2.選ばれし者
ソウタを待つソラノアとザイスグリッツは、いつ衝突するか分からない『勇者』と『魔法遣い』から離れた平地でその様子を伺っている。
人智を超越した化物同士がぶつかった際の衝撃など想像ができない以上、森や崖などの二次的被害が予測される場所は避けていた。
その『勇者』マーク・〝ウルストラ〟・キャラウェイと『魔法遣い』〝只中の〟ジャーナンドは、対峙したまま動こうとはしない。
唯一、大量の〝ゴースト〟が『魔法遣い』達に攻め入るが、ちょっかいを出している程度でしかなく、軽くあしらわれるだけで消滅していく。
とはいえ、動きがないだけで沈黙が続いているというわけではない。
マークは先程から、未だ姿を見せぬ『天使』に向かって忠告をしていた。
「悩んでいるのか、『天使』。お前も分かっているだろう? 私もそう長くはいられないことくらい。これ以上、動きがないのなら強制的に排除させてもらうぞ?」
ソラノアとしては『勇者』が『魔法遣い』と戦ってくれた方がありがたい。
計画戦争が始まれば、【千星騎士団】の筆頭たる大星将が戦場に現れるのは確実である。彼の武勇伝は数あれど、百聞は一見にしかずだ。
それに相手は『魔法遣い』。普段見せない戦いをするであろう。
(……ソウタさんが戻らなか――)
胸中でソラノアは言葉を一瞬だけ詰まらせ、
(オルクエンデの力が戻らなかったら、何もかも終わりだけど……)
本質のみを自らの言い聞かせるように訂正する。
最善はソウタが無事に帰り、オルクエンデの力が誰かしらの『魔物』へと継承されること。
ソラノアもそう望む。
《もう我慢ならん! 我を呼んでおいて待たせるとは、どういう了見だ!?》
〝只中の〟ジャーナンドもまた天を仰いで叫ぶ。
その苛立ちを表すかのように、巨木のような脚を踏み込んだ。
たったそれだけでも、脆弱な人間には脅威だった。
避難しているソラノアだったが、鬨の声と踏み込みは全身を痺れさせるほどに巨大であった。
一方、人類を遥かに凌駕した巨人の行動を前にしてもなお、マークは同様の一つも見せない。
それどころか、
「苛立ちをいちいち態度で示すな。子供か?」
《――っ!? 人間風情が! この闘争の王を愚弄するか!?》
怒髪天を衝くとはこのことかと言わんばかりに、その激昂は真上にある雲を散らした。
ついには『天使』の発言を待たずして、〝只中の〟ジャーナンドが口火を切る。
マークへと駆けるその一歩で地面は穿たれ、大きく揺れた。
〝只中の〟ジャーナンドの有象無象の武器が装備された、六つの腕の内の一つ。槌やメイス、トンファー、鉄鞭、他節昆などの鈍器が装備された腕を、マーク目がけて真正面から振るう。
「堕神如きが人間を見下すな――『平和を捥ぎ取る魔刈斗之剣』」
マークの右掌が真っ白に光ると、刹那にして身の丈の二倍はありそうな『棒』がその手に握られていた。
異形の棒を上から下へと軽く一振りする。
たったそれだけで、闘争の王は頭頂から股間にかけて両断されてしまう。振るった腕は丸ごと消滅した。
左右に裂けた〝只中の〟ジャーナンドの肉体は、まるでマークを避けるように彼の真横にそれぞれ倒れた。
(今のは魔偽甲? 魔偽術? でも……)
両手を組むという魔偽術の構成動作をしていないどころか、そもそも術図式が全く見えなかった。
オルクエンデが扱ったような真なる魔偽術とも違う。それこそ、超常の力としか言いようがない。
(これが『勇者』)
マークの手に握られていた『棒』は小さな鳴動とともに、まるで最初からこの世界には存在していなかったかのように、唐突に消え去った。
それを見計らってか、マークの真横で絶命していたと思われた〝只中の〟ジャーナンドが、片腕片足を器用に使って立ち上がった。
《切り裂いたところで闘争は終わらん! 争いは不滅だ!》
「それを終わらせるのが『勇者』というものだ。連なれよ星々――《断鬼矢座》」
マークが手を組む瞬時に術図式が展開され、〝只中の〟ジャーナンドの右半身に無数の矢が襲う。
その結果を見終えるも先に、マークは立て続けに左半身に攻撃を始める。
「『悪意を千切る苦汰刃之剣』」
振り下ろされ、横薙ぎ迫り、下からも襲ってくる〝只中の〟ジャーナンドの数多の武器も、マークの手に現れた純白の『棒』から伸びた幾本の糸に雁字搦めに縛られてしまう。
そこから細切れにされるまでは、刹那の出来事であった。
(魔偽術は手を組んだということは、オルクエンデが言う『真なる魔偽術』とは別の力?)
ソラノアは観察を続けるが、所詮は人間の知識の範囲でしか推測ができない。
マークがこちらを警戒し、手を組むという本来なら不要な動作をすることで真実を隠蔽したとも考えられる。
「次はあれだな――『鎮魂を植えつける浄迦射之剣』」
『魔法遣い』という脅威を倒したというのに、まるで仕事の一つが片付いたといった風なマーク。
そんな彼が、次の業務を終わらせるかのように左腕を突き出す。
現れた真っ白な『棒』の長さは地に着き、彼自身の身長を超えるほど。それがさらに十字に変化すると、天地を穿たんとする縦棒が弧状になる。
(剣というよりも……大弓?)
ソラノアの疑問を解消するように、マークが弧状の『棒』を引く。
放たれた『棒』は真っ直ぐと飛び、〝朽ち果てるバレイリオの腐〟ガウ・ヅゥイド・ハルナレゥの中心へと突き刺さった。
目に見えた衝撃やダメージはなく、ただ『棒』が脈動する肉塊へずぶずぶと埋まっていく。
それから数秒ののち、〝朽ち果てるバレイリオの腐〟ガウ・ヅゥイド・ハルナレゥの動きが見たりと止まる。
始めこそ異変の原因が分からなかった。が、『棒』が埋まっていた部分を中心に、『棒』の白色が滲み渡っていくことにソラノアとザイスグリッツは気づいた。
全体が漂白されると、自重を支え切れなくなったのか一気に瓦解した。
「あと一匹か――どうする『天使』? そのまま置物にしておくか?」
《……〝万物の父〟アルファズル。『勇者』を迎撃しろ。どうせ今の状態の『勇者』は消したところで死にはしない》
その命に従い、『魔法遣い』〝万物の父〟アルファズルが軽く、それこそキャッチボールでもするかのように魔槍をひょいと投げた。
瞬間、魔槍は消える。
状況の収集と分析が得意であるソラノアでさえ、この人智を超えた事態に理解が追いつかない。
咄嗟にザイスグリッツの顔を伺ったが、彼は首を振って返答した。
「絶対必中も私の前で名折れだな」
いつの間にか、マークの真後ろの地面に深々と刺さっていた魔槍。
それを引き抜くと、〝万物の父〟アルファズルへと放り捨てるように投げ返した。
ソウタが神と呼んだ『魔法遣い』〝万物の父〟アルファズルだが、声や表情にこそ出さないものの、その一部始終を俄かには受け入れられないような様子であった。
足元に転がる魔槍を取り上げていいか判断が難しいようで、〝万物の父〟アルファズルはマークの出方を伺っている。
「心配するな何度やっても無駄なことだ」
嘲笑するわけでも挑発するわけでもなく、ただ当然のことであるといった口調だ。
「お前達がいた世界では万能だったかもしれんが、所詮は失墜してこの世界にしがみつく下僕だ。アルトリエ大陸に縛られている以上、お前らが使役する御業も魔偽術の域から出ることはもちろん、条理は『勇者』の概念を超越することは永遠にない」
それはまるで『勇者』の力が魔偽術ではないどころか、それさえも超越する何かとも取れる。
すると今度は、〝万物の父〟アルファズルがこの世のものではない言語を口にする。
呼応するようにその周囲に星印がぽつぽつと現れ、立体交鎖がなされていく。
さながら真なる魔偽術のようだが、ソラノアにはそうと断言することはできなかった。いや、拒んだ。
何を構成しているか分からないという点では、オルクエンデの術と同じ。だが、その構成は圧倒されるというよりも、目を背けたくなるほど些末で下品だ。
星印配置や立体交鎖など術図式に無駄が多く、術として完成させるのに遠回りをしている。とにかく歪んでいる印象を受ける。
(『勇者』の言葉から推測するなら、魔偽術で無理矢理に再現されている……?)
「『破局を蹴散らす闇赦那之剣』」
その歪な術図式がまだ構成途中なのか、すでに発動しているのか判断できない。
ただ、マークの手に現れた『棒』を振りかざすだけで、その軌跡をなぞるように薄気味悪い術図式は掻き消けされていった。
「奴さんらは、一体全体何をしてんだ?」
「『魔物』のザイスグリッツさんが分からないのでしたら、もはや私達には分かりようが……」
「いやー―まあ、これは俺だけかもしれねぇが――、魔偽術の解析に関しては俺よりもはるかに優れている人間はごろごろいる。所詮は、俺達『魔物』は誰かが用意した駒の一つでしかねぇようだからな。だから俺よりも優れている君が分からなかったら、お手上げだ」
誰よりも最前線にいるソラノアとザイスグリッツですら、完全に蚊帳の外に立たされている。
ただ、その位置だからこそ生じる疑問と問題もある。
「この膠着状態が解消されて、果たして俺達にはメリットがあるか?」
ザイスグリッツの不安は、ソラノアもまた危惧していたことでもある。
「難しいところですね。何せ、『勇者』は堂々と『長くはいられない』と言いました。『天使』が『魔法遣い』を追加召喚しない現状から把握するに、『勇者』の存在は確かに抑止となっているはずです」
「だっつうと、『魔法遣い』が四体同時にいる状況は、取り返しのつかないほど『魔法』に悪影響を及ぼすか?」
「充分に考えられると思います。ですけど、ここから四体目を召喚しないという保証はありません。それを行ったのが、他でもない『魔法』の番人である『天使』ですから」
ソラノアとザイスグリッツの脳裏に過る最悪の想定は限りなく酷似しており、二人とも互いにそれを考えているということは薄々感づいている。
なので会話は問うというより、照らし合わせといったところであった。
「まあそもそも、『魔法遣い』召喚の意味がオルクエンデを『無望の霧』に侵入させないためってなら、することもないだろうが……」
「『勇者』と対峙するつもりのなかった『天使』が、ソウタさんが消えてもなお送還しなかった――ということは、別の意図があるんだと思います。『勇者』の口振りからして、送還できないとは考えにくいですし」
「もしくは、オルクエンデがまだ『無望の霧』に入っていない。それも考えられるが……」
フェイは連れ戻すといったと約束した。ものの、そもそも『無望の霧』に連れて行くためにこちらにやって来たのだ。
帰還不能の危機が迫っているとはいえ、あの策士気取りの〝魔弾〟の浅はかさがどの程度か判断がしづらい。
結局、ザイスグリッツと意見を交換しても、それらが正解かどうかも確認できない。
この理解を逸した超常を、無理矢理自分達の知識に当て嵌めること。そうすることでなんとか、現実逃避をしないで精神を保とうと足掻いているにしか過ぎない。
「ソラノア、俺が君に何を求めているのか分かるか?」
「えっ?」
急に振られ、ソラノアの反応が鈍る。
――今の会話から導かれる、ザイスグリッツの要望とは……?
すぐには見つからず、口ごもるソラノアだった。
少なからず彼のソラノアに対する口振りの変化から、試したり茶化したりしているのではないと断言できる。
信頼関係が変化した故の逡巡はほんの数秒であった。
ただ彼女の返答がすぐに出ないことを読んでいたからか、ザイスグリッツは構わず続ける。
「俺達もまた霧の中で彷徨っているようなもんだ。何一つ分からない。だからこそ、俺はテメェが生き残るためなら、君の意志を無視してでも帰還させる」
はっきりと断言したあと、ザイスグリッツはソラノアの薄紫色の瞳を真っ直ぐ覗き込む。
一切離れることのない彼の双眸を、ソラノアは背けることができずにいた。
それは蛇に睨まれた蛙――といった類の恐怖からではない。
重要なことを告げる。彼の瞳にはそれが示されていた。
「だが、限界までは君の我儘を聞く」
「えっ?」
「どうせ納得がいくまで梃子でも動かないだろ?」
呆れ笑うザイスグリッツは、辛辣な皮肉屋ではなく真摯な理解者の顔であった。
「だからソラノア。君がこの島の限界を見定めろ。俺だけでなく船で待つやつらも含めた全ての命を背負え――それが本当の責任の取り方だ」
未だ足場の固まっていないったソラノアを支えるには、その忠告は充分であった。
ザイスグリッツの視線から逃げずに頷いたあと、徐々に濃くなり始めた『無望の霧』を――宗太が進んだ場所を向く。
人外達の激突の数々により、『無望の霧』を介して『魔法』に影響を強く与えるのは間違いないはずだ。
そう。確実に、ソラノアが心を整理させるに必要な猶予は残されていない。




