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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第九章 神話が潰えた時、御魂はどこへ還るか
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5.『無望の霧』に立ちはだかる障害

 アルトリエ大陸の末端とはつまり、この世界の末端でもある。

 そういう意味でも、『この世の終わり』と称すのは正しいのかもしれない。


 大陸条約を犯した者への最上位刑ともされる『無望の霧』への流刑は、時として重犯罪者の処刑以外に国家に多大な利益を齎すこともある。

『無謀の霧』の調査が始まる前。大陸条約が制定されて間もない頃にも、ごく稀に霧からの帰還者――というよりも、迷った挙句に戻って来ただが――は存在していた。


 流刑にかけられるほどの重犯罪者達はみな種類は違えど凶悪な精神を持っていたが、帰還者達はまるで別人のように弱々しくなっていた。

 衰弱は脱水や栄養失調などもあったが、何より精神を病んでいた。記録には半日で脱した者もいたが、廃人のように成り果てていたというものもある。

 まともに聞き取れた証言は数少なく、大抵は支離滅裂でどう捉えていいものか分からなかった。

 だがその中にも、まるで口裏でも合わせたかのように共通しているものも存在した。


『霧の向こうは、この世のものとは思えない』


 精神異常による戯言、あるいは精神を病んだと装う際に出た虚言だと当初は捉えられ、ほとんど相手にはされなかった――故に記録物も乏しい。

 しかし、帰還者が偶然持ち帰った遺物――魔偽甲(マギカ)に近しい物体――がそれまでの認識を覆し、概念を根底から変えてしまった。

 何せ、それこそ『この世のものとは思えない』造りだったのだから。


(『無望の霧』について軽く教えて貰ったけど、機密情報なのかソラノアでも中の状態は分からなかったみたいなんだよな。彼女の説明も、申し訳ないけど抽象的で曖昧だったし)


 宗太は駆けながら、これから向かう場所について持ちうる情報を一通り復唱していた。

 他にあるとすれば、現在では技術と解析が進み、『無望の霧』の調査領域も昔に比べて深い場所まで進むことが可能になった。


(というよりは、『滞在時間が伸びた』ってのが正しいんだっけか?)


 本来の予定通りなら、フェフェットに訊ねる機会もあっただろう――現調査に直結する資料である、帰還者・第三五号以降の証言資料は彼女の権限でソラノアは閲覧ができないという話なだ。

 恨めしく思ったところで現実は分からない。歯噛みしながら拠点へと走る。


(月星隷に山が崩されてなければいいけど)


 徐々に霧が濃くなっていくが、これといった異変は今のところない。ただただ、先が見え難くなっているだけだ。

 霧の中。

 奥へ。

 方向音痴というわけではないが、さすがにこの視界の悪さと変容した地形では自信が霧の濃さと反して薄くなっていく。


(なあ? お前は道が分かるか?)

《…………》


 オルクエンデが外部記憶装置として役立ってくれるかと淡い期待を抱いてみたが、意外なことに返答はない。

 考え込んでいるのかと思ったが、そもそもこちらの言葉に反応しているかすら微妙だった。


(聞いてるか?)

《…………》


 もう一度訊ねるが、結果は同じだ。


(これも『無望の霧』の影響か?)


 一つ不安が芽生えたが、今はもうどんなことがあろうとも戻るつもりはない。

 時折、魔偽術(マギス)を使っておおよその居場所を把握し、心許ない脳内地図を頼りに進み続けていた。

 そのため、目の前に拠点が見えた時は少し瞳が滲んだ。

 施設の入り口は幸いにも無傷であり――ひとまず出入り口を確保するためだけにくり抜かれたようにも見える――、二メートルもない鉄門を押して開く。


 中の造りを一言で表すなら『物置』というのが合っているだろう。

 広さはそれこそ、ちょっとしたホームセンターが開けそうなほどと地図を見た時に感じた。

 が、実際目の当たりにすると、とにかく乱雑にものが積んであったり置いてあるので、むしろ窮屈さを覚える、

 加えて、霧も少し入り込んでいるものだから、余計にそれを感じてしまう。

 照明も碌にないため、手探りに近い形で必要な装備を集めていく。


「どうしてぇ~。あなたがここにぃ~?」


 部屋の奥から聞こえた、どこかこもる声。

 それがフェフェットのものだと分かったのは、彼女が現れたら――ではなく、その独特の口調からだった。

 何せ、パンデミック系の映画に出てきそうな防護服ないしは宇宙服のようなものを完全装備していたせいで、顔を全く伺うことができなかったのだから。

『無望の霧』へ入るための受術耐性を高める防護服を着ているということは、こんな時に中で調査を開始するつもりだったか。

 そんな疑問が浮かんだが、この際構わず宗太は目的だけをフェフェットへ告げる。


「俺も『無望の霧』に入りたいんですけど……」

「あなたをぉ~。こん中に入れるわけにわぁ~。いかないんですよぉ~?」


 簡単には入れてくれないことは予測していたが、それは一体どういう理由か。

 この複雑な擬態に於いて、探る必要がある。

 拒否なのか、対峙なのかを。


「あんたも『天使』の手先か?」

「何をぉ~ほざいてるんですかぁ~? 馬鹿みたいなぁ力を入れたあなたをぉ~入れちゃまずいって言うのはぁ~。ゴミみたいな脳みそしてても分かりますよね?」

「……罵詈雑言をぶつけられるのは、リーリカネットで最後に欲しかったんだけどな」


 会話をする気が削がれる口調に苛立ちがないわけではない。

 強行突破をしたくなる衝動を抑えつつ、宗太は次の手札を切る。


「なあ? 確か、大陸条約に違反した場合、『無望の霧』の強制調査もあるんだよな?」


 ぴくり、とフェフェットが僅かに反応する。

 こちらが何を言っているのか。すぐに理解してもらえるのは助かる。


「ソラノア達と一緒に来てもいいんだぜ? 合法的(・・・)に」


 ニェク村で行った【テーブルスナッチ】への拷問及び虐殺。さらには使用が禁じられた魔偽術(マギス)による毒の使用。

 これらは当然、咎められる禁忌であり大陸条約の中でも重罪に値する。

 となれば、刑罰は自ずと決まる。


(このカードは果たして有効なのか?)


 顎を摩り、フェフェットの出方を待つ。

 どういった顔をしているのか。防護服からでは確認できないため、この沈黙は少しばかり緊張を伴う。


「脅迫としてはパンチはいまいちですけどぉ~、とんだクソ野郎っていう点は評価してあげますよぉ~」


 相変わらずの間延びした口調だが。殺気というべきか、顔つきと雰囲気は明らかに敵意がこもっている。

 だが果たして、『魔物』と一対一で足止めができると本気で思っているのか。

 それとも、もっと別の算段があるのか。


「じゃあ、合法的でいいんでぇ~、今日のところは引き返して貰えますかぁ~? ただまぁ~、帰った頃には合法的に行けるかぁ~分かりませんけどねぇ~?」

「僕からもお願いします。ソウタを中に入れてくれませんか?」


 突如として現れたフェイに宗太は僅かばかりに心臓が撥ねたが、決して面に出さぬよう努めた。

 一方のフェフェットは驚きこそ動きには見せないが、不快感はこれでもかというほど、それこそわざとらしく露わにする。


「そもそもぉ~。あなたからの願いを聞くと、思っていたんですかぁ~?」


 最もなことをフェイに返す。

 ただでさえ、【凶星王の末裔】の重要施設なのだ。部外者の願いなど効く耳を持つわけがない。

 加えて、ここで〝魔人〟を失う可能性があり、かつ敵対するかもしれない存在にその弱みを知られることとなればなおさらだ。

 もしかしたら、フェイの狙いはそこにあるのかもしれないのだから。


「そういうわけでずのでぇ~。とっとと船にぃ~、戻っといて下さぁ~い」


 とにかく時間が惜しい。喋り方とは相反して、フェフェットからはそんな心境が垣間見えた。

 踵を返し、彼女はそそくさと部屋の奥――『無望の霧』の深部に繋がる鉄扉へ向かう。


「おい! ちょっと待て!」

「仕方ありませんね」


 宗太がフェフェットの背へ手を伸ばしたのと、フェイの嘆きはほぼ同時だった。

 パンッ――その後すぐさま鳴った破裂音。

 フェフェットが雑に積まれた者を巻き込みながら、音を立てて倒れる。弾け飛ぶ防護服の破片と頭部から噴き出る血液で、綺麗な弧を描きながら。


「――美人を殺すのは、本当に惜しい……」


 フェフェットの死体は上部の半分近くが穿たれており、Uの字に変形したそこから中身が零れていた。

 それに対して視線を向けるフェイのその瞳には酷く冷たく、興味が完全に失せていた。ただの物として捉えているのがよく伝わる。


(……今のが〝魔弾〟の能力か……?)


 吐き気を催さなかったのは、精神を改造されているからか。慣れか。それとも惨殺死体よりも、〝魔弾〟の未知なる力に本能が意識を傾けたか。


「これで障害はなくなりましたよ?」

「いきなりこっちの仲間を殺しておいて、信用しろって?」

「でも利害は一致しているはずです」

「…………」


 訝しむ宗太にフェイが飄々とした態度で補足し始めた。


「心配することはありませんよ? 月星隷に『魔法遣い』の召喚。もはや、人類がこの島の土を踏むことは二度とありません。仮に何かのきっかけで『無望の霧』の帰還者が彼女の死体を持ち帰ったところで、何に、何で殺されたなんて分かるはずもありません」


 饒舌に語る彼の様子に、宗太の疑心はますます募る。

 気にかけているのはそんなことではない。フェイもそんなことくらい分かっているだろう。

 しかし、それを切り出さないということは、やはり暴かれると困る本音が隠れているのか。


「フェイ。お前はこの先に何があるのか知っているのか? どうして、俺を行かせようとする?」

「仮に僕が話したところで、結局ソウタ自身の目で見るんだから。僕がわざわざ語る必要があるかい?」


 何かを隠していると、宗太はほぼ確信する――が、それを糾弾するつもりはない。宗太の願いが叶えば、そんなもの全てがどうでもよくなるのだから。


(とはいえ、拭い切れないよな……)


〝魔弾〟モーフィスシャイト(フェイ・テンユィ)の掌の上で踊らされているかもしれない――その一抹の疑念は。

 だが何を企てていようが、自分が行うことには何も変わらない。


「できれば早めに帰って来て下さいね。私がここまで戻って来た理由はそれですから。みんな、貴方を待っていますよ?」

「オルクエンデを、だろ?」


 反射的に吐き捨てると、フェフェットができた部屋へと速足で進む。

 歩速が早くなったのは単に急いでいるからと、フェイの顔を極力視界に入れないためだ。

 ほくそ笑むフェイによって、ソラノアの微笑みが上書きされそうであり癪だったから。


 中に入ると、よくテレビで見るようなスポーツ施設のロッカールームのような造りだった。

 数えて十五個のロッカー(というよりはクローゼットに近いか?)を、手前から開けていく。中身が全部ハズレなら最悪、フェフェットの装備を剥いでどうにかするしかない。

 そんな覚悟を決めていたが、四つ目を開けたところでそれは杞憂に終わった。

 頭の天辺から足の爪先まで一体化した防護服が、中に一つ吊るされている。


(入るとは思うけど……)


 どのサイズも同じなのだろうか。確認のため左右それぞれ開けてみるが、中に入っていたものは最初に開けたものと大して変わりはなさそうだ。

 装備の確認をするが、所詮は講義を受けず説明書を斜め読みした程度の付け焼刃だ。こえが万全の状態なのか、正直危うい部分はある。


(《夢迷脈路座(ワケュムーモメ)》内で【千星騎士団】がかぶっていたあのヘルメットは、この技術の派生かなんかか?)


 チェックしながら、ふと脳裏に過る。

 ただそれも、正面にあるはずのチャックが見つからぬ小さな苛立ちに、すぐさま忘れ去られる。

 着方としては喉元から股間部にかけて渡ったチャックを開き、背中から羽織るような形で着る寸法だ。

 重量があるため動作が遅く、摺り足で歩かねばならないため少々不便である。

 また手袋部分が分厚く、細かいものを拾うのには不向きだ。フィルター越しの視界はやや黄ばみ、狭まっている。


 とはいえ、移動するだけなら目を瞑れる範囲だ。ただひとたび戦闘が起これば、これを脱ぎ捨てる必要があるだろう。

 酸素ボンベ(だと思う)の残量は満タンだったが、どのくらいの時間持つのかよく分からない。

 通常時は二時間くらい持つようだが、これから入る場所は何もかもが不明確な『無望の霧』なのだ。


(怖気づいてんのか?)


 自らを奮い立たせ、重苦しい鉄扉を内側へ開く。

 すると、この装備を着こんだ人間が一人通れる程度の狭く、照明すらない通路が伸びていた。

 鉄扉が自動的にけたたましい音を放ちながら閉まると、いよいよ何も見えなくなる。


 壁を触りながら――分厚くできているため、感触はかなり少ない――進んで行くと、足の爪先に堅い抵抗が。

 摺り足足で歩いていたため、毛躓くことはなかった。

 正面に手を伸ばしてみると、壁のようなものが――いや、扉だと何度も触れて確信する。

 再び開くが、視界は暗黒に包まれたままだった。

 それから進んでは鉄扉を開く。その作業を数度繰り返していく。

 と――


「――っ!?」


 扉を開いた瞬間、視界が純白に埋め尽くされた。

 いよいよ、『無望の霧』の深部に入ったということか。

 一度、固唾を飲んでから、小さく、それでいて短く息を吸って吐いた。

 そして、自らを奮い立たせるように口にする。


「――行くぞ」



 宗太は洞窟の霧へと入っていく。

 振り組むことなく、奥へと進む。

 この先に、何かがあると信じて。

 希望が、一握でもあると願って。

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