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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第九章 神話が潰えた時、御魂はどこへ還るか
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1.〝ゴースト〟の再びの抵抗

 疲労感と倦怠感が拭えない宗太は、ソラノア達から少し離れてランゲルハンス島の奥――東側の山岳地帯に広がる『無望の霧』を見ていた。

 島の混乱はもはや、月星隷シンナバグハクを滅ぼしたところで収まるはずもなかった。

 月星隷の暴走の爪痕は酷く、島の地形を激変させてしまい、先程まで通れた場所は崖になり、先を進もうにもうず高く積もった木々に遮られてしまっている。川の流れも数十分前とはまるで違う。


(原始的な方位の確認以外に魔偽術(マギス)はあるけど。敵対者がまだいるとしたら、逆に利用されて状況が悪化するかもって話だしな)


 ソラノアの受け売りだが、魔偽術(マギス)に長けた彼女が言うのなら、そういった危険を孕んでいることに違いないだろう。

 加えて、激戦による多様が相次いでいた。廃人回避のため、徐々に魔偽術(マギス)を控え始めている。

 そんな矢先、月星隷の消滅により〝ゴースト〟達の再出現が始まった。


『助けてくれ! 船が〝ゴースト〟に占拠されている!』


 月星隷から逃れる出航がされなかったのを知ったのは、残留部隊へ応援を求めに戻った隊員からのその報告があったから。

『ぶん殴りゃ、どうにかなるでしょ!?』とリーリカネットは言ったが、『違うんだ! 普通の〝ゴースト〟じゃない!』そう隊員は矢継ぎ早に返した。


 元々〝ゴースト〟は普通じゃないとは思うが、『物理攻撃の耐性が強いだけじゃなく、魔偽術(マギス)も使って来る!』と彼は立て続けに説明した。

 それからテッジエッタを中心に、〝ゴースト〟討伐と残存者の捜索に分かれることとなった。


「ジンクは船の応援をお願い! サリルとロジバウドはこの場にいる調査隊を集め次第、捜索を始めて! 【連星会】は必ず! もうこの際、【千星騎士団】でも降伏するなら構わないから!」


 一刻を争う事態だが【連星会】で誰が島に残っているのか。それも確認せねばいけない。

 脱出した際、この島で起きた惨劇を【凶星王の末裔】以外の口からも語らなければ、後々の争いや改変の火種になり得る。

 そこからさらに細かな指示を下していくテッジエッタ。

 その彼女の隣にザイスグリッツが歩み寄り、言う頼みごとをしてきた。


「【ローハ解放戦線】も加えてくれないか? あんな連中だが一応は仲間だからな」

「ああもう! 分かったわよ! ただ降伏した上で船に拘束させてもらう! 説得なり屈服なりはあんたがして!」

「恩に着る」


 迷いなく答えたのは、とにかく時間が惜しいからだ。

 宗太はすでにザイスグリッツ――〝魔眼〟ヨクトゥルヘヌワとは会話を交えており、一応の協力関係は結んだ。

 ただ、『魔物』同盟に宗太が参加するかはまだ決めていないこと。その中心である〝魔炎〟と〝魔弾〟は現在行方不明であることは伝えている。


(ステファニーはまだ〝魔獣〟と交戦してるかもって、結構マズイよな……)


 どちらかが勝ち、対峙者の能力を得られてしまったら、敵対した時に不利になる。

 しかも話では〝魔獣〟の能力は本質こそ説明しなかったが、相当厄介なものと念を押された。


「船を奪還してから三〇分! 連絡を飛ばすから、それを過ぎたら脱出する!」


 それを合図にみな散開する。

 一方、外敵による船の守護を任された宗太――実際には疲弊しているから休まされているだけだが――は、どこか喧騒と焦燥から置き去りにされているような気分だった。


「ソウタさん、大丈夫ですか?」


 呆けていたのが気になったのか、ソラノアがこちらの顔を覗き込む。

 彼女もまた、星隷擬体の儀式で消耗しているため休息を取っていた。

 ソラノアは「隣、失礼しますね」と腰かける。距離はいつもより少しだけ近い気がした。


「そういえば、まだお礼言ってなかったね。ソラノアのお蔭で星隷擬体は成功したよ。ありがとう」


 いきなりのことにソラノアは目を丸くしたが、「そんなことありませんよ!」と、すぐに両手を振った。

 僅かに頬を赤らめたソラノアは、素直に可愛らしいと思える。


「謙遜する必要はないよ。咄嗟の儀式はソラノアしかできなかったわけだし、何より君の呼びかけで意識が戻った。だからほんと、ソラノアがいてくれ助かったよ。ずっと感謝しっ放しだ」


 宗太は無意識にソラノアへの謝辞を重ねていた。

 それが意味するものを、自ら薄々感じ取りつつ。

 ソラノアがどこか照れくさそうにしているのを眺めていると、突如として悪寒が走る。

 負の感情を隠すつもりなどまるでない。むしろ知らしめる視線を宗太は確かに感じた。そして、なんとなく誰のものかも分かった。


「おーい。いちゃいちゃちゅっちゅはよそでしてくれー。見せびらかしてんじゃねーよー」


 やはり、リーリカネットだった。

 彼女の上半身よりも太く大きい何か――本当によく分からない。得られる情報は『でかい楕円形』だけだ――を抱え、僅かに顔を傾けてウゼェと言わんばかりの視線を向けている。


「つーか! トム吉は〝ゴースト〟どうにかしろよ!」

「いや、俺結構頑張ったし、疲労すげぇんだぞ?」

「頑張れよ人外。人間様に負けんなよ」


 宗太にはやたらと強く当たるリーリカネット。

 心底、彼女がこちらを人間ではない化物と認識しているのが理解できる。

 それは差別や迫害とは違い、人間関係を構築する上で必要不可欠な世辞や配慮を完全に排した無遠慮さに近い。


「というか、〔天命の石版(トゥプシマティ)〕はどうするんだ!?」

「あるかも分からんものに命を懸ける必要はないでしょうに!」

「だけどよ――!」

「それに本当に〔天命の石版(トゥプシマティ)〕が必要なものなら! 『魔物』やら星約者やらを人類に嗾けた、化物だか黒幕だか真なる支配者だか分からんやつがさ! そりゃもう血眼になって用意するでしょうに! 世界救うために人間様に面倒事押しつけてんだから! それくらいやれっての!」


 早口で捲し立てるリーリカネットの言い分は、まるで道理が通っていない。

 だが、少なからずここにいる者達はみな、ランゲルハンス島からの脱出を望んでいるのだから、思考がそちらに傾くのは自然だ。

 徐々にだが、他の者の視線が集まっているのを感じ始める。

 早くしてくれ、と視線が訴えかけてくる。それこそリーリカネットが言ったように『人外の力を持っているんだから、この危機的状況くらいひっくり返してくれ』と。


(どうする……?)


 宗太は天地を繋ぐかのように広がる『無望の霧』を見た。


(『無望の霧』を目指せるのか……?)


 この島に来た本来の目的。

天命の石版(トゥプシマティ)〕の入手とは違う、宗太自身の本当の(ねが)い。


(あそこには……)


『魔法』(イグドラシル・ロウ)に関わる何かなら、『魔物』の自分だからこそ得られるものがあるかもしれない。

 それに〝ゴースト〟達が、どうして霧に入ることを拒んだのか。

 単に『魔法』(イグドラシル・ロウ)への影響を考慮してなのか?

 だとしても、過去に生きる〝ゴースト〟が、どうして今の『魔物』を認知できたのか。どうして、その影響を知っているのか。

 仮に理由は違えど、少なからず過去に『魔物』が入ることで何かが起こったということだろう。


 何があるか分からない。何もないかもしれない。

 何が起こるか分からない。何も起きないかもしれない。

 それでも確かめる価値はある。

 それでも確かめる意味はある。

 あの霧はこの大陸と何を隔てているのか。


 それがもし……


「聞いてんの、トム吉!?」


 完全に自分の世界に入り込んでいた宗太は、無視されたことに苛立つリーリカネットに対してどう返すか。咄嗟には思考が回らず口ごもる。

 応答のなさがさらに癪に障ったのか、彼女がさらに捲し立てようと口を開く――その直前。


「リーリカネット! ソウタさんにあまり無茶させないで!」


 ソラノアの一喝に、飛び出しかけた罵声をリーリカネットは呑み込んだ。


 それでも不平不満はあるようで、口を尖らせながら「あたしらだって、無茶してんのにねー」と、ぶちぶち文句を零しながら自分の仕事に戻っていった。


「助かったよ、ソラノア」

「いつものことですから」


 互いに困り顔を浮かべ、苦笑した。

 そこから少しだけ間が空く。

 忙しなく働く仲間を二人で遠巻きに眺めている様は、先日の〝魔剣〟ビロゥガタイド(イサラ・トリティエ)を撃破した直後に似ていた。


「……ソウタさん」


 沈黙に耐えかねたソラノアが、恐る恐る声をかける。俯いたまま。

 まるで宗太が何を言い出すか分かっているかのように、彼女の声は震えていた。

 誤魔化すか、と俄かに脳裏を過ったが、ソラノアを慰めるに足りる言葉は瞬時には出てこない。いや、考え抜いたところで結果は同じだろう。

 だからこそ……


「ソラノア」


 落ち着いた呼びかけに、ソラノアはこちらに顔を向けた。

 宗太もまた、彼女と向き合う。

 薄紫色の彼女の瞳から逃れず、意を決して告げる。


「俺はどうしても、『無望の霧』で確かめなくっちゃいけないことがある」


 それがどういうことか……

 ソラノアの表情を見れば、全てを悟ったのだと分かった。


「はい」


 ソラノアは微笑んだ。

 健気に。

 いつものような、柔らかく暖かな笑みを向けていた。

 懸命に。

 見ているこちらの胸が張り裂けそうなほどに。


「ありがとう」


 それしかもう言葉にならなかった。

 それ以上を、口にすることができなかった。

 宗太は立ち上がる。

『無望の霧』へ向かうため。

 目的を果たすため。

 ――が。


《〝月星隷〟シンナバグハクまで手に入れた以上、今の貴様は『無望の霧』に触れるだけで『魔法』(イグドラシル・ロウ)へ過負荷を与える危険がある》


 どこからともなく、突然と声が聞こえた。

 男とも女とも。子供とも老人ともつかない、不思議で不気味な声が。

 それが届いたのは宗太だけではない。隣のソラノアや、それぞれ作業をしていた者達も、手を止めて周りを見渡す。

 本当にどこから発せられたのかまるで分らない、何者かの発言。

 こちらの困惑など構わず、それはさらに続けた。


《この場で唯一、『魔物』の二つの力を手にしているオルクエンデは憔悴し切っている。この機会を逃すまい》


 一体、何が降臨したのか。

 ほとんどの者達が状況を把握できずにいる中、誰よりも早く宗太――いやオルクエンデなのかもしれない――は察し、空を仰いで叫んだ。

『魔法』(イグドラシル・ロウ)の仮初の支配者であり、天の使用者と自らを称す、それの名を。



「邪魔をするな、『天使』!」

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