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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第九章 神話が潰えた時、御魂はどこへ還るか
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3.『魔法(イグドラシル・ロウ)』に纏わる世界

『魔法遣い』とはその名の通り、『魔法』(イグドラシル・ロウ)の御遣いである。

 現状では『天使』の御遣いとなっていると、ソラノアには教えてもらった。

 また様々な伝説に在る『魔法遣い』は様々な名と姿が列挙し、いくつかの戦争にも登場し、大きな爪痕をアルトリエ大陸史に残している。

 だが、全ては七〇年以上前のものであり、どれも言い伝えの域を出ることはない。


(そんなお伽噺の怪物が召喚されたっていうのか……)


 堆積していく塊を前に、伝説で謳われる脅威を思い浮かべながら宗太は愕然とする。


《……〝朽ち果てるバレイリオの腐〟》


 オルクエンデが呟いた二つ名を体現するかの如く、様々な生物が腐って発酵したような鼻が曲がりそうな悪臭を出していた。

 山から吹き下りる風にそれが乗ってくるため、呼吸すら拒みたくなる始末だ。


《――っ!? 全員に告げろ! 吸うな! やつは猛毒の化身だ!》

「あいつは猛毒を発している!」


 何かを思い出したオルクエンデの切迫した警告に、宗太は間髪入れずに声を張り上げた。それと同時に防御璧の魔偽術(マギス)を、『魔法遣い』を覆うように形成した。

 しかし、天空の術図式から爛れ墜ちてくる肉塊に、障壁の天頂部が簡単に穿たれてしまった。当然、そこから毒風が漏れる。


「連なれよ星々!――《風撃波座(ヒクゴエヘ)》!」


 宗太に続いたのはソラノアの魔偽術(マギス)

 轟音を伴う突風は、障壁をすり抜けた毒風を瞬時に押し返す。ものの、肥大化していく『魔法遣い』から発せられる量が増える一方で、押し留めることはできない。

 その光景を見て、ようやく他の者達も一斉に魔偽術(マギス)を構成する。

 魔偽術(マギス)の基本動作とはいえ、手を組んで懸命に唱えるその様は、まるで神へ救いを求めているようにも見える。


「『魔法遣い』は『魔法』(イグドラシル・ロウ)に影響はねぇのかよ!?」

《充分あるな。だから早急に退場して貰わねば困るわけだ》


 冗談なのか本心なのか。『天使』の感情は完全に理解の外だ。


(それとも、こっちにオルクエンデがいることを把握して、あいつを召喚したのか?)


 神話や伝説の知識に長けるオルクエンデならば、被害(・・)を最小限で済ますことができると踏んでの賭けに出たのか。

 もしその推測が正しければ、『天使』もまた切羽詰っているということか。


(『天使』も〔天命の石版(トゥプシマティ)〕を探しているんだから、邪魔されずに捜索できるからか?)


 それはそれで疑問が浮かぶ。

 どうして初めから、それをしなかったのだ?――ただどれも、宗太の脳内を出ることはない解答にしかすぎない。

 こうしている間にも、『魔法遣い』はますます肥大化していく。

 ――と。


 宗太の背後から何かが飛び出した。

 それが〝ゴースト〟だと分かったのは、その次に何者かが宗太の身体をすり抜けたから。

 それらに続くかの如く、島中の〝ゴースト〟達が一斉に『魔法遣い』〝朽ち果てるバレイリオの腐〟ガウ・ヅゥイド・ハルナレゥへと襲いかかる。

 肉塊を引き千切ろうとするが、大半の〝ゴースト〟は触れるだけで消滅していく。

 だがそれでも、それでも抵抗をまるでやめようとはしない。

 一方、『魔法遣い』は積もっていくだけで、動きというものはまるでない。


(どうなっているんだ?)


 不測の事態が次々重なり――島に入る前から、予定通りのことなど何一つ起こっていないが――、宗太は切り出し方を見失う。

『天使』の心境を伺いたくとも、未だ姿は現さない。〝ゴースト〟の強襲をどう捉えているか把握できない。

 誰にとっての想定通りか。

 それとも、誰も彼もの異常なのか。


「みんな! 船に戻れ! 殿は俺が勤める!」


 宗太はそれを示すように、天上の『無望の霧』まで届かんとするほど巨大な障壁の魔偽術(マギス)を構成した。

 真意が別にあることは『天使』に多少なれど暴かれたが、それが何かまではソラノア以外には伝わっていない。


 しかし、退散する者と宗太の意図を疑う者とで、俄かに統率が取れずにいる。

 みなが船に戻るまでもう一重、魔偽術(マギス)の障壁を構成しようとする――が、視界がぐらつく。


(さすがに無茶しすぎか?)


 奥歯を噛み締め、揺らぐ意識を押し留める。

 強固に張られた宗太の障壁だが、『魔法遣い』が漂わせる毒風の進行距離を稼ぐ程度でしかない。しかもその障壁も遅緩ではあるが腐食し始めている。

 その宗太の苦境を分かってか、『天使』は次の言葉を発した。


《〝只中の〟ジャーナンド》


 それが二体目の『魔法遣い』であることは、もはや誰にも分かったことだ。

 堆積する〝朽ち果てるバレイリオの腐〟ガウ・ヅゥイド・ハルナレゥの真横。その大地にさほど大きくはない、しかし複雑で膨大な術図式が生まれた。


《――っ!? 全員に告げろ! 強固な自衛の魔偽術(マギス)を張れ!》

「自衛の防御壁を張れ!」


 毒風はどうするのか?――その疑問が残った者が、宗太の視界から消えたのはすぐのことだった。


《我は幾億の敵と対峙し! 幾千の戦を齎し! 幾百の武器を以て、幾重にも広がる次元を滅す、唯一無二の闘争の王!》


 召喚とされると同時に響く、〝只中の〟ジャーナンドの咆哮。

 大気を震わせ、みなが構成していた防御璧や、毒風を防ぐための魔偽術(マギス)を弾き飛ばした。防御が遅れた者達は、これだけで彼方へと消えた。

 二体目の『魔法遣い』〝只中の〟ジャーナンドは三メートル近い巨体に三つの顔があり、六本の腕を持っている。背中には、さながら武蔵坊弁慶の如く無数の武器を背負っていた。


《我を縛るな『天使』! 戦場こそが我らが国! 喊声こそが我らが言語! 闘争こそが我らが信仰なのだ!》


〝只中の〟ジャーナンドが喚き散らせば散らすほど、〝朽ち果てるバレイリオの腐〟ガウ・ヅゥイド・ハルナレゥの肉塊も毒風と一緒に吹き飛ばされ、範囲が拡大してしまう。

 それに真っ先に反応し対応したのは宗太でもソラノアでもなく、無数の〝ゴースト〟達だった。

 まるでこちらを守るかのように〝ゴースト〟達が、肉塊の飛沫に圧し掛かって毒風が漏れるのを防ごうとしている。


(よく分からないが、この好機を活かすしかない!)


 仁王立ちする〝只中の〟ジャーナンドを見据えつつ、オルクエンデに問う。


(なあ? 『魔物』と『魔法遣い』ってどっちが強いんだ?)

《――っ!? 馬鹿なことを考えるな!》

《まだ立ち向かう素振りを見せるか。なら、少なからず君はこれで絶望してくれるのではないか?》


 こちらの心さえ読み取ることができるのか。『天使』の介入入とともに、三つ目の複雑怪奇な術図式が〝只中の〟ジャーナンドと宗太の間に現れる。


《〝万物の父〟アルファズル》


 召喚されたのは、長い槍を携えた黒い外套を纏う一人の老人だった。 

 長い髭を蓄え、帽子の長いつばで隠れてはいるが片方の目は閉じられている。両肩には黒い烏がそれぞれ止まっていた。

 その容姿。

 何より、その別名(・・)

 六年前、散々調べ漁ったものの中に、それはあった。


「……オーディン……?」


 北欧神話に登場する、万能の神の名だ。


   ◇◆◇◆◇◆


 フェフェットは『無望の霧』が僅かにかかる森を駆け足で進み、山の麓をくり抜いた本拠点に向かっていた。

 月星隷の暴走で地形は大きく変えられてしまったものの、配置が変わったわけではない。入り口が、それこそ山が潰されていようが、入る方法はいくらでもある。

 最悪、拠点に設けられた、『無望の霧』が比較的薄い安全経路を使わなくても構わないのだから。


(沿岸側ではまた面倒事が起きてるみたいですねぇ~)


 いつの間にか消えた〝魔眼〟だが、あの化物が何を企てているかなど興味はない。

 今すべきことは、この余命僅かなランゲルハンス島の、どの程度の成果を獲得できるか。それだけだ。

 恐らくだが、『天使』はこの島を二度と人間が踏み入れることができなくするはず。


(理想としては〝レイス〟の死体の一つくらい作っておきたいんですけどぉ~……まあそのついでに、なんか情報の一つでも拾えれば御の字ですかねぇ~?)


 理想に遠く及ばなくても、世界を紐解く何かを手に入れなくては、この先の化物が跋扈する戦争を生き抜くことはできない。


(何が敵で何が味方――というよりは、何と私達が利害が一致しているか)


 恐らくではあるが、真に人間が対峙しなくてはいけないモノは、星都エレル・クロイムァシナや【連星会】でも、ましてや『天使』や『魔物』などではなく……


   ◇◆◇◆◇◆


「『オーディン』?」


 聞き慣れぬ名をオウム返ししたのはソラノアであった。

 彼女の求めを宗太がすぐに応えられなかったのは、目の前の事態を俄かに受け入れられなかったからだ。

 容姿を隅々まで確認した後になって、ようやく口を開くことができた。


「……神様だよ」

「神!? でも排斥されたはずじゃ……?」

「単に同じ名前を冠しているだけかもしれないけど……」

《いや。君の推測は正しい》


 宗太の心の中に滲み始めた絶望を見透かすように『天使』は肯定し、続けた。


《あれは君が知る神そのものだ》

「ならどうして、こんな場所にいる!?」

《そこの彼女が言ったではないか。神々は排斥されていると――墜ちた結果が『魔法遣い』というわけだ》

「北欧神話の神も……?」

《そうだ。この世界――『魔法』(イグドラシル・ロウ)に連なる世界の神々全てだ》


 だというのなら、〝万物の父〟アルファズルが手に持つ槍が、宗太の想像通りのもの――魔法の槍グングニルだとすれば……


(右腕を使うか?)


 星隷擬体を解放し、月星隷の能力を発動すれば、百発命中の魔槍に対抗できるかもしれない。可能性は未知数だが。


《やめておけ。機能のほとんどを封じて、やっと腕の形にできている程度の制御じゃ被害を拡大させるだけだ》

(ならさっきの月星隷を無力化したみたいに――)

《馬鹿を言え! 星隷なんか比じゃないんだぞ! 今度こそ廃人になるぞ!》

(じゃあ、どうすんだよ!?)

《随分と宿主と仲が良くなったみたいだが、それならなおさら止めた方がいいと思うぞ、オルクエンデ。それにお前も私と同意見だろう?》


 割って入る『天使』の言い分に、今になってようやく宗太は気づいた。

 オルクエンデは宗太の真意を分かっている。

 もしこのまま元の世界に戻れたとしても、オルクエンデは……


「ったく。人使いが荒いな。仕事が山積みだというのに」


 それは何の前触れもなく聞こえた。それこそ『天使』の登場のように。

 唐突であったが、人間のものだとすぐに理解できた。それは声の主が〝ゴースト〟達の中から、悠々とした態度で『魔法遣い』達へと近づくからだ。


 生者に似た〝ゴースト〟も多々いるが、その四〇代くらいであろう男は、他の〝ゴースト〟達に比べて余裕を醸している。

『魔法遣い』を前にしても、物怖じしないどころか、すぐにでも倒せるといった雰囲気だ。

 宗太の目に、その男の胸に光る印章が目に留まった。


(……天斂勲章?)


 星将を表す印章。

 肉眼と資料で数度見たこが、それらとは形が違う。明らかに荘厳である。


「まさか……大星将!?」


 ソラノアの驚きを、このアルトリエ大陸の知識に乏しい宗太でさえ共感できた。

 大星将が意味するものは、ただ一つ。

 最強の名を欲しいがままにする男に与えられた階級。

 マーク・〝ウルストラ〟・キャラウェイ――『勇者』の血族たる男を表す称号だ。


(なんなんだよ!? ここに来てアルトリエ大陸オールスター感謝祭でも始めたっていうのか!?)


 混沌が混乱をさらに招く事態。

 もはや何が出たところで、これ以上の驚きなどないのかもしれない。


「ソウタさん」


 呆けている宗太に、ソラノアが静かに呼びかけた。

 振り向くと、彼女と真っ直ぐ目が合う。

 一拍。

 そして、彼女がはっきりと一度だけ瞬きをして、


「行って下さい」


 ソラノアの柔らかな微笑みは、宗太の背中を押す。

 すぐさま宗太は『無望の霧』へと駆け出した。

 振り向くことはなく。

 振り向けるはずもなく。

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