


 見知った名を耳にし、宗太は目を見開く。

 その者こそ、いかにも人殺しをしていそうな様相の男であった。

 若かりし頃のジャック・リスフルーバと言われれば、確かにそうだと納得できる。


(でもなんで……?)


 困惑が頭の中でぐるぐると回る。

 なんであの男がいる? それも若返って……

 宗太はここが一体どういった場所なのか。改めて探る。


 ほとんど名前の分からぬ者達。その周りには装飾すら存在しない。ただの空間だ。

 そもそも、どうしてこんな場所――ジャックは『星約の刻間』と言ったが――集まっているのか。

 まず『天使』の思惑が絡んでいるのは間違いない。

 そして『この世界に齎された危機』というからには、『魔法』(イグドラシル・ロウ)に関わることことだ。


(ジャック・リスフルーバの口振りからして、もう話し終えているんだろうな)


 もっと早くこの『星約の刻間』に気づくことができたら、それこそ元の世界に帰るきっかけを掴めたかもしれない。

 両親をあんな顔にすることはなくなるかもしれなかった。

 悔いるものの、その感情にいつまでも押し潰されるわけにはいかない。

 歯を食いしばって注視していると、集う物の中に一人、異様な人間が立っている。


『天使』のように男か女か。若いのか年老いているのか。それが分からないとはまた違い、はっきりと『人間』と認識できる『何か』がそこにはいた。


 ――が、問題はその隣(・・・・・・)だ。


(――っ!?)


 視線も呼吸も、もはや心臓さえも止まったかと錯覚してしまうほどの衝撃。

 全ての人物は宗太の視界から消滅し、ただその者しか映らない。


「そいつの言う通りだ。人理を超越しているからこそ、貴様らを信じられるわけがない。それにまだ、(じん)星隷の隣にいる女の説明が終わっていない」


 誰か若い男が、まるで宗太の心を代弁するかのように『天使』に問う。


《彼女は君と同じさ》


 ただ、それは同時に最も(・・)知りたくはない答え(・・・・・・・・・)でもあった。


《彼女は十在る『魔物』が一柱――》


 全ての視線が少女に集中する。

 その薄紫色をした長い髪の、小柄な少女に。


(違う……)


 ゆったりとしたドレスの隙間から覗く、白く彫刻よりも美しい肌。

 体型の分かり難い服からでも、主張している部分ははっきりと分かる。


(そんなわけが……)


 薄く形のいい唇に筋の通った鼻。柔らかさを感じさせる頬。

 髪と同色の瞳には、芯の強さが灯っている。


(嘘だ……何かの間違いだ……)


 今でこそ無表情だが、そこから生み出される暖かな笑みはすぐにでも想像できる。


(頼むから! やめてくれ!)


 できてしまうのだ(・・・・・・・・)


《〝魔女〟――》


 そして『天使』は、始まりの『魔物』の名を告げる。





《〝魔女〟ソラノアだ》

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